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2 番(つがい)との出会い


 ここアニマーレ王国では、先住民は聖獣であるという神話が残る。

 それゆえ由緒正しき家柄は動物の名を冠することが多く、家紋もやはりそれに倣う。


 そして、まことしやかに、聖獣から純血を引き継ぎ続けた人間には(つがい)が存在するとも噂されている。

 ひとりに対して、唯一の(つがい)

 (つがい)の存在はすさまじく、離れがたく、耐え難く、思考のすべてを占領されるほど強烈に求心してしまうらしい。


 見ればわかる。

 近くにいるだけで感じる。

 肌に触れれば気絶するほどの快感が走る。


 そんな噂はもはや都市伝説となっていて、若い令嬢たちの一種の暇つぶしの憧れ話程度のものだ。

 本当に(つがい)を見付けられた話など、それこそ噂でしか聞かない。



 ストレッロはこの王国の第二王子である。


 王族が明るい髪色と瞳で生まれることが多いのに対し、ストレッロはその名のとおり蝙蝠のように暗い髪と、薄暗い赤色の瞳をもって生まれた。その代り、驚くほど肌が白い。夜に生きる死人のように、肌が白く、それでいて体温が低かった。

 けして華奢ではなく、騎士と一緒になって隊を率いても遜色ないほどに鍛え上げられた肉体と体術は、だがその無表情さ故、崇められることは少なかった。


 どこか避けられ、どこか疎まれ、どこか蔑まれる。


 王太子は兄であるし、権力争いからは省かれたストレッロは騎士隊の隊長として国に貢献するしかない。

 笑わない、泣かない、怒らない。

 すべての感情をごっそりと失ったストレッロは外見も相まってそれこそ「死人」と揶揄されていて、本人にもその異名は届いているのだけれど、いかんせんどうでもいい。


 とはいえ、常に戦争があるわけでもなく、通常は訓練をし、街に異常がないかを見回るくらいである。

 ストレッロはその見回りにさえ寸分の油断もなく、姿勢を正して臨むのが日課だ。


 厳正。厳粛。厳格。

 それらをこねて、混ぜ合わせて、一塊にして、人の形に練り上げたものがストレッロといってもいい。

 ルールから逸脱するものはすぐに斬る。そのつもりで街を馬を操りながら見回っていると、妙な香りがした。


「なんだ、この匂いは」


 共に見回っていた部下に問うと、部下は小首を傾げる。


「匂い、ですか? これといって異臭は……」

「麻薬製造の類かもしれない。甘い匂いだ。引き寄せられる。」


 部下同士が顔を見合わせているのを背後で感じる。

 まさか、わからないとでもいうのだろうか?

 これだけの匂いが蔓延しているというのに?


「こっちだ」


 有無を言わせず従わせる。

 馬も急な方向転換に、不機嫌そうに鼻を鳴らした。



 しかし、匂いの根源がわからなかった。

 こっちかと思えば、あっち。あっちかと思えば、そっち。

 結果、街をうろうろとしてしまって、背後にいる部下たちの戸惑いが手に取るようだった。

 どうでもいいが。


 移動している……?


 この匂いの主は、人間か?

 あっちへ、こっちへと移動し続けている。

 それにしても強い匂いだ。


 こんな甘くて濃厚でいい香りは、依存症を発症してもおかしくない。


「この匂いだ。わかるだろう?」


 問い掛けに、また部下は曖昧に首を傾げた。

 わからないらしい。

 それどころか、街を歩く誰しもがこの強い匂いになにも疑念を持っていないようだった。涼しい顔で馬を避けて自分の用事を済ませてしまおうと足早に動いているだけだ。そんな馬鹿な。


 俺だけ……?

 俺だけが、この匂いを感じているのか?


