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6 第一王子との対面


 デルフィーネを訓練場にある貴族用の見学席に座らせると、隊員達がざわめいているのを感じた。


 あの女性は誰なのか。

 どうしてストレッロと共に来たのか。

 ストレッロとどういう関係なのか。


 それを知りたくてうずうずしているらしかった。


 (つがい)と宣言しようか?

 いや、(つがい)そのものの存在が都市伝説となっている今、余計に好奇心を煽り立てるだけだ。


 デルフィーネが、興味を示しただけの彼らに声をかけられたら?

 きっと困ってしまうだろう。答えに窮する。そんなことはさせられないし、なにより異性に声をかけられるデルフィーネを見るのも嫌だ。奴らは単独では動かない。群れになってデルフィーネを囲むはず。誰かがどさくさに紛れて触れるかも──。


 吐きそうだ。考えただけで反吐がでる。

 なんなんだ、この独占欲は。


 ああ、もう(つがい)って厄介だ。閉じ込めてしまいたい。でもデルフィーネは嫌がるだろうから──考えがまとまらない。


「デルフィーネ、終わるまでここで待っていてくれるか。終わったら、一緒に朝食にしよう」

「わかりました」


 それだけを伝え、何食わぬ顔で訓練の指揮を執る。

 デルフィーネがいるというだけで、訓練の厳しさが3割増しでもまったく疲れなかった。(ストレッロは)

 いつもより有意義な訓練のあとでデルフィーネを迎えに行く。


「待たせた。行こう。疲れてないか?」

「大丈夫です。初めて見学しました。すごい迫力でした」

「なによりだ。朝食は慣れ親しんだものを用意するよう言い付けてある。昨夜もほとんど食べていないから、よく食べたほうがいい」

「ありがとうございま──」

「ストレッロ隊長!」


 デルフィーネの貴重な感謝の言葉を遮って、部下が追い掛けて来た。

 瞳だけで矢を射ると、部下は「う」と喉を詰まらせたけれど、責務を果たすために用件を述べてきた。


「も、申し訳ございません! ティグレー殿下がお呼びです。執務室までご案内します!」

「一時間後に行くと伝えろ」

「は、し、しかし──」

「一時間後だ」

「で、でも」

「ストレッロ、私は大丈夫です。先にご用件を済ませてください」


 すとれっろ。

 部下はその名前を唇だけで復唱した。

 敬称もつけず、腕に腕を絡ませた女性の口から飛び出た第二王子の名前。

 それが、ふたりがどういう関係であるかを示すのか、彼女はよくわかっていないようだった。


 ストレッロは左腕に添えられたデルフィーネの手にさらに右手を添える。


「だが、体調が悪くならないか? ずっと座って訓練を見ていたし、まだ水も飲んでいないだろう」

「大丈夫です。彼も困ってしまうでしょうから、行ってください」

「無理してないか?」

「大丈夫です。行ってらしてください」

「そうか……? じゃあ行こうか。一緒に。」

「え、一緒に?」


 最後の言葉はデルフィーネと部下の声が重なっていた。


***


(なんで私まで一緒に付いて来なきゃいけないんだろう)


 デルフィーネは部下に案内されながら歩きつつ、ちらりと横にいるストレッロを見上げた。

 見上げると、ストレッロも見返してくる。


「どうした」

「い、いえ、なんでも」


 彼は優しい。

 (つがい)がどういうものかは未だに実感が湧かないけれど、とにかく自分のことを気に掛けてくれていることだけは激しく伝わる。


 しかし、出会ったばかりの自分をなぜここまで──。

 それが(つがい)というものなのだろうか。

 信じていいのだろうか。

 いやいや、信じてハズレばかりだったではないか。だめだめ。

 (つがい)だ、だなんて表面上だけでいくらでも嘘をつける。信じてはいけない。

 ハズレを引くのが得意な体質なのだから、なおさら──いや、むしろこうやって警戒しているほうがハズレだったり? 頼ってしまうのが、当たり?


 少し、落ち着こう。

 むしろ呼び出されたのは、仕事の用件だったりするのではないだろうか。

 そんな場に平民である自分が行ってどうしろというのか。話を聞いてしまってもいいものなのか。邪魔だと言われて終わるだけの気しかしないのだけれど。


「ティグレー殿下。ストレッロが参りました」

「ああ、入ってくれ」


 そうして案内されたのは、書斎のような執務室だった。

 広い部屋の奥に立派なデスクが置かれ、そこに淡い髪色と瞳の男性が柔和な顔つきで座っている。

 デルフィーネを認めても、眉ひとつ動かさなかった。


 臆したのはデルフィーネだった。

 彼を見たことがある。第一王子である。

 この国で二番目に崇拝される人物だ。そんなティグレーの面前に立てるほど、デルフィーネの心臓は強くない。


 小さな抵抗をストレッロが感じ取ったのだろう。

 ティグレーからかなり離れたところで立ち止まってくれた。


「おはようございます。ティグレー殿下」


 ストレッロの脇が締まった。なにかの合図だ。一拍置いてストレッロが頭を下げたので、なんとか同時に頭を下げた。当たりだったようだ。脇が緩む。

(私もなにか言うべき? 言うべきなの?)

