第五十五話 賭け
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『我はドラゴンだ』
目の前の奴から告げられた自分自身の正体。これが本当なのかはドラゴンの姿を見たことがない俺では判別などつかない。だが、もしこいつが言っていることが本当ならば今の俺らに勝ち目などあるのだろうか?
そんな考えが頭によぎりだすと、目の前の奴がさっき以上に大きく見えてくる。
『一つ言っておくがお前たちに逃げるという選択肢を与えるつもりはないぞ』
「っ!」
そう告げられたことで、自分が逃げ腰になっていることに気付かされる。自然と後ろに一歩踏み出されていた足、震えだしてきている足が非常に憎い。
『今までなら襲ってくる人間など、問答無用で潰すのが当たり前だったんだがな……』
心なしか、脳に直接的に伝わるその声は、面白がっているように感じられた。いつでもお前らを殺せるという余裕か、本当に何かを楽しんでいるのか。その心理は分かるはずもないし、知る余地もない。
その面白がるような空気に、恐怖が怒りへと変わり、俺は目の前の奴を睨みつけた。
『そう急くな。お前らにチャンスをやろうと思って話しかけているんだぞ?』
その余裕が気に食わない。
思わず攻撃を仕掛けそうになるが、なんとか踏みとどまる。不意打ちが通用するような相手ではないだろうし、攻撃を仕掛けたことで、気が変わって突如襲われたら、魔法が効かないこいつに勝ち目などほとんどないだろうと思ったからだ。
それに『チャンス』という単語が引っ掛かったというのもある。
『ふむ。状況判断をする冷静さはあるようだな』
「それで、チャンスというのは何なんだ?」
感心するように呟くドラゴンに、イラつきを覚えながら俺は尋ねる。
『やはり、思ったとおり面白い奴だな。我が興味を持ったのはお前だ』
俺の荒い言葉遣いが気に入ったのか、ドラゴンは期待が籠った調子でそう言ってきた。その意図を計り損ねていると、ドラゴンは続けて述べる。
『それ故にチャンスをやる。生き残るチャンスを、な』
「早くそのチャンスの説明をしやがれ」
『強がるのもいいが、素直になるのも大切だぞ?』
俺が出来る限り虚勢を張りながら言うと、ドラゴンは笑いながら俺に忠告してくる。思わず「ちっ」と舌打ちを一回。
俺のその様子を見て笑った後、ドラゴンは説明を始める。
『チャンスと言うよりは賭けだな。勝負は一対一。当然我とお前のな』
「一対一!?」
そんなもん普通に考えて勝てるわけ無いだろ!? チャンスでもなんでもないじゃないか。
俺のそんな思いに気付いたのか、ドラゴンは続けて説明をしてくる。
『無論、ハンデは付ける。我の体に傷がついたら我の負けで良い。そうなったらお前たち全員を見逃してやる』
傷をつければ勝ちだと?
こいつ、余裕綽々だな……絶対に見返してやろう。
『だが、お前が戦闘不能になったら、この場にいる全員を殺す』
ドラゴンがそう言った直後、俺は身体が硬直し冷や汗がで始める。言葉の内容によってではなく、ドラゴンから放たれる殺気によってだ。
俺の考えはどうやら間違っていたようだ。これは絶対的な力を持つゆえの自信だ。きっと過信などではないだろう。
てか、こんな奴を相手に、ここにいる人の命を背負って闘えっていうのかよ!?
『攻撃はいつでもいいぞ。お前が攻撃するために動き出したその瞬間を合図に始める』
そんな俺の思いとは関係なく、ドラゴンはそう告げる。
さすがに心臓がやばい……
「こんなことに巻き込んだ私が言うのもなんだけど、思いっきりやって来なさい」
「俺からは頑張れとしかいえないわ。荷が重いだろうけど俺よりは適任だ」
「私はあんたを信頼しているわ。きっと哲也なら大丈夫よ」
励ましの言葉は普通にうれしいんだけど、失礼ながら緊張を高めただけな気がしなくもない。
心臓は結局バクバク言い放題だし……
「すーはー、すーはー」
そんな気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。これだけだとあまり落ち着かないけど、幾分かマシになった。
とりあえず自分のやれることをやろう。
傷つけるチャンスがあるとすれば、最初の一手。
言った通りにするなら相手はこっちが手を出すまで攻撃をすることはできない。つまり防御か避けるかしかできないということだ。だが防御だと、その部分に傷がつく可能性があるので恐らくしてこないと予測する。となると残るは避けること。避けれないようにするために、自分自身が出せる最高のスピードで拳を叩きこめばいい。
ただし、これで決めれなければ、勝機は相当薄くなってしまう。
一発勝負の戦い
俺は全身を体氣で強化する。
そして全身のばねを使い、地面を思いっきり蹴る。
最短距離で一気に向かい、ドラゴンの顔が間近になった瞬間、その勢いのまま拳を前に突き出す。
「がはっ」
拳が空気を貫いたことに気付いた瞬間に、背中から巨大な鉛玉を受けたような衝撃が走った。口からは空気が漏れる。
完璧に不意をつかれた一撃。受け身を取れるわけがなく盛大に吹き飛び地面を転がる。
なんでタイミングが分かったんだ? いつの間に動いたんだ?
様々な疑問を頭によぎらせながら、身体をすぐに起こす。
体氣で全身を強化していたため、派手に吹っ飛びはしたが、身体的ダメージはそこまで大きくはない。
『所詮は人間。その程度か……』
何か落胆したように呟くドラゴン。
正直言って力の差がありすぎる。今の攻防でそれがはっきりした。勝てる算段がわいてこない。それだけの力の差を肌で感じ取った。だからといって諦めるわけにはいかないけど。
一歩一歩地面を揺るがすように力強く近づいてくるドラゴン。震える足を叱咤しながら、それに向かって構える。
だが次の瞬間には、そいつは背後に現れていた。
振り向く間もなく、前足で押し倒され、うつ伏せの状態で背中を踏みつけられる。
「くっ、はっぁ!」
背中を向けてる状態では何も抵抗できない。ただただ押しつぶされるように圧力を掛けられていく。
それによって息がだんだん苦しくなってくる。
薄れていく意識。ブラックアウト寸前だな……
『どうやら期待外れだったようだな……』
ドラゴンからのその言葉を最後に俺は意識を失った。