 目を周囲に巡らせる。

 そこで、止まった。


 なぜ──



 風が吹いた。


 それは海や山や街の世界を駆け回る自然の風ではなかった。

 その存在から放たれる神々しい香りと光と、圧倒的な存在感の圧が風となってストレッロを真正面から襲ったのだった。


「彼女だ」


 そう呟くのが精一杯だった。



***



 デルフィーネは落胆していた。

 仕事を見付けるのは簡単ではなかった。


 成人もままならない若い女の働き手を求める場所は多くなく、働けそうだと思っても雇い主が変な目でデルフィーネを見ていたり、任されようとする業務内容がいかがわしかったりする。


 なにか、自分の身を捧げることのない仕事はないだろうか。

 自分でも役に立てる何か。女の部分を使う以外の、何か。


「ここにはあんたの居場所はないよ」


 と、店主である男性に手で払われる。

 今日でいくつめになるかわからない拒絶の仕草だった。


「わかりました……ありがとうございました」


 そうして何度目になるかわからない謝辞を述べ、店をあとにする。

 がっくりと肩を落としてしまう。

 もう試用期間が始まってから一週間が経った。早く仕事を見付けて安定した収入を得て安心したいのに、こんなに苦戦するとは思わなかった。


(どうしよう。)


 3か月の試用期間の間に仕事が見付けられなければ、強制帰国させられてしまうだけでなく、家賃も請求される。納められないとわかると、その家族に請求がいく。反対を押し切って家を出たあげく、家賃まで払わせてしまうことだけは避けなければならなかった。


 とぼとぼと歩いていると、細い路地が伸びている場所に来た。


(ああ、これはハズレだな。)


 と、わかった。

 ひっそりとして、落ち着いた雰囲気のあるその路地は、だがなにやら異様な雰囲気に沈んでいた。

 重いような、冷たいような、わかりやすいハズレ。

 その証拠にデルフィーネが今いるこの空間は人が多く歩いているのに、その通りには誰も入って行かない。


 きっと夜になれば、濃密な絡みのある男女で金が飛び交う通りのはずだった。

 そこでは、働きたくなかった。


 踵を返したその先に、彼がいた。



 背後に迫っていることにまったく気が付かなかった。

 乗馬した彼は赤い瞳をデルフィーネに向け、一寸の揺らぎもない。

 後ろに従わせた部下たちが顔を見合わせて困惑を浮かべているけれど、それに構いもせずに彼はデルフィーネを凝視している。


 この隊服は、騎士だ。

 街の治安を守るだけではなく、戦となれば最前線に向かう屈強な彼ら。


 どうして彼らが、自分に。


 まさか売春目的だと思われたのだろうか。

 関わらないことにこしたことはないと思って、デルフィーネは曖昧に会釈をし、横を擦り抜けようとした。


「待て」


 だが、呼び止められた。

 振り仰ぐと、また彼の瞳に射抜かれる。

 しかも、なんと赤い瞳が涙ぐんでいるではないか。


(な、なに? なんで、どうして泣いているの?)


 ぎょっとして、足を踏み外した。

 バランスを崩して尻餅をつき、腰のあたりに広がる鈍痛に顔を歪める。


「大丈夫か」


 彼は慌てて馬から降りてきて、デルフィーネの手を握った。

 始めは恐る恐るといった力だったのに、指の腹でデルフィーネの手指を撫でると、彼はその場で膝をついて両手でデルフィーネの手を包んだ。


 少しの沈黙。

 そして、彼はこう言った。


「どうやら君は俺の(つがい)らしい」


 デルフィーネはその言葉を受け止めてから返事をするまでに、瞬きを何度もした。


「は?」


 そう答えると、部下たちに総出で諌められた。


「そのお方をどなたと心得る!」

「なんだその返事は!? 不敬だぞ!?」

「アニマーレ王国ストレッロ第二王子殿下に向かって、なんだその口の利き方は!」


 デルフィーネはとうとう混乱してしまった。

 尻餅をつく自分に手を差し伸べたのが、なんとこの国の王子らしかった。

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