第五十三話 相談
開いてくださりありがとうございます。
誤字脱字あったら報告お願いします。
ようやく見つけた。
一昨日から探していたそいつを。
私が殺ったフェンリルの亡骸を自分の懐に置いて眠っている親の姿を。
一昨日の夜に楠木くん達との事情聴取の時に話していて不安の種が改めてよぎったのだ。
子がいるということはもしかして、と。
そこ辺りの予測がすぐにつかなかったのは、フェンリルを倒せたことでホッとして気が緩んでいたせいだろう。
安全の管理を任されている教師としてはそういう機転が利いてないと失格だろうと思われる。
まぁ、一度や二度の失敗で立ち直れないほどやわな精神は持ち合わせていないので、昨日の朝から行動をおこしたのだけど。
そして今日も岡嶋先生を連れて探しに来た。
案の定、その予測は正解だったようで、穴の中に身を潜めているそれを発見した。
体を丸めて寝ているので正確には分からないが、小さく見積もっても五メートルはある。やはりと言うか、子の比ではない。
正面に立たれ、その鋭い眼で睨み付けられたら迫力負けしてしまうだろう。
「まさか本当にいるとはな……できればいないでほしかったな……あー、仕事が増える……」
色々と思考を巡らしていると、岡島先生からのぼやきが聞こえてきた。
ボソボソ言っていたのでうまく聞き取れなかったが、どうせろくなこと入っていたいと思われる。
そんなことを考えていると、岡嶋先生がこちらに顔を向けてくる。
「照沢先生、ここは一旦宿に戻りましょう」
「……そうですね。それが正しい判断でしょう。さすがに二人では確実性に欠けますし……それに、これは他の先生たちにも伝えるべき内容でしょうしね」
私はその提案に素直に頷く。いくら岡嶋先生が勝手な行動をして、ムカついてしまう出来事があるとは言っても、もし、岡嶋先生がその提案をだした理由が、フェンリル討伐を他人任せにしたいと思っていたとしても、それが正しい判断なら素直に従うのは当然。そんなことに意固地になるのは子供くらいのものだろう。
「それじゃ、降りましょうか……って、照沢先生、顔が怖いですよ?」
言葉には出さずに我慢していたが、どうやら顔に出ていたようだ。
「そんなことないです。もしそうだとしても気にしないでください」
とりあえず適当に言葉を返すと、岡嶋先生はそこまで気にしてはいないことだったようで、そうですかと相槌をおもむろにうつと、先に山を降り始めた。
私もそれについていく形となって山を降りた。
――――――――――
様々な合宿での出来事で体は少々だるいがいつも通り朝早くに起きた。
今日で合宿も三日目だ。
明日の朝すぐに帰る予定になっているので、合宿は今日が最終日と考えても良いだろう。『合宿は帰るまでですよ』というどっかしらの教師が言ってそうな言葉を思い出したが気にしない。
外を見ると雲一つない快晴。眩しいくらいに太陽が照っていた。
太陽の朝日を浴びた後、部屋の中に目を移してみると、そこにはぐっすりと眠っている二人とズタボロの死体(むろん死んではいないが、例えるならそれが一番当てはまる)が三つほど転がっていた。
やはりというかなんというか昨日の覗きは失敗に終わった。
失敗すると予測はしていたのだが、女子生徒たちによってこいつらが運ばれてきたときにはビビってしまった。
何にと言ったら、こいつらのズタボロさ加減。ではない。見つかるだろうと思っていたし、見つかればこれくらいの仕打ちは受けるだろうと思っていたからだ。では何にビビったのか。それはこいつらを運んできた女子生徒たちの目だ。
あれを見た時は思わず逃げ出したくなったね。うん。
『次こいつらが覗きをやったらあんたらもこいつらみたいにするからね』と暗黙に告げる殺気の帯びた視線だった。それと顔に笑みが浮かんでいたのがまた怖い。目は笑ってないのに……思い出したら体が震え出してきた……ほんと女子って怖いね!
そんな出来事が夜にあったのだが、恐怖のあまり寝不足になるという事態は起きず、体が疲れているのも協力して、ぐっすりと眠ることができ、今日も良い感じで朝を迎えることができた。
さて、いつもの朝の鍛練でもしてこようか!
