第五十六話 覚醒
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――side美佳――
一体なんだったのだろうか……
哲也が地面を蹴って動きだしたと思えば、ドラゴンの目の前で拳を振るっている。次の瞬間には、今度はドラゴンが消えて哲也を背後から攻撃して吹っ飛ばす。無防備の状態で食らってしまっていたので、やられたと思い、思わず悲鳴をあげそうになったが、すぐに立ち上がったのを見てほっとする。それもつかの間、再びドラゴンが消えたと思ったら、いつの間にか哲也の背後に立っていて、今度は前足で哲也を押し倒す。
そして背中に乗っけられたドラゴンの前足は押し潰すように圧力がかけられていく。哲也は苦悶の表情を浮かべていたので、やばそうというのは一目でわかった。
一定時間を越えると、苦しそうにもがいていた哲也はフッと糸が切れたように、力が抜けた。
明らかな戦闘不能状態に落ちていった。
ドラゴンは哲也が動けなくなったことを確認すると足を離し、私たちに目を向けてきた。そして体もこちらを向けて、一歩一歩近づいてくる。
宣言通り、私たちを殺しに来るようだ。
押し潰されそうな迫力。先ほどの戦闘からも分かる圧倒的な力。
勝てるはずがない。
死への恐怖が私を支配する。
足の震えが止まらない。今にも崩れ落ちそうだ。
そんな私の状態など関係なく、一歩、また一歩と近づいてくるドラゴン。
「ファイアーボール」
恐怖のあまり無駄だとわかっているのにも関わらず、魔法を放つ私。
火の玉はドラゴンの顔に直撃するが、傷一つ付いていない。
「ファイアーボール……ファイアーボール……!」
何度も何度も錯乱したように魔法を放つが、ドラゴンは意に介した様子もなく距離を積めてくる。
『貴様から死んでもらおうか』
私はドラゴンからの死の宣告に、力が抜けたように膝をつく。
「助けてよ……」
私は力なく呟く。
『痛みは一瞬だ。それにここにいる四人はすぐに葬ってやる。そうすれば怖くなんかないだろう?』
私とドラゴンの距離はもうない。
「助けてよ」
私はすがるように言う。
『さらばだ。我とあったことを呪うがいい』
ドラゴンが前足を振り上げたのがわかった。
「助けてよ!哲也!」
私は目を瞑り、求めるように叫んだ。
鼻から血の臭いが広がってきた。
だけど、やってくると思っていた痛みはどこからもやってこない。
私は現状を確認するためにゆっくりと目を開ける。
私の目に最初に映ったのは、哲也の背中だった。
一体どういうことなの?いつ立ち上がったの?いつ動いたの?
様々な疑問が頭に襲ってくる。
だけど私はそれらを考えることを放棄した。
そんなのはどうでもいい。助けてくれたその事実だけで。
『貴様、いつの間に!?』
ドラゴンから驚愕の声が響いてきた。
その容態を見てみると、片方の前足が、体から離れていた。
そこから垂れ落ちる血液の下に、切れた足の続きの部分が転がっていた。
ドラゴンは哲也から距離を取るためか、素早く後ろに下がる。
そして観察するように哲也を見た後、ふっと笑みをこぼす。
『少々驚いた。が、もう氣の力は感じられん。最後にすべての力を出し切ったということか……』
感心したようなそんな呟き。余裕のある笑み。
そうか。ドラゴンに傷をつけたから賭けが終わったんだ。哲也の勝利で!
『むっ!』
だというのに、哲也は距離を取ったドラゴンに向かって一歩を踏み出す。友好的に寄って行っていないのは明らか。どちらかというと戦いに挑んでいるようにも見える。
その足取りはふらついているというのに。
『まだやると言うのか、小僧?』
「哲也!? もう終わったんだよ!」
哲也はドラゴンの言葉にも私の言葉にも、返事をしない。ただただドラゴンに近づいていく。
『我を倒そうとでも言うのか?』
関心から一変、ドラゴンは呆れたように問いかける。
これにも哲也は答えない。ただ歩みを進めるだけ。
『この愚か者が!』
さすがにその様子に堪忍袋の緒が切れたのか、ドラゴンは咆哮する。
その咆哮は風を生む。
私は腕で風を防ぎながら、なんとか現状を把握しようと、目を哲也の方に向ける。
風を受けながらも、ゆっくりと歩み寄っていた哲也が不意に足を止めた、一瞬。哲也の体がゆらりとぼやけたように見えた。
哲也はクルッと身を翻す。
『きさm――』
いきなり背を向けた哲也にドラゴンが何かを言いかけた瞬間だった。
閃光が糸状にはしったようにドラゴンの体に線が付いたかと思うと、ドラゴンの体はその線通りにバラバラに崩れ落ちていった。
その光景に私はとっさに目を反らした。
辺り一面にさっきよりも濃い血の匂いが漂う。
「一体何が起きたの……?」
私はそう呟きながら、それを行った本人である哲也に目を向けると、ドラゴンから受けていた迫力や殺気とは明らかに違う何かが私を戦慄させた。
ドラゴンの殺気は確かに凄まじかったけど、哲也のそれは与える寒気が違った。
それに哲也の目。
これは一般の人間がしていい眼ではない。生気を感じさせない、虚ろな眼。まるで死んだ魚を見ているような、そんな眼だ。
そんな眼をしながら哲也は、今度はこちらに歩み寄ってくる。
仲間でもあり、友達でもあり、家族でもある哲也。
そんな哲也に私はこんな眼をしてほしくない。
それなのに何かを言おうにも、言葉が喉を通らない。
自分自身と葛藤していると、哲也は糸が切れた人形のように前のめりに地面に倒れこんだ。
「哲也!?」
私はその光景を見て、ようやく言葉を発することが出来た。
倒れこんだ哲也に近づきながら、私は必死になって先生二人と一緒に名前を呼びかけるが、反応は何も見られない。
私は倒れこんだ哲也のもとで膝をついて、様態を確認するため身体を起こさせる。
「すぅー……くぅー……」
様態の確認をしようと思ったが、その必要はあまりなかったようで、哲也の口からは安らかな寝息が聞こえてきた。
私はそれを聞いてホッと胸を撫でおろした。