4 番との出会い(3)
「ほう。これが番か。どう感じたのだ? 古来の伝書のとおり、出会えばすぐに番とわかるのか?」
国王陛下は玉座につきながら、興味津々にデルフィーネをじろじろと観察した。
膝をつくデルフィーネの隣には、同じく膝をつくストレッロ。
デルフィーネはすべての所作の真似をしようと、ストレッロを視界の端で盗み見る。
ストレッロと目が合った。
彼は、ほんのわずかに微笑んだ。
「ええ。出会う前から強く惹かれ、出会った瞬間にすぐにわかりました」
「ほう。どのように?」
「五感のすべてを支配されるのです」
「ほう。お前がそれを言うのか。それはそれは驚きだ。どれ、ちょっとこちらに来なさい」
手招きされ、デルフィーネはストレッロの顔を見ながら恐る恐る立ち上がり、玉座へと近付こうとした。
その間にも国王陛下の口は止まらなかった。興奮しているらしかった。噂でしかないと思っていた番が現れ、野次馬のように状況を楽しんでいる。
「番というのは、同性に触れられるだけでも嫌悪感があるらしい。ましてや異性に触れられるとなると、腸が沸騰すると表現されるほど嫉妬すると言われているのだ。どれ、試してみてストレッロがどういう反応を──」
ぶわり、と悪寒が走った。
氷とは違う、風とも違う、重くて冷たく、それでいて熱いものが背中から襲ってくる。
僅かに振り返ると、膝をついて忠誠を誓う姿勢だというのに、その瞳は眦を切って裂いたように見開かれて吊り上がり、国王を拝謁するとは思えないほどの睥睨だった。憤怒の圧が凄まじく、めらめらと燃え滾る炎が急激に火力を強めたみたいだ。
「じょ、冗談だ。も、戻りなさい。どうやら噂は本当のようだ。」
国王陛下の額には冷や汗が浮かんでいる。
息子といえどその怒りをじかに見て、実行しないほうが賢明だと判断したらしかった。
デルフィーネが隣に戻ると、ストレッロがふぅと息をついたのがわかった。火が焚火のゆらめきへと鎮まっていく。
「では、ストレッロの妃とすることを認めよう。ただし、教養を受けること。お前が責任を持って教養し、社交界でも通用するよう育てなさい」
「承知しました」
「テーブルマナーを学んだら、共に食事でもとろう」
そう言い残して、謁見は終えた。
***
「さっきの部屋に戻るのではないのですか?」
ストレッロは、先程デルフィーネが身支度をした部屋には戻らなかった。
代わりに、先の部屋よりもさらに装飾品が増え、さらに二回りは広くなった部屋に通される。ドアがいくつもついて、さらに奥にも部屋が続いているようだった。
「俺の部屋だ。今からふたりの部屋になる」
「え! ここですか!?」
「そうだ」
「私もこの部屋を使うんですか?」
「そうだ」
なんの疑問も抱いていない顔。
デルフィーネとしては番である自覚がないし、どれほど強いものを感じているのかも感じられないし、出会っていきなり同じ部屋で生活するというのはなかなか受け入れ難い。
しかし、彼は王子であるし、自分は仕事を探さなければならないし、あわよくば仕事を斡旋してくれるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。
よって、拒絶はせずに話題を変えた。
「あの、そろそろ聞きたいことが……」
「なんでも聞いてくれ」
「国王陛下が、さっき妃になると認めるって……どういうことなのです?」
「とりあえず座ろう」
促され、ひとつのソファに隣り合って座った。
ストレッロがデルフィーネに体を傾けたので、デルフィーネもそれに倣う。ふたりの膝がこつんと触れ合った。ストレッロの膝がぴくりと固まった。
少し間があってから、ストレッロが口を開いた。
「デルフィーネは俺の番だ」
改めて告げられた。
しかし、デルフィーネはもちろん俄かには信じられなかった。
なぜなら、デルフィーネは彼に対してなにも感じていない。五感が支配されるという感覚も、幸せにしてあげたいという感覚も、なにも。ただ単に、今日初めて出会った見ず知らずの男。それだけだ。
「すぐにわかった、番だと」
「ま、間違いないんですか? 番って、はっきりとわかるものなのですか」
「間違いない」
「そ、そうですか……。でも、それでどうして私が妃になるという話になるのですか。私はただの平民です。お仕事さえ貰えれば──」
「兄には婚約者がいる。次期王は兄だし、俺は権力争いを放棄している。婚約者もいない」
質問の答えになっていないような気がした。
戸惑い、視線が泳ぐ。
なにを伝えたいかがはっきりしているのにうまく言葉にできない。
「王族の方が、平民と結婚するなんて聞いたことないです」
「大丈夫だ。俺が護る」
「そんなこと言われても……結婚なんて無理です。貴族のマナーなんてわからないし……」
「全部俺が教える」
「ええ……?」
「少し、デルフィーネのことを調べた。先週、移住申請をしたばかりだそうだな。俺の婚約者となれば、永住権が得られるのはもちろんのこと、家賃も請求されない。」
「それは……嬉しいですけど……」
「働きたいというのなら、王族にはボランティア活動がある。教会や孤児院にお金や手作りの品を寄付したり、炊き出しをしたり、掃除をしたりする活動だ。今までは数ヶ月に一度だけだったが、デルフィーネが望むなら毎週活動してもいい」
手持無沙汰にはならないということか。
ぐらり、と心が揺れるのを感じた。そう感じたのをストレッロも感じたのか、押しが強くなった。
「王宮の管理は王妃と王太子妃の仕事だし、デルフィーネに難しい業務が回ってくることもない。テーブルマナーと茶会のマナーを身に付けてくれさえすれば、社交の場ではすべてフォローする」
「で、でも……」
「デルフィーネの嫌がることは絶対にしないと約束する。夜も。」
それは体を重ねることを言っているのだろう。
面と向かって言われると、デルフィーネはかっと顔が熱くなるのを感じた。
そんな話題をすることも、この年齢になるまで経験がなかったのだ。女性同士の話ではなく、男性との話となると拍車が掛かって恥ずかしくて堪らない。
「あぁ……」
ストレッロが片手で自分の顔を覆った。と思うと、指の間からわずかに眸を覗かせてデルフィーネを見る。
「かわいい」
「はっ……?」
「なんでもない。とにかく、今日は休もう。空腹か?」
「少し……」
「軽食を持ってこさせる」
言い終えるが早いか、ドアがノックされていくつかの飲み物と軽食が運ばれてきた。
ぎこちない所作でデルフィーネが食事をしている様を、ストレッロは真横で凝視してくる。
(た、食べにくい……)
「俺は早起きなんだが、目覚めはいいほうか?」
「早起きは得意です。」
「なら、大丈夫か」
「……なにが?」




