第二十九話 合宿当日
開いてくださりありがとうございます。
誤字脱字あったら報告お願いします。
「全員いるなー?」
旅行用の鞄を持った岡嶋先生の俺らのクラスの点呼を取る声が船着き場に響いていた。
「先生、晒科くんがまだ……」
先生からの確認の声に俺らのクラスの代表的な生徒が遠慮気味に報告をする。
「なんだと!? こんな日に遅刻するなっつぅの……」
少しキレ気味に言い放たれた声は、報告した生徒を少しばかりビビらせる。
「……ま、あいつなら置いてっていいか。よーしみんな行くぞー」
岡嶋先生の号令でみんなが船に乗り始める。
「ちょ、ちょっと待ってくださーい!!」
トシが荷物を肩に担ぎ、まだ距離があるところから全力疾走でこっちに向かって来た。
「なんか声が聞こえなくもないが、きっと幻聴だろう……トシ以外全員乗ったな? よし、出発しよう!」
「え!? マジで出発しちゃうのかー!?」
わざと大きな声で言っている岡嶋先生の声が聞こえたのか、トシの叫び声がこちらまで聞こえてくる。
「岡嶋先生、悪ふざけもそこまでにして上げましょうよ。さすがにかわいそうですよ?」
そこに岡嶋先生に照沢先生からの咎めの言葉が入る。
「そうですか?」
「そうです」
岡嶋先生は笑いを浮かべながら、とぼけたようにそう言うと照沢先生が少しむきになるように答える。
「分かりました。照沢先生に免じて手を引きましょう」
「私がなにか言わなくてもやめてあげてください……」
その様子を見て仕方ないとばかりに岡嶋先生がそう言うと、そんな様子に照沢先生はため息交じりに呆れたように言葉を漏らすのだった。
「はぁ、はぁ……間に合った、のか?」
「トシ、お疲れ」
先生同士のちょっとしたやり取りがあったとは知らないまま、トシは息を切らしながらこっちにたどり着いたので、俺は励ましの言葉をかけるのだった。
今日は合宿の日。
あれからあっという間に一週間が経ったのだ。
いろいろと決めることやするべきことがあったために『つ、ついにこの日がきたか……』といった感情は特にない。どちらかというともう少し準備期間が欲しかったくらいだ。それほど慌ただしかった。
それもこれも岡嶋先生のせいだろう。
『ハイデンベルクト』
それが合宿での目的地。俺らが船で向かっていることからわかる通り、そこは第六魔法学園がある大陸とは違う大陸にあるところだ。
合宿の資料(この前美佳から見させてもらった)には植物がたくさんあるとか、川の水がきれいだとか、そういった自然のことについて書かれているものがほとんどだった。
俺は育ってきた場所が場所なので森とかそういう自然豊かなところは好きなので、とても楽しみだった。
「で、どうして遅れたんだ?」
船が出港してみんなが騒がしくしているのを傍目に俺は隅っこで疲れ果てて座り込んでいるトシの隣に座って話しかける。
「……寝坊した」
「寝坊したのはお前の頭を見ればなんとなくわかる」
俺はいつもはトシの寝ぐせでボサボサになっている頭を指でさしながら言った。
「わるい、聞き方が悪かったな。なんで寝坊したんだ?」
「それはだな……その……まぁ、楽しみすぎてなかなか眠れなくて、それで気がついた時にはこんな時間だったんだ」
「…………」
「…………」
「……ぷはっ」
俺が言い直して再びトシに質問すると、トシはいいにくそうにそう答える。俺はその答えについ吹き出してしまった。
「そういう反応を取られると思ったから言いたくなかったんだよ……」
「ごめんごめん、なんか非常にトシらしいと思ってな」
拗ねるようにトシは言ってきたので、とりあえず謝っておく。
「ふん、どうせ俺は子供だよ」
「あれ、やっと気付いたの?」
トシが自虐を言うとそこに朱里が来てトシにケンカを売るように、バカにするように言い放つ。
「んだとぉ!」
トシはそれを買うように立ち上がって朱里と向かい合う。
「何キレてんの? 今さっき自分自身で俺は子供だって言ったじゃない」
「ぐっ」
「合宿程度で楽しみ過ぎて眠れなかったとか、ぷっ」
「ぐぐ……」
