第百二十五話 決闘
開いてくださりありがとうございます。
誤字脱字あったら報告お願いします。
ここまで語ると姉さんはふうと一度息を吐く。
そして怒りの形相をこちらに向けてくる。
いや、怒りなんて生温いものではなく、憤怒とでも言うべきか。
今さっきゆっくりと息を吐き出したのは、自分の怒りを抑えるためなのかもしれない。
姉さんは見下すようにこちらを見て、さらに続ける。
「弱いは弱いで邪魔者として追い出して、強いは強いで厄介だとばかりに存在を消す。六家って一体何なのかな? 強い存在を示すための名家じゃないの? こんな矛盾だらけの存在なら、そんなもの壊したほうがいいに決まってる。だから手始めに、私のところに来た六家の人たち、みんな潰させてもらったわ」
さらっと言われた事実に愕然となる優姉と美佳。
「彼女を、私と契約した楠木香織を殺したんだから、これくらいのことで文句なんて言わせない……」
さらにその一言で全員が唖然となる。
今の一言が示す意味、それは彼女が名乗っていた楠木香織という名は偽名であり、先ほど語っていた少女と契約した精霊、つまりはマクスウェルであるということになるのだから。
さらに言えば、マクスウェルという存在が二つもあるということにもなる。
分からないことがいろいろと増え、正直頭の整理が追いついていない。
「友に、兄に、弟に。そんな近しい人たちに殺される。そんな最悪な最期を迎えさせてあげようと思ってたけど、そんな計画も失敗した。最後の誤算とでも言うべきか、育てた弟みたいなやつが、私の想像を超えて成長していた」
そう言って俺を見てきたその表情は俺の想像以上に穏やかで、さっきまでの憤怒の表情が嘘のように消えていた。
その表情は俺の姉さんと二人で過ごした日々を思い出させるものだった。
俺はそれを見て、もしかしてと思って、口を開こうとした瞬間、
「哲也」
俺を見据えたまま、姉さんは俺の名前を呼び声をかける。
「ここからは、言葉じゃどうしようもない。そして、和解もできない」
「……そっか」
姉さんの感情、意思、信念。
それらが伝わってきて、俺は説得は無理だろうと悟った。
戦わなければならない。あの姉さんと。
俺は一度目を閉じて、大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
そして瞼を上げ、姉さんを見据えて、構えをとる。
「みんな、ここから離れて」
「えっ? みんなで戦わないの?」
俺からの言葉に、みんなが同じような反応をとり、何を言っているんだとばかりに俺を見てくる。
俺は内心でみんなに謝りつつ、出来るだけ冷たく告げる。
「この戦いにおいて、消耗してるみんなじゃ、いや消耗していなくても足手まといにしかならない。正直言って邪魔になるから、ここから離れて」
「そんな風に言われて、黙って従えって――」
「――分かったわ」
案の定反発した美佳を止めたのは意外にも優姉だった。
優姉はどうやら俺の意図をしっかりと把握しているようで、これでいいのよねとばかりに小さく俺に相槌をうってくる。ただ心配そうであるのは、はっきりと伝わってきた。
俺はそれに対して大丈夫だという意思を込めて同じように小さく頷いて見せた。
まだ何かを言いたげな美佳を優姉は上手くあしらい、その場にいる人たちを離れさせていく。
「待ってくれるなんて優しいね」
「ま、別に近くにいようが離れていようが、哲也を倒せば変わらないからね」
姉さんはそう言ってスッとコインを持ち出す。
思い起こされるのは、学園に行く前にやった姉さんとの最後の一対一。
「それじゃ、やるわよ」
不思議とどこか楽しげに聞こえる声音。
次の瞬間には親指がはじかれ、チンッと音を立てコインが宙を舞う。
そしてコインが地面に落ちるかどうかのその瞬間。
俺と姉さんは同時に地面を蹴った。
――――――――
コインが落ちると同時に駆け出してのすれ違いざまの一撃は、お互いの拳がぶつかり合う相打ちという形になった。
が、はっきり言うとかなりヤバかったように思う。
あの時の姉さんのイメージで一撃目をぶつけ合っていたら、きっと俺はもうやられていたかもしれない。それぐらいの衝撃が全身を襲ってきた。
「想像以上ね」
それは姉さんも同様なのか、一瞬だけ苦笑のような表情を顔に浮かべてそう告げる。
だが、それは本当に一瞬で、一旦距離をとっていたかと思うと、すぐに俺の懐へ飛び込んできて次々と攻撃を仕掛けてくる。
それをなんとか防ぎつつ、俺は反撃の芽を探る。
今のところの攻防だけなら、まだ余裕もあるし問題ないかもしれないが、姉さんの得意な方面はこうした物理的な攻撃より魔法に寄っている。
防戦一方のまま魔法を使われ始めるのはたまったものではないので、早めに攻めに転じたいが、焦りは隙を生み、隙を見せれば一瞬で殺されてしまうだろう。いつもの組み手なら悪くて気絶で済むが、今回は生か死の戦いだ。
だからと言って、このままリスクを恐れて逃げ腰のままでいるのも愚策。
どうするか、どうするべきか。
これが良いの悪いのか俺には判断が付かないが、それでも自分の中で決断をし、攻防の少しの間を選んで取り、一度大きく後ろに下がることで距離をとる。