――――――――――
昨日と同じ鍛練のメニューをこなし、良い汗をかいた後の朝食。
取ってきた焼きたてのパンを一口かじると小麦のほのかに甘い香りが口全体に広がる。やっぱり動いた後の朝食は美味しいと心から思う。
「楠木、ちょっと来てくれ」
そんな風に朝食を楽しんでいる最中、岡島先生から名前を呼ばれる。声が聞こえた方向を見れば、食堂の出入りをする場所で、岡嶋先生が手招きをしているのが見えた。
一体何の用だろうか?
俺は呼ばれた意味を考えつつ、友人たちに声をかけてから、席を立ちそちらの方に向かう。
「あれ、美佳も呼ばれたのか?」
「まぁね。まだ何で呼ばれたかは聞いてないけど」
食堂を出ると、岡嶋先生以外に美佳と照沢先生もそこにいた。
俺が美佳に声をかけると、美佳は半眼で先生二人を見ながら、暗に早く話せと二人に訴えつけるように、俺に向かってそういってきた。
「あなた達二人には、私と岡嶋先生の手伝いをしてもらいます」
「それは何となく状況を見ればわかりますよ。それで何をするんですか?」
こっちとしては勿体つけずに早く教えてほしいので、先生相手では失礼かもしれないが催促するように尋ねる。
先生も俺と美佳の意思を汲み取ったのか、すぐに答えてくれた。
「私たちがこれからやるのは、フェンリルの討伐よ」
俺はその答えに少し驚いた。まさかまだフェンリルがいるとは。
「それも前みたいな子供のじゃなくて大人のね」
そして、追加されるように言われた言葉は、俺の驚きを増幅させた。
まさか大人のフェンリルがいるとは……
だがそれとは裏腹に納得もできた。子供がいれば親もいるのは当然のことだろう。
「討伐云々はわかったんですけど、何で私たちなんですか? 普通こういうのって先生方が何とかするもんだと思うんですけど……」
確かに……
美佳の言葉には説得力があるなと、勝手に感心する。
「私もそう思うんですけどね……」
照沢先生も美佳の言葉が正論と受け取っているようだが、それを分かっていても受け入れることはできないようだった。
「おいおい、そこで負けちゃダメだろ……」
ここで岡嶋先生が呆れたような物言いをする。
「お前ら。もし、そのフェンリルが俺を襲ってくるかもしれないといったらどうする?」
「別に岡嶋先生ならスルーします」
俺が即答して答えた意見に美佳と照沢先生は頷く。それを見た岡嶋先生は苦笑いを浮かべてから、改めて質問する。
「言い方が悪かったな。住民の人や生徒にフェンリルが襲いかかってくるとしたらどうする?」
「それは助けますよ」
「……だよな」
再び即答すると、一瞬岡嶋先生が悲しい顔をしたが、すぐにそれは真剣なものへと戻る。
「俺も今すぐにでも倒したいと思っているが、さすがに俺と照沢先生だけで相手をするには厳しい相手だ」
「その言い方ですと、他の先生が協力してくれなかったってことですね」
「しょうがないさ。先生たちはやることがたくさんあるからな。何とかして俺と照沢先生は余裕をもらったんだ」
美佳が皮肉を言うと、岡嶋先生は肩をすくめて、それをうまく受け流す。そして言い返しを受ける前に追加するように言葉を続ける。
「それに大規模に人が動くと、生徒たちに不安を与えるからな」
「一理ありますね。でも俺らが突然抜けたら友人はおかしいと考えると思いますよ?」
「そこあたりはちゃんと考えてあるし、実際にそれはやってもらうから大丈夫だ」
岡嶋先生の考えだといろいろと心配になるのだが……
美佳も同じことを考えているのか、疑うような目つきで岡嶋先生を見ている。
「いろいろと思うこともあるでしょうが、手伝ってもらえないかしら」
俺らの様子を見て危ういと思ったのか、照沢先生が誠意をこめた様子でお願いしてくる。
「俺は構いませんよ」
「私もいいです」
「ありがとう二人とも。本当に助かるわ。お礼は岡嶋先生が今度してくれると思うわ」
「え!? おい!!」
「「ありがとうごさいます」」
何か言いたげな様子の岡嶋先生だったが、ため息をついた後、渋々と「わかったよ」と頷いた。
「それで、いつ行くんですか」
「出来るだけ目立たないように行きたいからな……まだ朝食の時間だし、準備が出来次第すぐに、だな」
岡嶋先生からの指示を受けた俺達は、自分の部屋へと向かった。