第百二十一話 戸惑い
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「一体どうなってるんだよ……」
姉さんがかけた洗脳は既に解けきっている。にもかかわらず親を殺した葵。
意味が解らないと呟かずにはいられなかった。
それはみんな同様で、あの葵が……と唖然としてしまっている。
「邪魔をするってことは、僕の敵ってことになるんだけど? 僕的には哲也君は殺したくないんだよねー。状況は違えど六家に少なくない憎しみを持っているはずの人間だし。どう? 僕と……そしてあの人と一緒に六家をつぶさない?」
そんな俺らの感情を気にする様子は全くないようで、あくまでも笑顔で、葵は俺に対して語りかけてくる。
その語られた内容に、先ほどまでの唖然とした表情は吹っ飛んでしまったようで、六家である優姉と美佳は黙っていられないようだった。
「葵ちゃん! 一体何を言っているの!?」
「哲也、そんな話に乗るんじゃないわよ!」
俺は美佳からの言葉にこくりと小さく頷いてみせる。
憎しみとかそういうのは、さっきあったことで俺の中でけじめがついている。
俺はできるだけ意思を伝える想いを込めて、葵に視線を向ける。
「何を言ってるって、そのまんまの意味なんだけどなぁ……」
葵は大袈裟に溜息をついて見せる。
まるでこっちをバカにしているかのように。
「にしても、残念だよ。哲也君はこっち側に来れるはずの人間なのに――」
葵はそこで言葉を区切り、手のひらを俺に向かってかざす。
「――ここで僕が殺さなきゃいけないなんてね」
「哲也!?」
瞬間、俺の周りは数百もの氷のナイフに囲まれていた。
その密度は俺の視界をほとんど埋め尽くすほどだ。
俺の周りの状況を見て、美佳はおもわず叫び声を上げていた。
俺はあくまでも冷静に状況を判断し、意思を込めて声を上げる。
「マクスウェル!」
『わかっとる!』
マクスウェルと意思の疎通が取れた刹那、氷のナイフは俺を殺さんとばかりに襲い掛かってくる。
「はああ!!」
気合いの掛け声とともに俺は剣を斜め下に伸ばし、剣の先を地面に押し当て一回転。最後に自分の目の前に剣を突き立てる。
綺麗な円形を模った剣の跡。そこから俺を守り、外敵を滅さんとばかりの眩い光が解き放たれる。
「『分解・方陣』」
迫りくる氷のナイフは次々と放たれた光に接触しては、パキッパキッと氷が砕けるような音が次々と響き渡り、水色の魔力の粒子へと変わっていく。
「へぇー。さすが哲也君だね!」
攻撃が防がれたはずなのに、何が嬉しいのか、葵は敵であるはずの俺を褒めはやしてくる。
「そんなに強いなら、やっぱりこっち側に来て、六家を一緒に潰すべきだよ。これは君の姉さんの意思でもあるんだよ?」
姉さんという言葉にピクリと反応してしまう。
分かっていたつもりではあるが、やはり姉さんは本格的に六家を潰すつもりなのか……
葵は一旦俺から視線を外し、自身が殺した潮の方に視線を向ける。
その視線からは、蔑みが見てとれる。
「結局は大した実力もないくせに、実力がなきゃ差別する家なんて、潰れた方が絶対に良い。全く、守る側に立つはずの人たちが、その内側で差別をするなんてホントに笑っちゃうよね」
葵のその言葉に、現在六家であるはずの美佳も優姉も言い返すことができない。それも当然のことだろう。自分たちの家でも俺という人間を切り捨てているのだから。
(主よ、耳を貸せ)
未だ演説のように語り続ける葵の声から切り離すかのように、念話が脳に響いてくる。
(マクスウェル? どうした?)