「まぁ、トシだもんね」
「…………」
トシは朱里の言い分に言い返せないようで睨むようにして朱里の顔を見る。
「……? ……あれ、朱里」
そしてトシは何か良い言い返しを思い付いたのか、さっきの顔から一転、ニヤニヤし出した。
「な、なによ」
そんなトシの顔を見てちょっと引きぎみに朱里は返事をする。
「お前の目の下の隈はなんなんだ?」
朱里はトシから言われた一言によって顔を赤くする。
「まさか人をあれだけバカにして自分が……なんてことはないよなー」
図星をついたと思ったトシはここぞとばかりに朱里を攻め立てる。
「そんなことないわよ! な、何言ってんの? ちょっと準備に手間取って寝るのが遅くなっただけよ!」
「ふーん」
「何その疑ったような視線は?」
「べっつにー」
二人の口喧嘩は留まることを知らず延々と続けられていく。
「相変わらず仲良いわよね……」
「俺もそう思う……」
そんな二人の様子を横目に美佳と俺はしみじみといった感じで呟きあうのだった。
「それにしてもやっぱり船って気持ちが良いものね」
「確かにな。初めて船に乗ったけど、こんなにも良いものなんだな」
潮風によってショートの赤い髪を揺らしながら話題をふってくる美佳に俺は話をあわせる。
「へぇ~。哲也は船初めてだったんだ」
「そういう美佳は初めてじゃないんだな」
「まぁね。『六家』関係で家族で乗る機会があったのよ」
「そうか……家族での船旅は楽しかったのか?」
俺がそう聞くと美佳ははっとしてバツが悪そうな顔になる。
「おいおい、別にもうそこまで気にしてないんだから、そんな顔するなよ」
「うん」
美佳は頷きはするが申し訳なさそうな顔は
「で、楽しかったか?」
「楽しかったよ……哲也が一緒ならもっとよかったんだけどね……」
「え? 最後なんて言った?」
「なんでもないわよ」
美佳の後の方に言った言葉が小さくなっていったのと、波の音によってよく聞こえなかったので俺は美佳がなんて言ったのか聞くが、誤魔化すように言葉を濁された。
「ちょっと、クラスの友達の所に行ってくる」
そう言って美佳は友達の所へと小走りに向かって行った。その様子を一瞥した後トシと朱里の方を見てみるとトシがなんだか妙にぐったりして朱里が勝ち誇ったような顔をしていた。どうやら朱里がトシをとっちめたようだった。
さて、皆さんは船と言えば何を想像するだろうか?
俺は、広大な海の上で最高の景色を観ながら潮の匂いを堪能できる、そんなことを想像していた。
想像だけではなく船は実際にそういうものだろう。俺もさっきまで堪能していたし……
そんな素晴らしいことがある船での旅はこの合宿での俺の楽しみのひとつだった。だが、現実はそんな素晴らしいものだらけではない。良いことがあれば、その対となる悪いことがある。
船に乗ってあーだこーだしている間に……
俺は船でかかると言われる一つの病にかかっていた。
それは、そう……『船酔い』だ。
まさかこんなにもきついものだとは思ってもみなかった。
「あー……気持ちわりぃ……」
「哲也くん大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない……」
俺の具合を心配そうに聞いてくる朱里に、俺は正直に答える。
「何でみんなあんなに平気なんだ……?」
「これくらい普通は大丈夫なんだけどな。魔法によって揺れも軽減されてるし……」
そして、俺が憎々しげにそう呟くと、トシは苦笑いを浮かべながらそう言ってきた。
「これで軽減されてるのか……」
「それにしても哲也がこんなにも揺れに弱いだなんてね……」
「なんが意外だよね~」
クラスの友達の方からこっちに戻ってきた美佳がしみじみといった感じで呟くと、朱里が同意する言葉を述べる。
「とりあえず休める場所で横になってきたら?」
「ああ……そうさせてもらうわ……」
美佳からの提案を俺は素直に受け取った。
結局俺はハイデンベルクトのある大陸の港に着くまで寝ていた。
こうして俺の初めての船旅は終えるのだった。