第百十四話 時魔法
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「へぇ~。意外に私の所には来なかったわね」
目の前にいるやってきた人数を見て、香織は私を馬鹿にしているの? とばかりにそう呟いた。
普通ならそんなことは言えないだろうし、そんな態度はとれるわけがない。
目の前にいる面子は彼女が言っている通り数こそは少ないが、六家の半分が揃っているのだ。それに追加して岡嶋と照沢がいる。
そんなことが言えるのは余程世の中に疎い無知な奴か自分自身の力に相当な自信を持っている奴くらいだろう。六家のことをしっかりと認知している香織はもちろん後者であるが。
「それにしても、あなたたちって案外、バカなんじゃないかしら?」
嘲笑うような表情を浮かべ、そんな風に六家をバカにするような発言をする香織に対して、隆次、千華の二人は挑発には乗らないとばかりに冷静さを保ち、何もせず身構たままでいた。
ただ今回、香織のところにやってきた六家の三人のうちの一人である悠は挑発に乗ってしまったように
行動を起こした。というよりは馬鹿にされたうんぬんは関係なく話の途中でいきなり攻撃を仕掛けただけだが。
実際、わざわざ声を上げたりもせず、顔色の変化も見せずに、ただ淡々と即座に魔法を展開し、発動させる。
香織自身の影から無数の黒色の闇が伸び、香織に襲いかかる。
影は彼女の背中側に伸びているため、彼女にとっては死角となっている。
さらにその発動スピードや威力はさすが六家と誇るべきものだった。
それなり程度の実力の相手なら、不意を突かれた様にその魔法を喰らい、おそらくそれで試合終了となる。実際、それなりの実力者であるはずの岡嶋は、この魔法が香織に襲い掛かる寸前のところで、ようやく悠が魔法を発動したことを知覚できたくらいだ。
「わざわざ正面からくるなんて」
だが、香織は普通ではなかった。むしろ異常だった。
何事もなかったかのように、魔法を防ぎ、先ほど述べていたことの続きを話す。
「あれは!?」
隆次は思わず声を上げてしまった。
それも仕方がないことだろう。
悠の魔法を防いだ方法が、哲也が競技会で使った空氣調和だったのだから。
隆次だけに限らず、ここにいる全員が唖然としてしまっていた。
「それに私が攻撃しないことが決まっていて、不意をつける唯一のチャンスである一撃目をこんな風にみすみす捨てるなんてね」
香織は言葉を紡ぎながら、そのまま悠の闇魔法で黒く染まった空氣を手に集める。
そして、三日月状に口元を歪める。
今までで一番黒く、だが愉しそうな笑みだった。
「それじゃあ、私に何らかの形で干渉したし……始めるわよ!」
香織の声はゲームの開始を伝えるためか、学園全体に響き渡った。
――――――――
香織の宣誓をした同時刻。
葵と相対している面々――潮、貞治、赤江、百花、涼華は、さっきまで膠着状態のように固まっていたが、それを合図にしたように動き出す。
最初に動き出したのは潮だった。
先ほどやられたせいか、その瞳、表情は何が何でも潰してやると語っている。
相手は自分の息子だが、彼は手加減など考えていない。
膠着状態であったがために魔法は発動させていなかったが、その準備はほとんど整っていた。
「『スプラッシュクリンゲ・ロンド』!」
発動させたのは無数の水の小刀。
薄く、鋭くつくられたそれは、掠めただけでも相手を切り刻み、透明なはずの水を赤く染め上げる。
それらを葵の周りに、地面を切り口として半球体状に展開させる。
「喰らえ!!」
潮の怒号と共に、水の小刀は葵に向かって一直線に動き出した。
三百六十度どこからともなく向かってくる小刀に、逃げ場など存在しない。
相殺するにしても、小刀の数が多すぎるため、手数が足りなくなる。
