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3 番との出会い(2)


「あ、あの、つ、(つがい)って……?」


 問うても、彼は答えてくれなかった。

 デルフィーネは彼が操る馬に同乗していた。

 手綱を握る彼の両腕に挟まれる形で馬に乗せられたデルフィーネは、初めての乗馬に戸惑っていた。


 どこを掴んでいればいいのかわからずに手をさ迷わせていると、彼が優しく自分の首に手を回すよう器用に促した。

 デルフィーネは遠慮がちに彼に腕を回すと、彼がぴくりと反応する。


(つがい)って、なんですか?」


 また答えてくれない。

 彼は前をまっすぐ見据えたまま、デルフィーネの問いを無視した。

 彼の肩越しに背後にいる部下たちに助け船を求めても、彼らも困惑しているのかデルフィーネと目を合わせるとすぐに逸らしてしまう。


「お前たち、今日はもう解散でいい。俺はこのまま帰る」

「わかりました」


 指示に従うように部下たちが散り散りになっていく。

 背後に誰もいなくなった様子を見て、デルフィーネはますます不安になった。

 逃げようにも、馬の上からどうやって逃げればいいのか。

 無理に暴れれば、馬が混乱してしまうだろう。暴走すれば、被害は自分以外にも及ぶはず。


「あの──」

「名前はなんという?」

「わ、私は、デルフィーネといいます……。平民です」

「そうか。私はストレッロ第二王子だ。ストレッロで構わない」

「は、はい」


 それからずっと沈黙が続いた。

 街行く人の視線が集まって辛く、デルフィーネはストレッロのほうへと顔を背ける。

 それが結果的に胸へ凭れる形となったのだけれど、ストレッロの体が強張ったのを感じた。


「あそこがデルフィーネの家だ。仕事は……考える」

「……あそこって、王宮では?」

「そうだ」


 なにか問題でも?

 そんなことを言いたげなストレッロに呆れてしまう。

 見えてきた屋敷は豪華だとか、豪奢だとか、巨大だとかそんな言葉では筆舌に尽くしがたい大きさと華美と気品を備えている王宮である。

 もちろん王子が帰る場所は王宮なのだろうけれど、突然の自分の身の置かれた状況にデルフィーネはついていけない。


「陛下に伝えてくれ。(つがい)を見付けたと」


 門番にストレッロはそう指示を出した。


***


 デルフィーネは自分が通された部屋がどれだけ価値のある場所なのかわからなかった。

 ふかふかのソファに座らせられ、自分の膝よりも低いのに自分の持っているすべての何よりも高価そうなテーブルに香り豊かな紅茶を出され、ケーキを出され、恭しく礼をされていく。


 こんな綺麗で広い部屋の中で、擦り切れた裾のワンピースを着て、擦り減った靴底の古い靴を履いている自分が恥ずかしくなる。


 そもそも紅茶もケーキも食べ方がわからない。なぜカップの下にお皿があるのだろう。お皿ごと持つの? それともカップだけ?

 わからずに前傾姿勢になって手を伸ばし、カップだけを持って口に運ぶと、咳払いが聞こえた。

 ドア口に控えていた女性が咳をしたのだ。細身で、ベテランで、厳しい性格をしているとわかる彼女は、わざとでなければ咳なんてしないだろう。


 つまり、デルフィーネは間違えたのだ。

 女性の目顔を窺いながら、カップの下の皿も一緒に持ち上げると咳払いはなかった。お皿ごと口に運ぼうとすると、また咳払い。


(どこまで持ち上げるのが当たりなの……?)


 難しい。

 温かい紅茶を飲むと、慣れない味に顔を顰めそうになったけれどなんとか耐えてカップを戻す。ケーキも彼女の顔色を窺いながら口に運んだ。


 どちらの食器も空になったところで、待ってましたとばかりに彼女が動いた。


「ご入浴のお手伝いをさせていただきます」

「は、はい」


 あれよあれよと裸にされる。

 脱いだ洋服は有無を言わせぬ速さで捨てられてしまって、代わりに見たこともないくらい飾りのついたドレスが何着も持ち込まれる。靴も。

 まさか、あれから選ぶわけではないよね、と横目で思いつつ、湯船に浸かる。

 髪を洗われ、体を洗われ、なにやらを塗られ、流され、塗られ、マッサージをされ、流され、塗られ。


 また、あれよあれよとドレスを身に付け、今度は化粧までされ、髪型まで整えられる。

 意を決して問うた。


「あ、あの、私はどうしてここに連れて来られたのでしょうか。(つがい)って、なんですか。私、なにをすればいいんでしょう。あの、もしかして、お仕事を貰えるんでしょうか。私、洗濯も料理も得意です。掃除も。なんでも出来ます。トイレ掃除も、屋根の修理だって出来ます。だから、その、もしよければ働かせてください。3か月後までに就職しないといけないんです。馬糞の片付けもできます」


 無視。

 いそいそと手を動かす彼女は返事をする気なしと見て、また肩を落とした。

 もしかして愛人にでもされるのだろうか。

 だからこんなに派手に着飾られていて、夜の相手のために念入りに体を洗われたのだろうか。


(つがい)とは」


 彼女が話し始めてくれた。はっ、と息を呑む。


「この国の先住民は聖獣であるとされています。神々の国であり、神々が人間へ賜って下さった大国。それゆえ、聖獣時代から血統を重んじ、混血にならずに代を継いでこられた由緒正しきお方だけが見付けられる貴い存在が(つがい)様です。(つがい)様を愛さずにはいられず、(つがい)様を大切にせずにはいられず、(つがい)様から離れることに大きな苦痛を伴います。つまり、(つがい)様は唯一にして無二の最愛の人ということです」

「最愛……? 私、初めて会ったんです。それなのに──」

(つがい)様とわかるのに、出会った回数や逢瀬の時間などの関係はございません」

「そんな……」


 彼女がデルフィーネの首に大きな宝石のネックレスを掛けた。赤くて、少し暗い色の大きな宝石はさながらストレッロの眼球をくり貫いたようだった。

 鏡越しに目が合う。


「光栄なことなのです。(つがい)様が王族のかたに見初められたことではございません。(つがい)様と過ごせることは、最大の幸福といわれています。ですので、殿下にとって(つがい)様との生活は、聖獣から賜った一番の幸福として光栄に感じるべきことです」

「でも、その」

「なんでしょうか」

「夜、のお相手とか……」


 彼女が姿勢を正して、鏡の中で戸惑うデルフィーネを睨む。

 平民の女のくせに王族に抱かれることのなにが不満なのか──と諌められているような気持ちになって、デルフィーネは視線を落とした。

 見覚えのないくらいに磨かれた爪を見つめる。


(つがい)様の苦痛となるようなことは、一切いたしません。(つがい)様の喜怒哀楽は殿下の喜怒哀楽と同じです。(つがい)様の苦痛も幸福も、すべて殿下と共有されると思ってください。心して、お過ごしください」

「は、はい」


 過ごす、とは?

 仕事は?


「デルフィーネ、陛下への謁見だ」


 ノックのあとに入ってきたのは、ストレッロだった。

 デルフィーネの変わりように目を見開きながらも、紳士らしく掌を差し出す。

 デルフィーネは彼女の目を窺いながら、その掌に手を乗せた。

 彼女が満足そうに小さく頷き、一歩下がるのを見るに、正しい所作らしかった。


「デルフィーネ、綺麗だと思っていたが、美しかったのか」


 共に歩いている間、ストレッロは一度もデルフィーネを見てくれなかったけれど、褒めはしてくれた。

 デルフィーネは愛想笑いを浮かべてやり過ごしただけだった。

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