距離を取り、出来るだけ早く魔空技を練り上げ、そのまま繰り出す。
そんな風な俺の行動が読み取られているかのごとく。
俺が後ろに下がり、陣取ったその足元が、熱のせいかドロッと歪んだかと思った瞬間、凄まじい火柱が上がり、俺の視界は真っ赤な炎で埋め尽くされる。
考えるまでもなく姉さんの魔法。
それだけには留まらず、俺を包み込んでいた真っ赤な炎が、一瞬にして透き通るような蒼さを持った氷に変化する。
火の魔力を一瞬にして水の魔力にへと変化させる。
その魔力の操り方はきっと元の大精霊ならではのものだろうと考えられる。
傍から見れば、俺は氷柱に閉じ込められた図に映っているのだろう。
熱さからの寒さに感覚がおかしくなっているのを感じながら、姉さんが腕を地面と平行に上げ、手の平をこちらに向けている様子が俺の眼に映った。
その表情には全く油断はなく、構えにも隙はない。
まるでそれで終わりなわけないでしょうと言わんばかりに。
そんな姉さんの様子にフッと頬を緩めながら、自分の策の一部である不意打ちは失敗だったことを悟る。
俺は全身を先ほど吸収した炎の魔力を混ぜた体氣で全身を包み、姉さんが繰り出した氷を溶かす。
ジュッという小気味いい氷が昇華する音を耳にしながら、俺は氷柱から抜け出す。
そして火の魔力を混ぜた体氣を利用した爆発のような推進力を利用し、姉さんとの距離を一歩でゼロにする。
その速度に姉さんの驚いた表情が目に映る。俺はちょうど体当たりのような形で、その勢いをそのままに姉さんに突進し吹き飛ばす。
その勢いはかなりのものだったようで、吹っ飛んでいく姉さんの姿は結構小さく見える。
当然それで終わるわけがないので、すぐに飛んでいった位置まで行き追撃をかけるために、地面を蹴り飛ばす。
あえて遠距離攻撃である魔空技を使わず近接戦闘を挑むのは、姉さんも俺と同じように空氣調和を使えるからである。下手に技を使えばダメージを与えるどころか、逆に吸収され倍返しのように技が返ってくるのがおちだ。
生身の攻撃が混じっているならばそれもされる心配はない。それに自分が近距離のみでも思った以上に戦えているから、この戦闘の仕方に問題はないはずだ。
自分の出せるだけの速度を出し、未だ体勢を整えきれていない姉さんが俺の攻撃の間合いに入る。
前に行く勢いと前宙返りの回転の勢いを利用、さらに炎を混ぜた体氣と空氣を右脚に集める。そこから踵落としのように、姉さんの脳天を狙って打ち下ろす。
「『火龍月閃』」
脚の先の軌道は円を描き、その型は月を思い起こさせ、脚自体はまるで龍の咢の様に相手に襲い掛かる。氣の力と技を両方とも兼ね備えた魔空技の中でも威力が高く、技を完成させるまでの時間も短い。
その威力にして技の速度もあるこの攻撃は、姉さんのとっさの防御では防ぎきれなかったのか、俺の脚から確かな手応えが感じられる。
轟音とともに生身では決して出せないほどの砂煙が一気に立ち上がる。
傍から見てもその威力が凄まじいことが目に見えて分かることだろう。
もくもくとした砂煙が晴れると、そこには地面に仰向けに横たわる姉さんの姿があった。
意識はあるが体は動かないようで、目は開いたまま、視線は真上の空に向けられている。
『やっぱり人間の肉体はもろいわね。意識はあるのに身体は動く気配がないもの』
そこから聞こえてきたのは口からの声ではなく、頭に直接響いてくる声だった。その声音は今までの姉さんの声音とは少し変わり、中性的な感じで性別を判断できないようなそんな声だ。だが、しゃべり方のせいなのか、不思議と姉さん、いや今の場合はマクスウェルだと感じることができていた。
『しばらく人間の肉体に同調しすぎたのが仇となったようね。この身体から脱け出すことができなくなってる。どうやら楠木香織の肉体と共に私は朽ち果てそうね』
自分の死期を悟っているというのに、目の前の存在からは全く悲壮な空気を感じなかった。
『哲也』
「なに?」
『お前との生活は悪くなかった。利用するだけ利用しようと思っていたが、どこかあやつに似ているお前に、過ごしていくうちにいつの間にやら情がわいていた。その甘さがこの結果なんだろうな……今更こんなことを言っても遅いが、お前とあやつには感謝している。ありがとう」
その感謝の言葉が身に染みわたる。
だけど、それを素直に受け取りっぱなしではいられない。
「むしろ感謝すべきなのは俺の方だよ。姉さんのおかげで楽しい日々を過ごすことができた。つらいこともあったけどそんなもの比べ物にならないくらいのものをもらった。あの時姉さんと会わなきゃ、あの時姉さんに声を掛けてもらわなかったら、俺はこんな風に生きてられなかった……だから感謝するのは俺だよ」
姉さんは俺からの感謝を受け取ったのかは分からない。上を見つめる視線は焦点が合っていないように見える。
『弟子に倒され、彼女とともに眠る。それも悪くはないわね』
そうぼそっと呟いて、フッと微笑みを浮かべ、目を閉じる。
その笑みは一体どれくらいのものが込められていたのだろうか。一体誰に向けられたものなのだろうか。
俺に分かるのは、その表情が穏やかで、静かに眠りに就こうとしているということだけだった。