第百十七話 意志
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炎に呑みこまれた哲也。
「……こ、殺し、ちゃったの?」
美佳はついそんな言葉をこぼしてしまっていた。
それに応える者は誰もいない。
未だに消えない凄まじい火炎。
普通に考えれば即死だろう。
『…………』
だが、それを行った張本人であるイフリートは警戒を解く様子もなく、黙ってその火炎の見つめ続けている。
イフリートとしては、使える限りの力を最大限利用して攻撃を放った。
それがイフリート自身の全力かと言われれば否と答えるだろうが。というのも、フェニックスと同様に、何かに力を使おうとすると、召喚者の魔力も持っていかれる。人の中でも多い魔力を持つ優奈でもイフリートの全力を引き出すことは出来ないのだ。
見れば、優奈はかなり辛そうにしている。辛そうにしてはいるが、その瞳は怯みを知らず光り続けている。
イフリートが警戒をやめない以上、優奈も気を休めることはない。
そんな様子を見て、自分の考えが誤っていると思ったようで、美佳は仕切り直してばかりに、火炎の中を警戒しながら見つめる。
『……生きているのか』
イフリートが呟いたように哲也は生きていた。
燃え盛っていた火炎の中心に、哲也は立っていた。
立ってはいるが、さすがにあの中ではかなりのダメージを受けたようで、右腕を抑えている。また右側の足も黒く焦げてしまったいた。だが引きずるような様子はない。
『しかし、なぜ……』
警戒はしていたが、実際のところイフリートは哲也が生きていられるとは思っていなかった。警戒していたのは、哲也の気配が消える感じが全くなかったからだ。
だからこそ、炎の中で生きていた哲也がなぜ生きているのか不思議でならなかった。
『イフリート、見ろ』
『なるほど……』
イフリートはフェニックスに促されるがままに哲也の方を見ると、それが示す意味を即座に理解する。
「どういうこと? 何がどうなったの?」
精霊同士は納得するも、それ以外の者は全く分かっていなかった。
『奴の剣に宿る精霊。それによる力だ』
フェニックスが答えたように、それは哲也が携えていた剣に答えがあった。
その剣には普通では見えない無色の魔力が溢れかえっていたのだ。無色であるがゆえに、見ることはできない。そのため、それがどういうものか分かっていない精霊以外の者たちは何がどうなったいるかわからなかったのだ。
ちなみにその魔力の正体は、哲也が以前契約したマクスウェルの魔力である。マクスウェルの最大の特徴はすべてを調和し、元に戻すことにある。
つまりは、哲也を囲っていた火炎は彼に当たる部分に限り、マクスウェルの力によって調和され、ただの魔力にされてしまったということだ。
ダメージを受けてしまっているのは、調和の力がイフリートの火炎より少し劣ってしまっているためだ。また、左腰に携えている剣を中心として防いでいたがために右側のほうが深くダメージを受けていた。
『厄介な力だな……だが逆に確実な勝機も見えてきた』
イフリートの確信を持っている言葉に、全員が驚いた表情になる。
さっきまででも圧倒されているといってもいい状態だった。そこにさらにあれ程の攻撃をも防いでしまう精霊の力、それも自分自身で厄介だと言っている力が加わったのだ。それなのになぜ? 人間側は誰もがそう思っていた。
『奴の腰の剣を鞘から抜け。そうすれば奴自身が契約しただろう精霊が解放される』
「それって、哲也がさらに力を得ちゃうんじゃないの?」
優奈の疑問はもっともだろう。
精霊は解放されて、哲也の力になったのなら、それこそ勝機など消えてなくなってしまう。
だが、イフリートはそれはないとばかりに、首を横に振ってみせる。
『確かに力は手に入れるだろうが……奴の精霊は恐らくこっちの味方、正確には奴の味方となって、元に戻してくれるはずだ。いくら洗脳されているとはいえ、契約しているのにその力を最初から使わないのは、普通あり得ない。恐らく、洗脳したものは奴の精霊がどういった力があり、どういったことが出来るのか完全に把握しているのだろう』
イフリートの推測に、フェニックスは納得したように相槌を打つ。
『なるほど。だから、精霊の力を抑えるために封印をかけた、と。そして、今封印が解かれつつあり、きっかけがあれば解放できると。そういうことか?』
フェニックスの解釈に、その通りだとイフリートは頷いて見せる。
そのやり取りを聞いた他の面々は、大体の状況を把握していた。
「とりあえず、倒すとか殺すとか、そういった方面は、無くなったの?」
『一応そういうことではあるが……奴がお前を殺さないわけじゃないことを忘れるな』
「……それくらい、分かってるわ。例え私がどうなろうと、哲也は死ぬ気で止める」
優奈の覚悟のある言葉を聞いて、分かってるなら良いとし、イフリートは再び哲也を見据える。
『奴の足は私とイフリートが止める。娘たちよ、いけるか?』
「当たり前でしょ!」
「ええ、いけるわ!」
どちらも精霊の力をすでに振るっていることもあり、疲労は明らかだったが、それでも気丈に応えてみせた。ここまで来ると気力の勝負になるといっても過言ではないので、その姿はとても心強いものがあった。
「なら一番リスクの高い役は、俺がやろう。俺が奴の剣を抜きにいく」
『それが良いだろう』
志郎の判断に、イフリートは同意を示す。精霊を使役している美佳と優奈が確実に動けなくなることをなしにしても、唯一哲也と近接戦が出来る志郎がその役を買って出るのは、ある意味必然とも言えた。
「私、全力でサポートします!」
「わ、わたしも!」
それらの姿を見ていた美月と朱里も、自分を奮い立たせるためか、大きく宣言をする。
「……俺も……」
「トシ!?」
先ほどまで気絶していたはずのトシが声を出したことで、介抱していた朱里がそれに気付き、思わず大きな声を上げる。
実は言うと、身体が動かなかったから何もしなかっただけで、トシは少し前から意識は取り戻していたりする。
「……俺も、手伝います」
「何言ってんの!? さっきまで気絶してた怪我人に何が出来るって言うの! まだまともに動けないでしょ!?」
「いや、大丈夫だ。なんか知らんけど、腕治ってるし、それに対する痛みもなし。強いて言うなら、頭がまだ完全に覚醒しきってないという感じ、だな」
「それでも……!」
「例え何もできなくても、友達のために動かなかったら、後悔する。目を覚まして、状況を知ってるのに、見てるだけなんて……絶対に嫌だ」
かなり冷静に自己分析しているトシに、何か言い返そうとする朱里だったが、最後の言葉で言い返すことができなくなっていしまった。
トシは立ち上がって、朱里のそばから離れて、志郎の方を向く。
「俺は攻撃に参加したところで何もできないと思うんで、守備に回ろうと思います。身体はってでも壁役くらいにはなってみせます。いいですよね?」
「……分かった。無茶はするなよ?」
「友達のためですよ? 無茶くらいします」
その言葉に、志郎はフッと軽く笑って見せた。
「それでは、仕掛けるぞ!」