 頭を下げながら、瞳だけでストレッロを観察する。彼は微動だにしない。つまり、大丈夫ということだ。なにも言葉を発さなくていい。多分。


「うん、おはよう。顔をあげて」


 ストレッロに合わせて、顔をあげた。

 ティグレーはいつの間にかデスクを越え、すぐ近くに立っていた。目が合ったけれど、すぐに逸らす。まともに見ていられないくらい、立場に差があることはわかっている。


「わたしはストレッロを呼んだんだ。君は席を外してくれるかな?」


(ほらきた)


「はい、もちろん──」

「彼女は俺の(つがい)です。王宮内の案内も終えておらず、待つ場所もわからない状況です。それに、まだ一秒たりとも離れたくないのです。ご容赦ください」


 ティグレーは「はっ」と鼻で嗤った。

 ストレッロを馬鹿にしているのか、デルフィーネを嘲っているのか、どちらとも取れる仕草だった。


 萎縮した。

 ストレッロの腕を強く掴んだのは、無意識だった。ストレッロが見返してきた気がした。


 ティグレーは追い打ちをかけた。


「君、僕に挨拶してごらんよ」

「え」

「カーテシー。知ってるでしょ?」

「か、かーてしー……?」

「卑しい身分はカーテシーも知らないの? 呆れた。信じられない。そんな奴と歩き回ってるってどうなの? じゃあ第一王子の僕が直々に教えてあげるね」


 早口に捲し立てながらつかつかと歩み寄ってきて、左手を取られた。思った以上に強い力だった。憎しみや腹立たしさを内包していそうな乱雑な扱いだ。


「まず、こうやってスカートの裾を摘まむんだよ。指を広げて。ほら、早く──」


 デルフィーネの指を毟るように思うままの形を取らせようとするティグレーとデルフィーネの間に、即座にストレッロが立ち塞がった。


 ストレッロのほうが体躯に恵まれたらしかった。長身であるティグレーのさらにその上からティグレーを睨み付ける。


「デルフィーネに触らないでください。デルフィーネは俺の(つがい)です。殿下、お戯れがすぎます。なにも用件がないのでしたら、失礼します」


 言うと、柔和だったティグレーの顔が一変してストレッロを睥睨した。


「調子に乗るなよ木偶(でく)の坊。僕は国益のためにあんなブスと結婚させられてるっていうのに、自分は(つがい)を見付けただあ? なにデレデレしてんだよ。幸せそうな顔しやがって腹立つなあ。」


 ティグレーがデルフィーネをちらりと見て、嗤った。


「それにしても、お前も不憫なやつだな。せっかくの(つがい)が卑しい下民とは。まあ、見てくれはいいかもしれないけど、教養がなくて下品すぎ──」

「デルフィーネ、戻ろう。殿下、失礼させていただきます」

「まだ話は終わってな──」

「失礼します」


 そうして、乱暴に執務室を出てきてしまった。

 扉のすぐ外で、なにやら室内で暴れているらしい音が聞こえてくる。物を投げたり、蹴ったり、殴ったり。


(えええええ。さっきの態度、ダメなんじゃ……? 怒られるんじゃないの……?)


「すまなかった。ゴミ屑だとは知っていたが、デルフィーネにまでゴミだとは思わなかった。想定外だった。すまない」


 言いながら、ストレッロはデルフィーネの手を愛しそうに擦っている。別に痛みも感じていないというのに、まるで触れたら壊れてしまう繊細な飴細工でも撫でるみたいに優しく丁寧に、しつこいくらいにデルフィーネの手を擦る。


「大丈夫です。次はうまくできるように頑張ります」

健気(けなげ)……ッ!」


 ストレッロはまた片手で顔を覆い隠し、今度は振り仰いだ。

 男性特有の喉が露になり、不覚にもデルフィーネは驚いてしまう。

 ティグレーとの体格差もそうであったが、ストレッロを間近に見ると、自分との体の違いに驚かされるばかりだ。


「……はい?」

「いや、理性が一瞬飛んだだけだ。戻ろう」

「は、はい」

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