潮は自分の勝利を疑ってなかった。
一度目は油断しただけだと、自分に言い聞かせていた。
相手は息子で、息子相手ならこれで大丈夫だろうとたかをくくっていたと。
実際使った魔法はかなり弱めの物で、相手を倒すというよりは牽制程度に考えて打った魔法だった。
だが今回は違う。
一度目の時を考慮して、相手を確実に倒し、戦闘不能にさせる。
運が悪ければ、いや悪くなくても十分相手を殺してしまうほどの威力を秘める、そんな魔法を放った。 潮は、今の相手を息子としてではなく、ただの反逆者として捉えていた。
「なにッ!?」
だからこそ、手加減した自覚がないからこそ、余計に驚きは鮮烈だった。
いや、その光景は潮だけではなく、そこにいる全員を唖然とさせるには十分なものだった。
水の小刀が、すべて――
――空中で止まっているのだから。
相殺するでもなく、かわすでもなく、空中で止めたのだ。
まるで『時』が止まったかのように、その魔法は葵を襲い掛かる寸前で止まっている。
葵はその中でゆっくりと歩み、空中で止まっている小刀に近づき、壊れ物を触るかのように、それに触れた。
ツーっと葵の指から流れ出る血。
そしてニッコリと葵は笑った。無邪気に笑みをこぼした。
葵以外の全員がその表情を見て身震いをした。
これほど怖い笑みは見たことがないとばかりに。一番怖い表情が笑うという行為だと思い知らされたとばかりに。
「バカなっ!?」
そしてありえない現象が再び起こった。
いつの間にか葵が触れていた小刀が向きをかえ、魔法を放った自分自身の方を向いていたのだから。
その小刀はそのまま自身に向かってきた。
「全員避けろ!!」
自分が放っただけにその威力は高いことはよくわかっている。
小刀が向かってきているこの短時間では自身の魔法を防ぐ手立てが思いつかないがために、潮は必死で号令を飛ばした。
それが功を奏して、全員がうまくそれを躱すことに成功する。
「くっ」
当たれば一撃必殺に近い威力を秘めている水の小刀。
葵がそれに触れるたびに、それは向きをかえ自身に襲い掛かってくる。
まさか自分で作り出した魔法が、自分に返ってくるなんて思いもしなかっただろう。
必死に、とにかく死ぬ気で避けに徹する。
反撃をする余裕がなかなかないのだ。
「『ライジング・ゼロ・ミスト』」
そんな中放たれた葵からの魔法。
濃い霧が足元から出現し、脚に絡みついていく。
普段なら風の魔法で応対すれば、何も問題がない。
だが今回は無数の小刀が自身を襲ってきている中、放たれた魔法だ。
「『ウィンド』!」
貞治が何とかして初級の風魔法を放つ。
葵が放ったのがいつも通りのライジングミストなら、きっと対処に成功していたであろう。
だが、これはライジングミストを進化させたものだった。
「どういうことだ!? なぜ霧が吹き飛ばない!?」
潮が言ったように葵が放った霧が足元から吹き飛ばないのだ。
実は自身が放った魔法の『時』を止めて、霧の粒子をその場から動かさないようにしたのだ。
最強の風対策だった。
結局何もできないまま、相手に何もさせないまま、葵の合成魔法が完成される。
霧の中に電気が奔った。
「ぐわあああ!!」
響き渡る悲鳴。
葵にほとんど傷をつけることもできずに、何もできないまま戦闘不能に落ちる。
「危なかったぜ……」
ただ一人、貞治だけは先ほど放ったウィンドの風を利用して、避けることに成功していた。
「しっかし、一体どうなってやがんだよ」
さっきから起こり続ける不可解な現象に、貞治はうんざりしていた。
「こりゃ、使うしかないかもな……」
決して手加減をしていたわけではない。
ただその技にはリスクがあるために、彼的には、あまり使いたくない代物なのだ。
「とりあえずやるか……!」