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〜慣れない人 ...。

作者: 丸と四角
掲載日:2026/03/18

丸と四角です。

生きている上で大切なこと、役立つことなんかを小説を通じて紹介出来ればなと思います。

三月の終わり、桜がまだ蕾のままでいる頃、私は七年間付き合った彼に別れを告げた。

理由を聞かれると困る。浮気でも、喧嘩でも、すれ違いでもなかった。ただ、私たちはあまりにも

「慣れすぎて」いたのだ。

 

彼——誠司は、私の言葉を聞いた後、しばらく黙っていた。テーブルの上に置かれたコーヒーカップを、指でくるくると回しながら。

「……そっか」

それだけだった。泣きもせず、怒りもせず、引き止めもしなかった。それがまた、私たちらしかった。


別れた翌週、私は会社の後輩・田中くんに声をかけられた。

「先輩、最近なんか顔色悪いですよ。

ーご飯でも行きましょう!」

 田中くんは二十四歳で、私より五歳年下だった。いつも少し大きすぎるシャツを着ていて、話すとき相手の目をまっすぐ見る子だった。

 断る理由もなくて、私たちは会社の近くの定食屋に入った。

 彼は唐揚げ定食を頼んで、私はサバの味噌煮を頼んだ。他愛もない話をした。上司のこと、最近読んだ本のこと、子供の頃に飼っていた犬のこと。

 気づいたら二時間が経っていた。

 帰り際、田中くんが言った。


「先輩、笑うと目が細くなりますね。

なんか、いいなと思って。 笑」

 

それだけ言って、彼はさっさと改札を通ってしまった。ホームに消えていく後ろ姿を見送りながら、私は自分の頬がほんのり熱いことに気づいた。

いつぶりだろう。こういう感覚。


それから私たちは、

週に一度くらいのペースでご飯を食べるようになった。

 

田中くんはよく喋り、よく笑い、よく驚いた。

私が「これ好きなんだよね」と言うと、

次に会うときそれを調べてきていた。

私が疲れた顔をしていると、「今日は早く帰りましょう、俺も帰ります笑」と言って一緒に退社した。

 

特別なことは何もなかった。ただ、彼といると、

世界の解像度が少し上がる気がした。

 

桜が満開になった頃、私たちは公園を並んで歩いた。

「先輩って、怖いものあります?」

 突然の質問に、私は少し考えた。

「……慣れること、かな」

「慣れること?」

「大切なものに慣れすぎて、ありがたさを忘れること。昔の彼氏と別れたのも、たぶんそれが理由だったから」

 

田中くんはしばらく黙って歩いた。

桜の花びらが一枚、彼の肩に落ちた。

「じゃあ俺、先輩のこと

ちゃんと毎回新鮮に好きになります!」

 


私は思わず立ち止まった。


「……それ、告白?」

「どっちとも取れるように言いました」と、彼は笑った。「でも、先輩が怖いと思ってることを、俺は怖いと思いたくないので。練習するつもりで。」


その夜、私は部屋の電気を消す前に、

ぼんやりと考えた。


【愛することは、いつだって練習なのかもしれない】

慣れそうになったときにもう一度ちゃんと見ること。

目の前の人が、当たり前じゃないと思い直すこと。

それを怠ったとき、愛は静かに冷えていく。



誠司を責める気はなかった。私も同じだったから。

ただ、私たちは練習をやめてしまっただけだ。

 

スマホに、田中くんからメッセージが来た。

「今日、楽しかったです。おやすみなさい」

 私は少し笑って、返信した。

「私も。おやすみ」

 送信ボタンを押してから、もう一度だけ打ち直した。

「また、新鮮に会いましょう」


翌朝、窓を開けると、昨夜の風で桜がずいぶん散っていた。 地面がうっすら白くなっていた。


でも不思議と、寂しくなかった。


散った花びらの向こうに、もう若葉の緑が透けて見えていたから。


最後までお読みいただきありがとうございました。

慣れていることに気づく大切さを実感して頂ければ幸いです。


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