第五十七話 無氣
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side????
それにしても凄かったな。ドラゴン相手に反撃の手も打たせずに、一瞬のうちに切り刻むなんて。
きっとドラゴンはやられたことにすら気づかないまま、殺られちゃったんだろうね。
無惨に殺られたことに、少しだけ同情しないでもない。
彼は『無氣』を使った。別名『無我』
この境地に至るものを敵にすれば、音もなく、痛みもなく、何も感じる暇もなく、死を迎えると言われているんだけど、まさにその光景を見せてもらっちゃったな。
ほんとに、彼が敵に回る存在じゃなくて良かったよ。絶対に相手になんかしたくないからね。
一部始終を見る限りでは、やはりコントロールは効かないといったところかな?いや、コントロールが効かないと言うよりは、自力で出すことはできないと言うべきか。
もし無氣を使いこなせるようになったら、まず敵はいないだろうからね。
使えるというだけでも、ある種の化け物なんだから。
この合宿中、彼を観察するように言われてたから観続けてきたんだけど、これを見せるためだったみたいだね。
そう考えると、あのドラゴンもあの人に扱われていたと予測できる。
それも一種の捨て駒として。
やっぱり恐ろしいな。
自分的にはあの人こそ敵じゃなくて良かったと思ってる。
ふぅ……
とりあえず報告するように言われてるし、手紙でも送ろうかな。
私は魔法を解いた後、ジッと閉じていた目を開く。酸欠状態におちいったときみたいなクラクラ感がちょっとだけあった。
椅子の背もたれにおっかかりながら目を閉じて一休み。
ちょっと魔力を使いすぎちゃったみたい……
私は再び目を開いた後、よしっと心の中で気合を入れ、机の引き出しの中にある紙を取り出す。そしてその紙の上で自分の愛用している筆を走らせた。
――side美佳――
「どうやら寝ているだけのようですね」
「心配かけさせやがって」
岡嶋先生はコツンと軽く哲也の頭をたたく。
「とりあえずこいつは俺が運んでおくわ」
言うが早いか、岡嶋先生は哲也を背中で担ぐ。
どうしよう……初めて岡嶋先生のことを感心したかも知れない。
「待ってください」
「なんだ?」
颯爽と帰って行こうとした岡嶋先生は照沢先生に声をかけられて振り返る。
「女の子二人に仕事を任せる岡嶋先生ではないと思っていますが、ちゃんと戻ってきてくださいね?」
「……分かってるよ」
「ならいいです」
さっきの勢いはどこへやら、スローペースで動き出した岡嶋先生。
どうやら哲也を運ぶことを立候補したのは仕事をサボるためだったようだ。
照沢先生に見事見破られちゃったようだけど。
「何をやるんですか?」
岡嶋先生の背中を見送ってから、作業のことについて何も聞いてなかったので、今更ながら照沢先生に尋ねてみる。
「木を数本切って、それを適当な形にするのよ。そして、それを下まで持って行くの」
「何の目的があってですか?」
「それは夜のお楽しみよ」
片目をつぶってウインクをされる。
なんか軽く流された……
「……とりあえず、どんな方法でもいいから木を切ればいいんですね」
私の確認に、照沢先生は頷く。
これから数時間、作業に没頭した。
――side哲也――
目を開けると、見知らぬ白い天井が視界に映った。
どうやら自分はベットの上で寝ているようだ。顔だけ動かして窓の外を見てみると、外がもう薄暗くなってる。かなり寝込んでたみたいだ……
他人事のように自分の今の状況を確認し、それまでのことを思い出してみる。
確かフェンリルを討伐するために朝から宿を出て森に向かって、フェンリルの正体がドラゴンって聞いて、命をかけてドラゴンと一対一で勝負して……ってあれ?
ここからの記憶がすごく曖昧だ。
負けたような気がするんだが、なんで俺は生きているのだろうか? ドラゴンが情けをかけてくれたのか?
それはないような気がする。ああいうタイプの奴は大抵そういうことはしない。
それじゃあ勝った? 倒した?
生きて帰ってくるにはそれしか方法がないと思うのだが、一体どうやって?
それに美佳はどうなったんだ? 先生二人は?
