第百九話 安心感
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――――side 哲也――――
トイレから出て生徒会室へと向かう。
自分の心境が複雑になっていて、モヤモヤしているのが分かる。
足取りはいつもと変わらないように意識しながらも、それを紛らわせるために踏み込む足が自然と強くなっている。まるで地団太を踏んでいるような感じだ。
「まさか面と向かってあんなこと言われるなんてな……」
はっきり言って信じられない。
俺が誰かに何かをされる可能性があり、さらにこの学園の一つの行事を壊すなんて。
もう訳が分からない。
「……遅かったわね」
いつの間にやら生徒会室前に辿り着いたようで、扉の目の前では美佳が不服な顔で待ち構えていた。
そういえばすぐに戻るって言ってたんだっけな……
「わるいな、遅くなって」
「…………」
俺が悪いわけなので、簡単に謝罪の言葉を述べるが、美佳の俺を視る眼は全く変わることなくジッと見つめてくる。しかも無言で。
一体どうしたんだろうか……?
「ちょっとおなかがアレでさ。自分の思ったより長引いてな」
とりあえず言い訳としてトイレ事情を出しておくことにした。実際トイレ行くことにしておいてたし、言い訳としては一番ありだろう。
しかし美佳はその理由でも納得することがないようで無言を貫いてくる。
これはちょっとおかしい、とは思うがここでどうしたんだと聞くのも変な気がするので、声をかけて生徒会室の中に入ることにする。
「とりあえず中に入ろうぜ」
「……もう入る必要はないわ。報告も済ませたし。今は自教室に戻って、時間になったら予定通り見回りすればいいそうよ」
「……了解だ」
ようやく口を開いてくれたと思ったら、その口調はいつもより冷たいように感じる。
「それじゃあ、一緒に教室に行こうぜ。わざわざ待っててくれてありがとな」
俺はそう言って、踵を返して教室に向かって歩き出すが、背中から足音は響いてこない。
本当に一体どうしたんだろうか?
さすがにここまで来ると聞いてもおかしくはないだろう。
俺は一度向けた背を戻して、美佳に向き直る。
「どうしたんだよ?」
美佳にそう尋ね様子を伺うと、その瞳は揺れているように見えた。
「……どうしたって聞きたいのはこっちよ……」
その言葉に、声音に俺は喉をぐっと詰まらせられた。
しかし当然のように俺の様子など無視したようにして、美佳は追撃のように言葉を続ける。
「久しぶりに会って三カ月とはいえ、私たちは双子でそれまでずっと一緒だったのよ? それなのに私が哲也の今のおかしな状態に気付いてないと思う? 哲也はいっつもそう。不器用なくせして大事なことは上手く隠そうとする。あの時だってそうだった……私たちってそんなに頼りないの!? 相談してよ……! 悩みを打ち明けてよ……! 一人でなんでも抱え込まないでよ!」
攻め立てるような言葉とは裏腹に、美佳の声はその瞳と同様に揺れていた。
……いきなりここまで言われるとは思いもしなかったので、正直自分が困惑していることは否めない。
俺の顔ってわかりやすかったのかと、今の状態から逃避するために、思わず考えてしまうくらいには困惑している。いや、まさかこんな風に言われるなんて普通想像もしないでしょ……。
でも、いくら困惑していても、ここで再び誤魔化すような愚直な真似をしない程度には、今の美佳の言葉を受け止めていた自覚はある。
一つ呼吸を置いてから俺は答える。上手く答えられるかは分からないけど。
「……仕方ないだろ。言ったってどうしようもないこともあるんだから」
そこまで告げた瞬間、美佳の剣幕が変わったのが分かるが、当然ここで俺の答えは終わりではない。俺は今にも何か言いそうな美佳を目で制して、回答を続ける。
「でも……美佳の言う通りでもある。美佳が言ってくれたようにさ、俺って不器用だから、ちゃんと伝えられないことも多いし、何を伝えたらいいかすら分からない時もある。分からない事だらけなんだよ」
