第百十五話 召喚
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哲也のいる場所に辿り着いた志郎、美佳、優奈、美月、朱里、トシのグループ。
その場所に来て、哲也の表情を見た美佳はハッと息をのみ、悲しげに口を固く結ぶ。
その哲也の表情は、合宿の時にフェンリルを瞬殺した時の、死んだ魚の目のような表情と一緒だった。
彼女が悲しげな表情を浮かべたのは、フェンリルを一瞬にして葬り去った攻撃を思い出しやばいと思ったからではなく、あの時と同じ表情をまたみてしまったことが悲しかったからだ。
さらに言えば、あの時の哲也は気絶をしなければ、妹である自分にすら襲い掛かりそうになったのだ。
つまり、無差別的な攻撃。
美佳にとって哲也のそのような行動はありえないものであり、決して見たいものではないものなのだ。
そのためか彼女の悲しげな表情の奥には、決意の色が強く存在していた。
早く哲也を呪縛から解放してあげたいと。
ここにいるほとんどの人がそう思っているが、美佳は他よりもずっと強い思いとなっていた。
「姉さん……私、やるからね」
美佳はぼそりと隣に立っている優奈にそう声をかけた。
一体何をやるのか。
それがわかった優奈は妹の言動に少し驚きつつも、強く頷いてみせた。
「美佳……そうね。私もやるわ」
最初にこの場に立つことを立候補した時からそのつもり(哲也をとめるつもり)でいたが、優奈のその想いは哲也の表情をみて余計に強くなってた。
優奈にとって哲也の今の表情は一種のトラウマのようなものだ。
実際その表情を見た瞬間、優奈の脇腹が突然疼きだし、自然と脇腹を抑えていた。
だが、トラウマでもあるが、決意をする要因となったのも事実なのだ。
哲也に何があった時に、自分が止めてあげられるように強くなる決意を。
きっと今起きているこれは、神かなんかが私に与えた試練なんだろうと、優奈は考えていたりもした。
そんな風に彼女らが考えている頃、開始の合図が聞こえてきた。
その瞬間、何かがぶつかり合ったのか、ガシッという音が聞こえてきた。と思ったら、さっきまでいたところに哲也の姿はなく、志郎の目の前に哲也は移動していてこぶしを突き出し、志郎はそれを両腕で防御していた。
音から分かる通り、哲也は開始の合図とともに動き出し、志郎に攻撃を仕掛けたのだ。
場面だけを見たら攻撃を仕掛けたが、防御されたように映るだろう。
「ぐっ」
「父さん!」
うめき声をあげた志郎。その体からはいつの間にか切られたような鋭い傷ができていて、血が飛び散っていた。
先ほどの攻防は哲也の数他の攻撃のうち、決定打になるだろう一発を防いだに過ぎなかったのだ。
血が飛び散ったのを目にした美佳は思わず声を上げた。
そんな声が聞こえてきたからには、やられっぱなしでいるわけにもいかないと思い、志郎も攻撃を仕掛ける。哲也はそれをバックステップで距離をとって躱す。
哲也の圧倒的な力に、これは躊躇などしていられないと思い、優奈と美佳は決意を固めた。
「みんな! お願い! 二十……いや三十秒だけ時間を稼いでほしいの! 父さんもお願い!」
「……やれるのか?」
「当たり前よ! だから――」
「――わかった。命に代えても何とかその時間は稼ごう」
志郎は決意にあふれた優奈と美佳を見て、やろうとしていることを瞬時に理解し、そう尋ねた。
お前らにできるのかと、そういう意味を込めて。
父親からの質問に、勿論とばかりに言葉を返す。
そしてさらに返ってきた答えは、自分たちの想像以上に重く、責任を与えるものだった。
「……俺一人じゃ、おそらく無理だ。サポートを頼む」
先ほどの攻防で、志郎は力の差を十分に理解していた。
肉体戦では氣で身体を強化していてもボロボロにやられるだろうと。まともにやってはこいつ――元息子には勝てないばかりか、すぐにやられてしまうだろうと。
「「「はい!!」」」
六家の主から頼られた面々はそれに嬉しそうに返事した。
だが、その表情はすぐに曇ることになる。
哲也の体がぶれたと思ったら、志郎の懐にいつの間にか入り込んでいて、それに気づいたころには、再び防ぎきれずに、志郎の体から鮮血が舞っているのだ。
何がどうなっているのかわからないとともに、自分たちがサポートするにも、戦闘の次元が違いすぎて、何もできないことを否応にでも理解させられる。
頼まれたのに何もできない。わざわざついてきたのに、何もできない。
それが悔しくて、つい現実から目を逸らしたくなっていた。
「目を離さないで! 絶対に何かやれることがあるはずよ」
優奈からそんな叱咤が飛ぶ。