様々な疑問が浮上してくる。それを確認するために身体を動かそうとしたところで、
「大丈夫?」
見たこともない女の人が俺の顔を覗いて尋ねてきた。
目線をその人の顔から下に反らすと、胸の所に『保険医』と書かれたプレートが付けられている。どうやらここは宿のけが人を扱う部屋のようで、この人はこの部屋の管理人なのだろう。
「そうジッと見られると恥ずかしいな」
「……すいません」
照れたように言われた言葉。
自分の視線は確かに女性の人に向けるには失礼なところを見つめているなと思ったので、俺は謝罪の言葉を口にして、視線を天井に戻した。多少は気恥ずかしさを覚えたからだ。
「……もしかして」
「?」
「見たい?」
「ぶっ!」
なのでこんなことを言われては、噴き出すのも仕方がないことだろう。
「さて、冗談はこれくらいにしておいて」
シレっとした感じで空気を転換させられる。
やりずらいな……
「身体の調子はどうかしら?」
再び投げかけられた質問。
さすがにこの寝転がっている状態では自分の詳しい容態は分からないので、身体を起こす。上体を捻ったり、足を触ったり、手を開いたり閉じたり、腕を動かしたり、肩を回したり。
一連の動作をしてみてから、彼女の質問に答える。
「少し痛むところもありますが、動けないほどでもないと思います。大丈夫かどうかと聞かれれば普通に大丈夫です」
俺の答えを聞いた彼女は、満足そうに頷いた。
「なら、もう動いていいわよ。ただし、数日間は激しい運動は厳禁よ」
「わかりました。ありがとうございます」
ベットから降りて立ち上がって、お礼を言った。
その後すぐに踵を返して、ドアに手をかけてガラリと開ける。
外に出て辺りを見回すと、ドアの脇に岡嶋先生が腕を組みながら壁に背を預けていた。
「ようやくお目覚めか」
「目が覚めるのを待っていたんですか?」
「ジャンケンをして負けただけだよ」
岡嶋先生は首をすくめてみせる。
言い訳の仕方が岡嶋先生らしくて少し笑えた。せめて「教師として当然だ」とか言えばいいのに。
「それでみんなは無事なんですか」
「その様子だと、何も分かんないみたいだな」
「ええ、ドラゴンに一対一を仕掛けられて……その辺りから曖昧ですね」
繰り返し思い出そうとしてみるが、どうやってもその時の出来事が思い出せない。
「とりあえず結果から言うと、全員無事」
「そうですか……よかったです」
「ドラゴンは訳の分からんうちにお前が殺した」
安堵の息をついてつかの間、衝撃の事実を告げられる。
「俺が、ですか? 全く記憶がないんですけど……出来ればどういう経緯で俺がドラゴンを殺ったか教えてくれませんか?」
「いいぜ」
岡嶋先生は頷いて、その時のことを話し始めた。
「――これが俺の目に映った出来事そのまんまだ」
戦闘が始まり、早い段階で俺は気を失って戦闘不能状態に陥った。
賭けに勝ったドラゴンは予告通り殺しにかかった。
最初に狙ったのは美佳だったとのこと。
美佳に攻撃を仕掛けたその瞬間、信じられないことに気を失っていたはずの俺が、いつの間にか美佳を守るような形でドラゴンの目の前に立っていたという。気付けばドラゴンの足が無くなっていたとか。
そして再び対峙したかと思えば、ドラゴンの体がバラバラになっていたという。
誰も手を出していないことから、俺以外は考えられないと言われた。
本当に信じがたい。
気付いた時にはドラゴンの体がバラバラって、さすがに耳を疑う。
実際信じられないから、現在進行形で訝しげな視線を岡嶋先生に向けているんだけどさ。
「いや、そんな目で見られてもな……他の二人に聞いても同じことを言われると思うぞ?」
「……あったら聞いてみます」
俺がそう言うと岡嶋先生は「そうしてくれ」と返してきた。
「それでみんなはどこに?」
「食堂だな。今夕食の時間だし」
「分かりました。とりあえず食堂に行ってみます」
俺はそれだけ言って食堂の方に向かっていった。