第13話 予兆と気配
<リラ視点>
私は音羽リラ、ピチピチの十六歳っ。
ラブコメなんて信じてなかった、令和の女子高生。
でも、ある人に助けられてから、世界が変わったの。
朝起きた時からドキドキしてて、一日中その人のこと考えちゃうっ。
ああ、また早く会いたいなあ──なんて思っていたら。
「集中しなさい」
「いてっ」
隣のマネージャーから叩かれちゃった。てへへっ。
「てへへじゃないわよ」
「心読めるの!?」
と、冗談はここまでにして、私は改めて周りを見渡す。
場所は会議室。
私が所属する事務所『メルティーン』のオフィス内だ。
ここでマネージャーと話していたところだった。
「で、どうするのリラ。次の企画は」
「そうですねー」
カナタさんに救出されたのが、昨日。
今日は大事をとって配信を休みにして、企画を考える日にした。
企画と言えば、もちろん一つ浮かんでいる。
「カナタさんとコラボはどうでしょう!」
「ダメよ」
「えーなんでですか!」
でも、マネージャーの『締霧さん』は首を横に振った。
「今すぐコラボすると、久遠くんの人気にあやかったみたいに思われるわ」
「あー、まあ」
「普段のリラならすぐ気づくのに。本当に恋は盲目ね」
「……むう」
締霧さんはすごく優秀だ。
私も頼りにさせてもらっている。
ビシっと決めたスーツを正しながら、締霧さんは続けた。
「それに、従魔さん達はどうするのよ」
「!」
「あらかじめコラボ申請するならまだしも、急に言ってもリラを近づけてくれなさそうに見えるわ」
「……うっ」
確かにその通りだ。
カナタさんを溺愛するあの人達は、私を警戒してきそう。
でも、ドクンと胸の中から疼く感情が、私の口を勝手に動かした。
「その時は何をしても近づきますよ」
「……!?」
締霧さんは驚いたように目を見開く。
すると、そのままボソっとつぶやいた。
「彼は人を病ませる才能でもあるのかしら……」
「なにか言いました?」
「……! いえ、なんでもないわよ!」
「そうですか」
気を取り直して、話を戻す。
近づくと言えば、そうだ。
「カナタさん、事務所には入らないのかな」
「狙ってるところはたくさんあるでしょうね。けれど、一事務所に収まる器かと言われるとどうか……」
「メルティーンでも無理なんですか?」
「手に負えない可能性が高いわ。……特にあの従魔が」
ははっと苦笑いを浮かべる締霧さん。
メルティーンは業界でも一番大きな事務所だ。
ここでも難しいなら、他に取られる可能性も低いかな。
なんて思っていると、締霧さんは大量のデータを見せてくる。
「てことで、いつにも増してリラへコラボ依頼が殺到してるわ」
「私に?」
「久遠くん絡みで注目されたからでしょうね。従魔に近づくのは怖いから、リラにって感じでしょうけれど」
「ふーん……」
意気地なしってわけね。
なんとなく予想できるけど、一応データに目を通す。
でも、やっぱりだめだ。
「全部却下で。用意してくれた締霧さんには悪いけど……」
「でしょうね。むしろ断ってくれて私も一安心よ」
「なら良かったです」
そうして、締霧さんはすっと立ち上がる。
「では今後の企画は、さっき挙がったものを採用する形でいいわね」
「わかりました」
妄想に入る前にも、いくつか企画を考えていた。
ひとまずはそれでオッケーということに。
「では明日からもよろしくね。お疲れ様」
「お疲れ様でした!」
締霧さんに一礼しながら、事務所を後にする。
帰路につく中で、軽くSNSをチェックした。
「……ふふっ」
トレンドには、まだいくつもカナタさんの話題が残っている。
『魔王』『#魔王の始まり』『#破壊』など。
物騒だけど、むしろ愛称として親しまれつつある単語に笑みを浮かべてしまう。
でも、トレンド下位に並ぶ言葉に、すぐ真顔になった。
「は?」
『#何が魔王だよ』
『#俺の方が強い』
『#かかってこいよ魔王』
「ぶん殴りますわよ?」
思わず荒い言葉遣いになってしまいながらも、私はその話題を探る。
どうやら話題の発信元は『孤高のゴウマ』。
大物にあやかって注目を集めるスタイルのようで、やっていることはどれも炎上スレスレだ。
いわゆる“迷惑系”というやつらしい。
「気に食わないわね」
ふと思い出すと、先ほどのコラボ依頼の中にこいつもいた。
私は動向を確認するため、配信を見ることにする。
★
<三人称視点>
同時刻。
「よう。リスナー共」
図体が大きな男が、配信を開始した。
彼が『孤高のゴウマ』である。
《お、始まったw》
《こいつが話題の人?》
《魔王様の悪口言ったよな?》
彼の元々の視聴者もいれば、SNSから来た者もいるようだ。
配信開始前に、挑発的な文言を拡散させたからである。
それが良くも悪くも波紋を呼び、話題になっていた。
すると、ゴウマは当てつけのように言い放つ。
「ここはC級の『黒樹ダンジョン』だ。もう一度言うぞ、“C級”な?」
それで気づく視聴者もいるだろう。
ゴウマはニヤリとして続けた。
「なんだっけ、久遠カナタだったかあ? あいつが行ったのって所詮D級だろ? ったく、そんなとこでイキってもらっても困るんだよなあ!」
《やっぱりカナタ君の話かよ!》
《SNSでバカにしてたよな?》
《人気にあやかるスタイルどうなの?》
《魔王様に嫉妬してらwww》
《早く断絶されてどうぞ》
《おう言ってやれ!》
《あいつ人気になってウザかったからちょうどいいわ》
《お前が上なわけねえだろwww》
中には、カナタを気に入らない者もいる。
人気になるとは得てしてそういうものだ。
ゴウマは最後のコメントに答えた。
「ほう。んじゃ、試してみるか?」
取り出したのは、紫色の玉『興奮ボム』だ。
周辺の魔物を興奮させ、疑似的なイレギュラーを起こすことができる。
「C級のイレギュラーから生還したら、久遠カナタより俺の方が上だよなあ?」
ただし、これは“緊急用アイテム”に分類され、非常時以外では使用を控えるよう警告されている。
だが、ゴウマは明らかに意図的に使おうとしていた。
《は?》
《何しようとしてんだ!》
《それダメだろ!》
《緊急時以外に使うなよ!》
《周りに探索者いるかもしれねえだろ!》
これを使うと周囲を巻き込むことになる。
近くの探索者からすれば大迷惑だ。
さらに、ゴウマには考えがあった。
(くっくっく、昨日【俊足】を会得してきたんだよなあ)
スキルは、同じ動きを繰り返し行ったりすることで習得できる。
今回のために、ゴウマは移動系スキルを身に着けていた。
つまり、疑似イレギュラーを起こし、自分だけは逃げ切る算段だ。
そして、コメントに構わず興奮剤を放った。
「はははっ、魔王信者はせいぜい黙って見てろよバーカ!」
ぼふんっ!