特に鬱陶しがる必要もなかったので、意識をマクスウェルの念話の方に傾ける。
(気付いてるかもしれんが、あの小僧は操られておる)
「えっ!?」
マクスウェルからの言葉に驚きのあまり念話なのに声を出してしまった。
確かに葵が自然体であんなことをするとは考えられなかったので、自分の意志であってほしくないとは思っていた。が、今回に限っては操られている感じは全くなかったのだ。それに洗脳されているにしては自分の意識がはっきりし過ぎているようにも感じた。
にもかかわらず、マクスウェルは操られていると言った。だから余計に驚きを感じずにはいられなかった。
(正確には、あの小僧がそうなるように仕組まれた、といった方がいいかもしれんがな)
(それって、どういうことだ?)
言いたいことはなんとなくわかるが、誰がどのようにしてそれを仕組んでいったのかが俺にはよく分からなかった。
(あの精霊は見えるな)
マクスウェルは刀の中から意識を葵のそばにいる精霊に向けるようにしてくる。
(ああ、確かクロノスとか言っていたな)
(そのとおりじゃ。あ奴は時を刻む精霊、名はクロノス。先ほどまでやってきたことを見ればわかると思うが、簡単に言えば『時』を扱うことができる)
時を扱う精霊か……
そう言われれば、今まで起きてきた現象にも大体納得できる。
だが、それだけでは葵がどのようにされたのかは分からない。
俺の思考を感じ取ったのか、マクスウェルはそのまま念話を続ける。
(もう一度言うが、クロノスは時を刻む精霊じゃ。現代から過去に至るまで、その時あった出来事、想い、思考。それらを思い出させ刻み込むことができる。そしてその深さを調節できる。例えば、小さいことで争いがあったとしよう。当然、争いがあったということは、相手に対してイラつき程度の感情を覚えるじゃろう。クロノスはその時の感情を深く刻み込み、イラつき程度だったものを憎悪にまで変換することができるのじゃ。つまり小さな出来事……あの小僧の場合は、六家を焦点として使われたのじゃろうな)
そして、最後に付け足すように(もともと小僧自身、六家に対して何か思うことがあったのじゃろうな)とマクスウェルは言った。
しかし、俺はマクスウェルの説明の中で一つおかしな点を見つけた。
(でも、それっておかしくないか? クロノスは葵と契約してるんだろ? なのにどうして葵自身が精霊にその感情を狙われて、しかも刻まれるんだ?)
普通に考えてわざわざ自分自身が変な方向に行くことをやるとは思えない。さらに言えばあの優しい葵だ。到底そんなことをするとは思えなかった。
(……お主は勘違いをしておるようじゃ。まずクロノスは契約できるような精霊ではない。そして決して近くに居るからと言って協力するような精霊ではない。あ奴は、自身の魔力を使える奴を捜し、寄生する。言うなれば寄生精霊なるものじゃ。さらにあ奴は破滅を好む。そういう方向で利害さえ一致すればあ、寄生者自身をも巻き込んでしまうんじゃ。ここまで言えばわかるじゃろ?)
俺は思わず唇をかむ。
あの時姉さんは葵の中のクロノスを解放させ、そういう方向へ導くように仕向けたのか。俺とは異なる方法でありながら、同じような道を歩ませようとしたということか。
(……何とか、してやれないのか?)
心の底から思う。
友達である葵を、救ってやりたいと。
(……妾の力を使えば、できなくはない。だが、賭けになるぞ。そして、救えたとしても、あの小僧自身が自身のやった過ちに対して向き合えるのか? 下手すれば心の方が壊れるぞ?)
それは確かにその通りだろう。
葵がしたことは、俺のように未遂ではなく、完全に手をかけてしまったのだから。
だけど、それでもだ!
(俺たちがいる。俺を助けてくれた仲間がいたように、葵にだって俺たちがいる。自己満足の勝手な希望かもしれないけど、心の拠り所くらいにはなってやれる。エゴだろうが何だろうが、俺は葵を救いたい!)
(ま、どっちにしろ妾には関係ないことじゃしな。それだけの決意があるなら、問題ないじゃろう)
俺の気持ちが伝わったのか、マクスウェルは剣に光を帯びさせる。
そして、次なる指示を俺に出してくる。
(これを小僧の心臓に突き刺せ)