「溺れる」.4(完)
一抹の不安を抱えながらも、幸せな日々が続いた。
そんなある日。
朝いつものように薬を飲んだ私は、体にまったく変化がないことに気付いた。
あの素晴らしい高揚感も、体に満ち溢れる力も、何もない。
私は焦った。
いつもは1錠で済む薬を、もう1錠口に含む。
少し力が沸いたような気もしたが、あの状態にはまだ足りない。
結局その日、薬の効き目が現れるまでに私は5錠の薬を飲んでいた。
体に薬に対する抗体のようなものが出来たのだろうか。
私に何かしらの変化が起きていることは明白だった。
その不安を掻き立てるように、その日から薬を飲む量はみるみる増えていった。
5錠の次は8錠、その次は12錠…15錠…20錠…
遂に私は、1ヶ月分として男に買い求める30錠を1日で消費するまでになっていた。
30錠でも高価だが、それを1日で飲むとなると、1ヶ月で約900錠。
所詮ただのサラリーマンである私には手の出ない金額になる。
しかし私の中には薬を断ち切るという選択肢はなかった。
もともと生活を潤す為の薬であったが、もはや薬自体に依存していることに、私もはっきり気付いていた。
あくる日。
私は例の男に会っていた。
「1日で30錠か…ヘヘ
アンタもハマっちまったなぁ」
「否定はしない…
もはやこの薬は、仕事や女よりも私の中で重要なものとなっているのだ…」
「分かっているさ
しかし今のアンタには大量の薬を買うほどの金はない。
そうだろう?」
「その通りだ…
そんな大金はない…
しかし私には薬…薬が…」
「大丈夫だ。
アンタにいい提案がある。
薬は毎日タダでくれてやる」
「なにっ…
本当なのか?」
「ああ。
ただしちょいと働いてもらうぜ」
男はいつものニヤッとした顔で私を見ていた。
夜の繁華街を私は歩く。
薬のおかげで今日も最高の気分である。
さて、と。
辺りを見渡した私は、今日も疲れきった現代人に声をかける。
そう、あのニヤッとした笑顔を浮かべながら。
「やあ、元気かい?」
『溺れる』はこれで終わりです。
なんだか予想以上にグダグダでしたが、これを読んで下さった方、ありがとうございました。
「黒耳ほーいち。」はこんな感じの短編をいくつか入れた作品にしたいと思っています。
ではまた、次のお話で。