放った興奮ボムが爆発し、魔物の好きな匂いが広がる。
すると、辺りからドドドドドドと轟音が聞こえてきた。
「はははっ! 来た来たぁ!」
《こいつマジでやりやがった!》
《通報したわ》
《おいふざけんな!》
《周りに探索者いるだろ!》
《ここ割と人気のダンジョンじゃねえか!》
《やべえ推しが同じ階層にいるんだけど!》
「さーて、俺はそろそろ準備をっと」
ゴウマは退避の準備に入る。
見せかけの戦闘の後、すぐに逃走するつもりだ。
しかし──ドドドドド……シーン。
「あん?」
ものの数秒で、魔物が迫る音が止まった。
さらに数秒後、今度は魔物の阿鼻叫喚が聞こえてきた。
「「「ギャアアアアアアッ!!」」」
「……!?」
《え!?》
《何が起きた!?》
《今のって断末魔か!?》
ゴウマを含め、誰も状況を把握できない。
そんな中、魔物の方向から一人の少女が歩いてくる。
「ふふふふふ……」
「は、はあ!?」
笑みを浮かべる少女は、返り血で染まっている。
彼女が魔物を駆逐したのだろう。
カメラはすでに映像を残虐認定し、少女にはモザイクがかけられていた。
だが、ゴウマは自分の目で少女を見ている。
ぺたぺたと歩いてくる少女は、口にした。
「次はあなた?」
「……! ひ、ひぃっ!」
その笑顔は、ゴウマを恐怖させるに十分だった。
「うああああああああああああああっ!!」
ゴウマは一目散に逃げ出す。
もはや目的など忘れ、ただひたすらに。
今ほど【俊足】を会得して良かったと思った瞬間は無い。
だが──
「それで全力?」
「ぎょえええええええええっ!?!?」
少女は何食わぬ顔で隣を並走していた。
《何が起こってるんだ!?》
《なんかイレギュラーが防がれた!ついでにゴウマがピンチ!》
《バーーーーーーカ!》
《ざまあねえぜ!》
《やられてらwww》
《悪い事するからだよ!》
逃げることは不可能だと感じ、ゴウマはすぐさま土下座した。
「も、もう許してぐだざいいいいいい! 二度とじまぜんがらああああああ!」
「なーんだつまんない。もう消えていいよ」
「──ぐはっ! ごばばばっ!?」
少女は、瞬時に複数のパンチを放つ。
最初は腹パン、その後は全て顔に。
「……ぐ、ぐえっ」
ゴウマは豪快にぶっ飛び、気絶。
ただし、その顔にモザイクはかかってない。
つまり、その醜態を全世界へ晒すことになった。
《だっせええええ!!》
《ぶっさwwww》
《腫れあがってて草》
《逃げきれてませんけど???ww》
《みんな見てるー?これが孤高のゴウマだよー》
《切り抜いとこっと》
《因果応報で草ぁ!》
しかし、当然疑問は生まれる。
《この子は誰……?》
《モザイクかかっててわかんねえ》
《モザイクあっても怖すぎるけど?》
《動きがもう怖い……》
《本物はどんだけ恐ろしいんだよ!?》
《てかイレギュラーを瞬殺したんだろ!?》
《イレギュラーを瞬殺って、最近どっかで聞いたフレーズだな……》
すると、未だモザイクの少女は、壊れかけのカメラに寄った。
「んー? へえ、これで他人と景色を共有してるんだ」
不思議そうにしながらも、なんとなく配信の要旨を理解する。
ザザーと配信が切れそうな中、少女は最後に言い残す。
その聞いたことのある名前を。
「わたしも参りましたよ、カナタ様っ♡」
そこでカメラは破損し、配信はブツ切りされた──。
★
同時刻、カナタの家。
「「……」」」
カナタ達は、ちょうどゴウマの配信を見ていた。
コメントがたくさん寄せられたからだ。
しかし、予想外の情報を得ることになる。
「主様、今のって」
「……うん、絶対にそうだね」
モザイクはかけられていたが、三人は正体を認識していた。
カナタは昨日の夢について思考を巡らす。
(やっぱりあいつだったのか……)
このまま放っておけば、誰もあのダンジョンに潜れない。
それは“主”として見過ごせなかった。
カナタは息をつきながらも、決めた。
「仕方ない。明日にでも迎えに行くかあ」
その少女は、カナタの従魔だ。
「あのヤンデレ吸血鬼を」




