第三十九話 照沢先生の力
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―――――side照沢光子―――――
私は今、宿のもとを離れて山の中を散策している。それは自分の予想を確かめるためだ。勝手をしてしまったことを、岡嶋先生には後で謝った方が良いのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で思ったが、今までのあの人の行動を考えると、謝る気はすぐに消え去った。逆にあの人から謝罪を強制されても、気にしなくても良いだろうと思っていた。
「ふぅ……」
焦っているせいか、疲れからか、私は自然と口から息がこぼれてしまう。
散策し始めてから数十分が経つが、今のところ特に変わったところは見当たらない。
私が何を危惧しているのかというと、それは食物連鎖で上に立っている魔物の存在。確証はないが山の中にそれらが存在しているのなら、道中で見た魔物たちの怯えた目、逃げるような足取りに納得ができる。私としてはその予想が当たってない方がありがたいのだが、見つかるのなら早めに見つけたいところだ。
それが当たっているのなら、生徒たちに危害が及んでしまうかもしれないから……もしかして今頃は……!
そんな嫌なことを考えてしまい、教師としての本能が、すぐに行動を起こそうと思うわせる。だが私は焦ってもしょうがないと思い直し、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
「ガオオオオ!」
そんな時だった。
魔物と思われる大きな力を感じる咆哮が森の中に響く。
それが耳に届いたせいだろう、私の近くにいた生徒たちから悲鳴やざわめきがいくつも聞こえてくる。
「落ち付いて! みなさん落ち付いて!」
私は教師の仕事として生徒たちにそう呼びかける。何度か呼びかけると、段々と生徒たちは落ち着きを取り戻していく。それを確認した私は、生徒たちに指示を与える。
「みなさん、とにかくこの場から離れてください。私をはじめとした先生方で確認に行きたいと思います。決して咆哮が聞こえた方に向かおうなんて思わないでください」
それだけ告げた後、私は嫌な予感が当たってしまったことにイラつきと焦りを感じながら、急いで声の主のもとへと向かっていった。
数分後、私は声が聞こえた場所に辿り着いた。
『声が聞こえた場所』と確信できるのは、そこに大きな魔物――フェンリルが倒れていたから……倒れて、いた? ん、あれ?
何か変ではないだろうか。
そこにいるのは四人の生徒たちと、倒れている魔物のみ。後、周りにある木々も倒れている。戦闘した後なのだろう。
注意深く確認しても、先生達は一人も来ていない。つまりは先生で最初に辿り着いたのは私だと確信できる。
ということは……たった四人の生徒が、フェンリルを倒してしまった!?
あそこにいる四人は、楠木くんと火神さん、紫水くんに……考えてみるが後一人はちょっと分からない。
まぁ、それはいいとして、『六家』の子、つまりは有力な魔法使いが二人がいるとしても、フェンリルを倒すには近接戦闘が相当のレベルで出来る人がいないと無理だ。
なぜかと言われたら、近接戦闘で時間を作れないと、フェンリルの速さ相手では詠唱をする時間がないからだ。どんなに詠唱が速く出来るとしても、そんな魔法では所詮時間稼ぎしかできず、最後にはやられてしまう。かと言って大きな魔法を撃とうとすれば、時間が足りずにそのままやられてしまう。
とにかくフェンリルを倒すには近接戦闘ができる人がいないと、不意を突いて大規模魔法で一撃で倒すしかないのだ。
あの四人の中でそんな近接戦闘の役目を果たせられるのは、楠木くんだけだろう。
道中で見たあの動きと、あの技。
あのときは「まさかな」とは思っていたが『氣』を使っていたのだろう。
楠木くんがフェンリルとの近接戦闘で時間を稼ぎ、他の三人で魔法を放つ。そう考えればフェンリルを倒すことも少しは納得がいく。『少し』なのは、いくら『氣』使えたとしても、あの歳でフェンリルを相手にするには、相当な戦闘経験が必要不可欠だからだ。一体どこでそんな経験を積んだのだか……
いろいろと考えが巡っていたのを言ったん止め、不意にフェンリルの方を見た時だった。
フェンリルが立ち上がったのだ。
きちんと確認していなかったので気が付かなかったが、深手を負っているが息絶えたわけではなかったのだろう。
フェンリルに注意を向けながら生徒たちの方に目を移すと、誰もフェンリルが立ち上がっていることに気付いている者はいない。
そんな中フェンリルは生徒たちに向かって、怪我しているとは思えないスピードで飛びかかりにいく。
生徒たちはとても対応できる体勢ではない。このままいけば生徒たちの命が関わる。
通常の方法では守りきれない!
一瞬で周りを確認し誰にも見られていないことを確認してから私は普段使わない力を使うことにする。
「『フォースフィールド』」
私は手をかざし『術名』だけを口にして魔法を発動する。フェンリルは光の膜が生徒たちの目の前にできているとも知らずそのまま飛びかかる。
バシィッという音を響かせながら、フェンリルは光の膜にぶつかる。
「『ホーリーランス』」
膜にぶつかったことによって怯んだ隙をつくように、再び『術名』だけを口にする。
するとフェンリルの頭上に一メートルほどの白い光の槍が四本出現し、コンマ数秒の時間差で順番に時計回りでフェンリルに突き刺さる。
光の槍を喰らったフェンリルは声を上げることもなく、その場に崩れ落ちた。
突き刺さった場所からは血が漏れ出しいく。
私はフェンリルを殺したことを確実に確認した後、私は生徒たちの方に歩み寄っていった。
―――――side楠木哲也―――――
目を閉じてから数秒、バシィッという音が目の前から聞こえてくる。
俺はゆっくりと瞼を上にあげて目を開いてみると、フェンリルが目の前で怯んでいる。
瞬間、眩いばかりの光の槍が、フェンリルに突き刺さる。と同時に血が飛び散り、結界に血がこびりつく。
フェンリルは声を上げることもなく崩れ落ちた。光の槍が刺さったところから流れていく血によって血だまりが生成されていく。
周りにいる、美佳や葵、新谷の顔色は青くなっている。たぶん俺も似たようなものだろう。
パキッという地面に落ちている枝を踏んだ音が聞こえたので、そちらを見てみると、照沢先生が歩み寄ってきていた。
きっと、いや確実にこれをやったのは照沢先生だろう。
「みんな、大丈夫?」
「え? あ、はい。俺は大丈夫です」
照沢先生の質問に俺は慌てたような感じになりながらも、確実にそう答える。俺に次いで他の三人も無事を報告する。
「良かったわ……みんな無事で……」
照沢先生はそれを聞いてホッと安堵したように息をつく。
「いろいろと聞きたいことがあるけど、それは今日の就寝前に聞くことにするわね。今はこの場を離れることね……そういえば、晒科くんや朱里さんは?」
「別の場所で待機してます」
「そう……でも安心しました。不謹慎ながら一瞬悪い予想をしてしまいましたから」
先生は美佳の答えを聞いて再び安堵の息をついた後、苦笑いを浮かべながらそう言った。
「不安の種も取れたので、私は元の場所に戻ることにします」
「不安の種?」
「こっちの話なので気にしないでください。一回経験したので大丈夫だと思いますが今度魔物に会ったら、倒れたからって油断はせずに、ちゃんと息の根を止めるところまでやってくださいね?」
「……心得ておきます」
照沢先生からの優しい声音だが厳しい言葉に俺は強く頷いた。照沢先生は俺らがしっかりと頷いたことを確認した照沢先生は「それでは……」とだけ言ってその場を立ち去り、山を下っていった。