慎重に、言葉を選び、俺は言いたいことを言いきる。
「だから、そんなに心配してくれる美佳が、見守ってくれてたらありがたいなって思う。何かあった時、助けてくれたらなって」
平凡で、でも自然と出てきた言葉。隠している事実もある。
だけど、いろいろと吐き出してしまったことで自分の気持ちが軽くなった気がする。
俺の答えを聞いて、俺の表情を見て、何かを察したように、美佳は演技臭いため息を一つついて見せてきた。
「そう……。なら仕方ないわね。哲也が危ない状況になったら身を呈してでも助けるし、哲也自身が道を間違えそうになったらその頬をひっぱたいてでも正しい道に戻してあげる。あなたのこと見守ってあげるわよ」
さっきまで揺れていた瞳はいつの間にか一点を見つめていて、迷いがなかった。その真剣な眼差しが美佳の答えなんだと思う。
美佳がいる。
そう思うだけで大丈夫な気がした。
何がどうとは言えないが、大丈夫だとそう思えた。
だから大丈夫。
気付けばさっきまであった心の乱れはほとんどおさまっていた。
「……美佳のビンタは聞きそうだな」
「私としては、この右手を煩わせることがないようにしてほしいけどね」
軽口を叩けるくらいには余裕ができていた。
そんな俺の言葉に美佳は呆れたようにして返してくる。
これくらいの距離感が丁度いい。
「それじゃ。改めて戻ろうぜ」
「……ええ」
今度は美佳もちゃんと頷いてくれて、俺の隣を歩いてくれる。
て、そうだ。忘れるところだった。
「美佳」
「何?」
不意に足を止め声をかけると、美佳は振り返り、訝しげな視線を送ってくる。
「ありがとな」
こういう時、お礼は忘れてはいけないよな。
――――――――
美佳とは教室が異なるのでそこで別れて、各自の教室に戻る。
「おお……」
中に入るとそこは今までの教室の風景とはかなり様変わりしていた。
企画の手伝いをちゃんとしていたけど、こうして変わった様を見せられるとちょっと感動するな。
「おせえぞー、哲也」
俺が入って早々、トシは俺に声をかけてきた。
「おいおい、これでもこの中の誰よりも早く学園には入ってたんだぞ……」
「ああ、生徒会だもんな。でも遅いもんは遅い。お前に相談したいことがあったんだよ」
「わるかったよ。それで相談したいことって?」
「午後も俺と一緒にやろ――」
「却下、てか無理」
今のやり取りだけでは分からないだろうから簡単に説明しよう。
俺らの店は喫茶店。企画はメイド/執事喫茶という奉仕喫茶みたいなもんだ。
俺は生徒会の仕事もあるので、クラスの方の仕事は午前だけしかできない。
ちなみにトシは企画中心者ということもあり一日中。
要するにトシは『一日中俺と一緒に仕事しようぜ』と言ってきていたのだ。
ちなみにこれは今までに何回もやってるやり取りだったりする。
「企画運営と頑張ってきたのに、当日の仕事も多くさせるとか……岡嶋の野郎、やっぱり鬼だ」
「ん? もっと仕事がしたい?」
トシの後ろにはいつの間に来ていたのか、岡嶋先生が立っていた。
おー、トシの血の気がサーっと抜けていってる。
「いやー、やりがいのある仕事をくれる先生ってマジさいこーだね。やっぱり持つべきは良き先生だね」
「おいおい、別に取り繕わなくて良いんだぞ? お前に仕事を押しつけることができると俺も楽、お前以外のみんなも楽。お前以外のみんなが幸せ」
「ほんと、まじ、これ以上の仕事は増やさないでください」
「これ以上増やすつもりなんてねえよ。弄って楽しんだだけだから安心しろ」
この先生三か月にしてトシのいじり方を完璧に掴んでるなー。
トシを弄って満足したのか、満面の笑みで岡嶋先生はパンと手を叩いてみんなの注目を集めた。
「さて、ようやくこの日がやってきたな。ここに来て言うことってあんまりないからな。俺が言うことは一つだけだ」
岡嶋先生はフッと笑みを浮かべる。
「この祭りを誰よりも楽しめ!」
岡嶋先生のその言葉に、この教室が壊れてしまうんじゃないかと思うほどの大ボリュームの雄たけびで全員が答える。
こうして俺らの学園祭は始まった。