5 同じベッド
「同じ部屋で寝るんですか!?」
「違う。同じベッドで寝るんだ」
「おおおおおおなじベッド!?」
寝間着に着替えたデルフィーネは大きなベッドを前にして固まってしまった。
天蓋からレースが垂れ落ちるキングサイズのベッドはなにかの香りづけがされているのか妖艶な香りを放っている。枕はしっかりとふたつが中央に寄せられるように用意されていた。
「あ、あの、私、今日初めてあなたと──」
「ストレッロ。あなた、じゃない。ストレッロ」
「あ、は、はい。私、初めてストレッロと会いましたし、それでいきなり同じベッドで寝るというのは、かなり、難し──」
「俺が嫌いなのか?」
「いえいえ、嫌いとかそういう以前の話でして」
「離れたくない」
そう言って、軽装になったストレッロは赤い眼差しを向けてきた。
俯いた顔から見上げる形で向けられる瞳に、デルフィーネは選択を迫られる。
拒否をしたらどうなるだろう?
不敬となってしまうのだろうか。今すぐ追い返されて、お風呂やお洋服代を請求されるだとか?
それは困る。お金がないし、今ここで睨まれてしまえばこの国での就職は絶望的だ。帰国なんてしたくない。
了承したらどうなる?
体を求められたら?
抵抗して怪我でもさせたらどうなるだろう。それこそ死刑とか?
ああ、ハズレがわからない。
わかりやすいハズレばかりであればいいのに。
デルフィーネは、もしかしたらどっちもハズレかもしれないと思いつつも、了承した。
「わかりました……」
そう答えたときのストレッロの表情は、喜々としていた。
*
同じベッドの中で、ストレッロは背を向けるデルフィーネを腕で抱き寄せた。
驚いたのか、デルフィーネは肩が跳ねたけれど拒絶する素振りは見せなかった。
鼻腔にこれでもかと押し寄せるデルフィーネの香り。
ストレッロは白目を向いて昇天しそうになった。
触れ合っている肌から鳥肌が駆け巡って、それが快楽となる。絶えず快楽が脳を襲って、もうデルフィーネ以外のことは考えられなくなってしまいそうだった。
「ん、ふ」
寝言だろうか。喘ぎ声に似たデルフィーネの声が耳朶を震わせ、ストレッロの腕の力はさらに強まる。
ほんの少し、デルフィーネがこちらに顔を向けた。
「あ、あの、力が少し強くて……ちょっと、苦しいのです」
「すまない」
慌てて力を緩めた。
デルフィーネがほっと温かい息を吐くのがわかった。
途端に強まるデルフィーネの香り。
また白目を剥きそうになる。昇天──しないようになんとか理性を繋ぎ止める。
デルフィーネを見付けたときの、あの衝撃。
デルフィーネの香り。姿。気配。そのすべてがストレッロを殴打のような衝撃で襲ってきて、もうデルフィーネを手放すということは考えられなかった。
共に連れ添う。
それ以外に考える隙がなかった。
街に放り出す?
ありえない。
あのまま帰すだなんて、あるわけがなかった。
明日も早朝から訓練がある。
デルフィーネはどうやって起きるのだろう。寝顔は? 訓練場まで付いて来てくれるだろうか。片時も離れたくない。ずっとこうして腕の中に収めていたい。
「……仕事になるか……?」
明日からの自分を考えると、少し自信がなかった。
***
今までにないほどの深い眠りだった。
安心と快楽に包まれて、ストレッロは初めて経験する熟睡に感動さえしていた。
目を覚ませば体はとてつもなく軽く、いくら訓練をしても尽きない体力が底から湧きあがってくるようだった。
デルフィーネはまだ眠っている。
ストレッロに抱かれたまま、静かに瞼を閉じていた。
ストレッロは悶え、声にならない声をあげながらデルフィーネの体に顔を埋めた。
「これが番の威力なのか……」
自分は退屈な人間だと知っていた。
向上心はないのかと言われるほど、上を目指すということが簡単ではない位置にいるストレッロは、存在意義としては戦績を残すしかなかった。
ルールを重んじ、ルールを遵守し、法を順守させる。
体を鍛え、嗜好よりも栄養を気に掛ける味気のない食事を繰り返し、帰ってきては眠る。
時々社交界。
父親である国王陛下が婚約者の話を推し進めないのも、そういった暮らしぶりの第二王子に嫁がせたいと思う家紋はあっても、令嬢はいないことを知っていたからだった。
好きに生きる──といえば聞こえはいいが、見放されていたも同然の存在であった。
それが今となっては。
「デルフィーネは軽い服がいいだろう。ドレスは動きにくそうだったから、まずは軽いものから慣れてもらったほうがいい。靴も。踵は低いほうがいいな。宝石は多くなくていい。デルフィーネはそのままが一番美しいから。食事もフルコースはやめよう。訓練中に平民たちの朝食を用意させておけばいい。まずは起こして、顔を洗って、着替えるように言わないと。そして訓練場で俺の傍にいてくれと言わないと──」
この寝顔に?
この寝顔を揺さぶって、起こすというのか?
でも、起こさなければ離れなければならないし。
(あぁ気がおかしくなりそうだ)
どうしよう。どうしよう。いい夢を見てるかもしれないし。
自分の支度をしながら右往左往していて、とうとう出発しなければならない時間が迫って、ストレッロはベッドの傍らに膝をついて、デルフィーネの寝顔を覗き込んだ。
それがきっかけとなったのか、デルフィーネが薄く目を開けた。
瞬きをぱちくりと何度かしてストレッロに焦点が合うと、びくっと肩を震わせる。
「すまない。もう出なければならないんだ」
「え、あ、はい。すみません、すぐ準備します」
来てくれとも頼んでいないのに、デルフィーネはいそいそと支度を始めた。洗顔をし、髪を整え、誰に手伝ってもらうでもなく簡単な服に着替える。
本当は出なければならない時間を少し過ぎていたけれど、走ればなんとかなると思って眺めていた。
眺めていたかった。
「行けます」
「少し急ぐぞ」
ストレッロは無意識にデルフィーネの手を握り、足早に駆けた。
その手に陽射しが閉じ込められているのではないかと疑うほど、デルフィーネの掌は温かかった。