優奈のその言葉にそこにいた三人はハッとする。
友達を、仲間を止めたくてここに来たのに、それだけの想いでここに来たのに、今更現実から目を逸らしてどうすると。
力になれるかは分からない。でも何かやれることはあるはずだ。
優奈の言葉で三人はもう一度顔を上げた。
その目には、何度目かの攻防を行っている二人が映る。
哲也からの攻撃により志郎の体は傷を増やしている。なんとか反撃を試みるも余裕をもって距離を取られる。
さっきまでならここで一旦攻撃が途絶えていただろう。
何もできないと目を逸らしていた三人には攻撃するという意思が欠如していたのだから。
だが、今はそんな意識の者はここにはすでにいなくなっていた。
三者三様に隙となったこのタイミングで、詠唱を完成させ、自分の得意の魔法をそこで使用した。
「『ダークニードル』」
「『ロックランス』」
「『シャープネス』」
美月は闇の攻撃魔法を放ち、トシは土の攻撃魔法を放ち、朱里は志郎に支援の強化魔法をかける。
さっきまでなら落ち着けたタイミングで仕掛けた攻撃。
一瞬だけ虚を突かれた様に硬直する哲也。
だが目の前から来る黒の針も下から襲い掛かる土の槍も、結局は躱してしまう。
「はあああ!」
ただ、躱されることは計算のうちだった。
どうやら二人は避ける方向を上手く誘導していたようだった。
志郎は避ける方向に先回りし、朱里からの強化魔法でスピードが上がった攻撃を振るう。
そこでようやく哲也は躱し切れずに、防御に回った。
志郎の攻撃は重く鋭く、防御に成功したとはいえ、哲也は少しだけよろけてダメージを受ける。
追撃を仕掛けようとしたが、それはうまくいかず、すぐに体勢を立て直される。
追撃をすることは失敗に終わったが、一同はようやく一撃を入れれたことにほっとしていた。
だが、その安堵が気の緩みとなってしまっていた。ダメージを与えたということで、すぐに反撃は来ないだろうと思っていた。それに加えて未だ攻撃を受けていないということで、攻撃されないんじゃないかと勝手にたかをくくっていた。
「しまっ――逃げろ!!」
そんな三人の雰囲気を感じ取り、さらに哲也の視線がそっちを捕えているのを感じ取った志郎。
志郎の指示が聞こえたかどうか、そんな間際。
瞬間、哲也の体がぶれた。
「――えっ?」
トシが不意に声を漏らした。
それにつられて志郎以外の全員がトシに目を向ける。
そこで目にしたのは、魔法発動時に哲也の方向に向けていたトシの右腕の肘から下が、地面に落下していくところだった。
「ぁっ、は、ぃいっっ!!」
落下する自分の腕、腕から噴き出す血を視認し、知覚したトシは、悲鳴にならない声を上げ、蹲る。そして、痛みに耐えきれなかったようでプツンと意識を手放し、そのまま気絶した。
「トシ!!」
朱里は泣き声のような声でトシの名前を叫ぶ。泣き叫んでも、喚いても、トシの腕から流れる血は止まらない。
その光景を見た志郎は己の迂闊さを呪った。
先ほどまで哲也は自分にしか攻撃をしてこなかった。
多大な魔力を準備しているはずの娘たち二人のところには目もくれず、自分にだけ攻撃してきていたのだ。
その状況から、志郎は自分にしか攻撃してこないのではないかと思っていた。
だから、何もしてこない位置からなら行けるだろうと踏んでいたのだ。
だが、結果を見れば今の状況である。
「……邪魔を……するな……」
ボソリと冷たい声音が聞こえてくる。
美月はそれを聞いて、攻撃を仕掛けた自分もトシのようにやられるのではと、背中に寒気が奔る。
志郎は今の状況がかなりやばいものになっているのを感じた。
一人がやられたことで、風向きがかなり悪くなったのを感じたのだ。
トシがやられたことで朱里はどうしようもない状態になりかけているし、美月も哲也の睨みによってかなり精神的に来ているところがある。
これからどうしたものかと思った時、後ろから希望の声が聞こえてくる。
「「召喚!!」」
瞬間、二人の周りに魔力の渦が巻き起こり、二つの影がそこに現れ、さらに凄まじい熱気が辺りを包む。
その熱気を感じた志郎は、どうやら成功したようだと、ホッと胸を撫で下ろす。
魔力の渦が解けると、二体の影の姿が露わになった。
一体は二メートル強の巨体で、二つの角を持ち、鬼のような形相。炎を身に纏うようにして、優奈の上に浮かびながら、腕を組んでいる。その名もイフリート。
もう一体は存在自体が炎でできていて、大きな翼をもつ鳥の姿を模っている。翼を動かすたびに、キラキラと光る火の粉が舞い散り、幻想的な光景を創り出す。その名もフェニックス。
六家の秘である大精霊が、今ここに召喚された。