「溺れる」.3
「あんたはあの時の…」
例の如くニヤッと笑った男は、私のことをじろじろと見回した。
「薬、飲んだみたいだな」
「ああ…。おかげさまで調子がいいよ。」
「そうかい。
そいつは良かった
頑張れよ」
そう言うと男はくるりと背を向け、立ち去ろうとした。
「まっ…待ってくれ!」
思わず声をかけていた。
男は立ち止まったが、振り返ろうとしない。
「ん?何のようだい?」
「あの薬は…
あの薬はもうないのかい?」
こんな1日は久しぶりだったのだ。
あの薬の効能がいつまで続くかわからないが、もうあんな惨めな日々に戻るのはごめんだった。
こちらへ顔を向けた男は、やはりニヤッと笑っていた。
「ないことはないが…
高いぜ?」
金を要求されることは薄々分かっていたが、私は躊躇わなかった。
それからというもの、私は絶好調であった。
毎朝のジョギングをするうちにあの女性とだいぶ親しくもなっており、意気投合した私達が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
彼女はよくできた女性であり、私を心から愛し支えてくれる存在となった。
仕事も順調に業績を伸ばした。
昇進の話もチラホラと聞こえてくるようになり、憂鬱だった仕事も楽しくて仕方がなかった。
薬がなくなりかけると、見計らったようにあの男が現れ私は薬を買い求めた。
すべてが順風満帆。
薬は私に人生最高の幸せをもたらしてくれるものとなっていた。
しかし。
そんな生活に唯一影を落とす存在もまた、あの薬であった。
こんなに素晴らしい薬なら、もっと世に広まって然るべきである。
あんな男が人目を阻んでこそこそと売っている理由。
やはり何かの副作用があるのか、はたまた法に触れる何かか。
少なくともクリーンな印象はなかった。
私には、何故かこの幸せが恒久的なものだとは思えなかったのである。