第百二十二話 実行
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剣を心臓に突き刺せ。
その指示にはさすがに動揺を隠せなかった。
(心臓って、心臓か? これを突き刺したらさすがに死ぬだろ……?)
(かもしれぬな)
まさかの言葉に俺は言葉を失ってしまう。
マクスウェルはそれを気にした様子もなく、淡々と語る。
(今回やる方法は、生きるか死ぬか、二つに一つじゃ。相手がクロノスである以上、この方法が一番確実に救えるんじゃよ。言っておくが、生きるか死ぬかは主の覚悟に掛かっておるからな)
まるで脅すかのように、マクスウェルは俺に対してそう言ってくる。
(なんで俺の覚悟が関わってくるんだ? どっちかって言ったら葵の方が重要じゃないのか?)
(確かに小僧の方も要素の一つとしてかかわってくるが、主が要じゃ。この剣はただの剣ではない。妾と主の意識がちゃんとしていれば幻の剣となる。主が駄目だと思ったら、この剣は本当にただの剣となり、小僧の心の臓を斬ることになる。光っている間は幻の剣として機能する)
幻の剣か……実態はないが存在はするといった感じだろうか。
まぁ、そこあたりの細かいところに関してはどうでもいいか。重要なのは、葵を助けられるかどうかだ。
(剣さえ突き刺したら、後は妾が『元』の魔力をつかって小僧の刻まれたものを元の深さに戻す。それだけじゃ。思いっきり突き刺せ)
(……わかった)
どっちにしろ自分一人ではどうしようもないのだ。どんな方法であろうと、ここはマクスウェルを信じるしかない。
俺は首を縦に振り、慎重に頷いてみせた。
そして、葵の方に決意めいた視線を向ける。
「――ふーん。その目からして、結局哲也君はそっち側に居続けるんだね。ホントに残念だなー。これでここにいる全員僕の敵、ってことだね」
わざとらしく大袈裟に表情でも残念がっているような表情をつくる。見方によっては、葵たち側につかなかったことをバカにしているようでもあった。
「それじゃ……いくよ?」
――しゃらん
わざわざなぜ合図をするのか。
そんなことを考える間もなく、鈴の音が聞こえてくる。
そう何度もマクスウェルに助けてばかりでいられるかよ……!
呑まれかける意識の中、俺は一つの行動をとる。
体氣を強化目的ではなく、ある種の空氣調和のような形で自分自身を覆うように包みこんだ。
いくら時を操るとは言っても、確実に魔力を使い、何らかの形で俺らに接触してきているはず。
そんな予測の元、その魔力を吸収する方向へと持っていったのだ。
どうやらそれは成功したようで、魔力と空氣が接触した音を自分の間近で聞きながら、何とか意識を保っていることを確認する。
一瞬で周りを見渡せば、俺を含めて水のナイフがそれぞれに数本ずつ向かっていることがわかる。
そして、それは俺以外誰も回避行動を取ることすらできていない。
俺は必死になって空氣を利用した壁を全員に展開する。
何とか間に合ったようで、ぶつかり合った音が聞こえた後、空氣の壁に水のナイフの魔力は吸収されていく。
「やっぱり、哲也君。君が、一番邪魔な、存在だよ!」
葵はそれが誰の仕業なのかすぐにわかったようで、忌々しげに俺を睨み付けてくる。
だがその睨みの眼力とは対照的に、肉体は疲労が来ているようで肩が上下している。
(時の魔法は強力なだけあって、魔力の喰いが半端ではないからのう。あれだけ連発していれば疲れるのも当然じゃろうて。むしろあれだけ使用できていることの方が驚きじゃ。よっぽど相性が良いんじゃろうな)
ということは、魔力を使わせて枯渇に追い込んだ後、安全に剣を差し込みにいった方がいいのだろうか。
そんな考えが頭を過ったが、それはマクスウェルの次の言葉によって打ち消される。
(言っておくが、魔力の枯渇を待つのはやめた方が良いぞ。言ったじゃろう? 奴は言うなれば寄生精霊。宿主の魔力のことなんぞ無視して魔法を使い続ける。無論、枯渇の状態を超えさせてでもな。ここまで言えば言いたいことは分かるじゃろう?)
(……枯渇を待ってたら命をエネルギーにされるってところか。それに待ってても魔法は使われ続ける。要は、今の葵の状態から見て決着は早めにした方が良さそうだな)
俺の考えはほとんど正解だったようで、マクスウェルは小さく同意を示すように、剣から反応を示してくれる。
(今の主ならどんな時魔法が来ても防ぎきれる。もしもの時は妾の力も使えば良い)
(それは心強いな……よしっ、行くぞ!!)
今のパートナーであるマクスウェルからのありがたい言葉を聞き、気合を入れ直した俺は、全力で地面を蹴り、自身の最速を持って最短距離で葵に仕掛ける。
「――っ!」
俺のスピードに面を喰らったのか、顔を歪ませることで焦りが露わになっている。
葵だけなら、これで終わりにできただろう。
だが、葵の背後には大精霊クロノスが佇んでいる。
俺のスピードも奴にとっては、刻まれている時の一部でしかないようで、コマ送りで見えているか、全く慌てた様子もなく、俺が動き出した瞬間には、葵から魔力を奪い取り動作を開始していた。
――しゃらん
結果、魔法が俺に向かって行使される。
次元の歪み。
そう言うに相応しいものが、俺の目の前に現れる。
それはどうしようもないくらい禍々しく見えて、今の葵の状態を示すかのようにグラついている。
きっとこの中に入ってしまったら、一生抜け出せない。
そんな予感さえ湧いてくる。
だからと言って、止まるわけにはいかない。というか、もう止まれないほど加速しきっている。まぁ、どちらにしろ何が来ようとも、止まるつもりなど毛頭ない。
逆に、次元の歪みを前にして、自身が持っている力を振り絞り、さらにもう一歩踏み出して、加速する。
(頼む、マクスウェル!)
マクスウェルは俺の言葉に言葉では応えず、剣にさらなる輝きを発せさせることで応えてみせた。
俺は内心で感謝の思いをマクスウェルに告げつつ、剣を持つ右腕を真っすぐに突き出して特攻する。
「うおおおおお!!」
歪みと接触しグニャリと嫌な感触が伝わった瞬間、剣が凄まじい勢いで唸りだす。
それは今までとは比べ物にならないくらいの分解速度で、勢いのあまり分解後の魔法の型であるマナの本流が辺りに吹き荒れているのだ。
その勢いに思わず目を逸らしてしまいそうだ。それに腕が、肉体がガクガクする。少しでも気を緩めたら呑み込まれてしまいそうだ。
それでも俺は真っ直ぐ目標に向けて、視線も意識も保ち続ける。
絶対に負けるかと己を叱咤して突き進む。
そして、永遠にも感じそうな数秒の均衡は、人体を貫くグサリという感触を感じることで、敗れたことを知る。
「――えっ?」
間の抜けた声が聞こえた気がした。
それは葵の声だったのか、それとも周りにいた優姉たちの声なのかは分からない。
心なしか、クロノスの表情が少し歪んだような気がした。
俺の手に持つ剣は、白い輝きをもって葵の胸――心臓に一寸の狂いもなく突き刺さっていた。
(よくやった主よ。後は気を抜かず、自身の信念をもって、妾を信じて待っとれ)
マクスウェルの言葉を最後に、剣が持っていた輝きは爆発するようにして、俺と葵の二人を包み込んだ。