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18 忍び寄る結果


「──ストレッロ。聞いているのか?」


 音が世界に戻ってくる。

 ぼんやりしていた視界がはっきりとして、目の前にいるのが父である国王陛下とやっと再認識する。


 今は久しぶりの晩餐であった。

 味のしない最高級の肉。色の見えない色とりどりの野菜。


 王妃の欠けた王族の晩餐。

 向かいにはティグレーとその妻。上座に国王陛下。


「失礼しました。もう一度お願いします」


 国王陛下は父親の顔になって改まって言った。

 ティグレーは同情の瞳でストレッロを窺い見ている。その妻は淑女たる礼儀で表情からはなにを考えているのかわからない。

 デルフィーネとティータイムを過ごしてから、ティグレーのストレッロに対する態度は軟化した。というよりかは、デルフィーネに対する不信感が和らいだというべきか。

 兄らしい一面を久しぶりに見た気がする。




「覚悟をしておくんだ。彼女は──戻ってこない」



 言われ、ストレッロは体が強張るのを感じた。ナイフとフォークを握り締める大きな手が軋み、手の甲に血管が浮き出る。

 戦慄きそうになって、なんとか堪えて返事をした。


「なぜ、そのように仰るのですか」


 父はなにも言わずに息子を見つめた。その目は憂いを帯びている。

 ティグレーは父と弟を繰り返し見やった。

 彼はいつも先手を打つ頭脳派だ。自分とは違う。しかし、そんな兄も今は沈黙を選んだ。


「あの子はよく頑張っていた。それは理解しているし、称えている。わたしもお前の(つがい)ならば平民でも構わないと思っていたし、愛するものがどんな相手であろうと、身分違いであろうと手に入れたくなる気持ちはよくわかる」


 言って、失言だったと思い直したのか肉を一口頬張った。


 その欲に従って動いた結果そのものが、デルフィーネを連れて行ってしまっている。隠したがっているようだが、周知の事実だ。

 その証拠に、バレーノの身姿は国王陛下に衝撃的に似ている。


「けれど、バレーノは今や平民の生活だ。平民のあの子が、どちらの生活をしやすいかなどわかりきっているではないか。


 ──あの子はもう戻ってこない」


 がちゃん、とカトラリーを置いた。

 言葉にして刺してくるなという意思表示でもあった。


 ストレッロは早口で抗議した。


「戻ってきます。デルフィーネは絶対に、ちゃんと戻ってきてくれます。バレーノは嘘をついています。


 デルフィーネは俺の(つがい)です。


 バレーノはどこかでデルフィーネの噂を聞きつけて、わざと俺に嫌がらせをしたいだけです」

「なぜそう言い切れる? なぜあの子が戻ってくると?」

「信じているからです。毎日ちゃんと手紙を書いてくれていますし、必ずプレゼントも添えてくれています。思いの込められた手作りのものです」

「その手紙の中に、お前に会いたいと記されているのか?」

「それは──」


 ない。

 言い淀んだのが答えになってしまっていた。

 テーブルの上で拳を握る。


「よくわかっているのだろう? お前はあの子に恋焦がれているけれど、あの子はお前に対してそうではない。それに、平民が王族の嗜みを身につけることは並大抵の努力ではなしえない。


 彼女を手放してやるのも、彼女の幸せのための選択肢のひとつであると──覚悟をしておくんだ」


 嫌だ。(わかっている)

 そんなの絶対に嫌だ。(わかりきった現実だ)


 ティグレーが言葉の滅多刺しに助け舟を出した。


「陛下。少し考える時間を与えてやりましょう。我々には(つがい)を手放す苦痛を計り知れませんから」


 ふむ、と父は呟いた。

 そこからやや沈黙があって、ストレッロが提案した。


「会いに、行かせてください」


 即断された。


「それは駄目だ。バレーノとの公平性が損なわれる」

「一度でいいです。許可をお願いします」

「ならん」

「気付かれないようにします。郵便の集配を装ったりして、会いに来たとは言いません。彼女の様子を──俺がデルフィーネを手放してやるほうが幸せなのかを、判断するためです」


 父はまた考える素振りをした。

 考える前に下半身で行動したからこうなっているくせに頭が働くふりをしやがって──とは言わなかったけれど、デルフィーネが関わるとストレッロは感情的になる自覚があった。


「……そうか。なら、一度だけ許可しよう」


 やっと賛成してくれた。

 しかし、ストレッロも愚かではない。

 なによりも優先すべきはデルフィーネの幸せであり、鎖で縛り付けてしまう未来ではない。


「そして、万が一のことがあったら、ひとつお願いがあります」

「なんだ?」

「もしもデルフィーネがバレーノを……」


 それ以上は決して口から出せなかった。

 そんな選択を、そんな結果を自らの口で表現することすら悍ましく、もしも言葉を吐き出してしまえばその場から唇と歯と舌がぐずぐずに腐って落ちてしまいそうだった。


 父は察してくれた。


「わかっておる。あの子が苦労しないよう、毎月仕送りをし続けると約束しよう」


 やっとの思いで頭を下げた。


「感謝いたします」



◇◆◇◆◇◆



「デルフィーネ様! 本当におやめください!」

「えぇー? なんでー? だっていっきに洗っちゃえば楽なのに」

「別に下着洗ってるわけでもねえのに貴族はうるさくてしかたねえな」

「そう言いながら私の下着を洗ってるけど?」

「ありゃ。本当だ。桶に入ってるとわかんねぇな。別にいいだろ?」


 ストレッロが手紙を届ける配達員を装ってドアを叩いたとき、応答がなかった。

 だから声のする裏手へ回ると、大きな桶の中に水をいっぱい溜めて、山盛りになっている洋服をせっせとバレーノとデルフィーネが手で洗っているところだった。


 ──デルフィーネ……!


 駆け寄るのをよく堪えたと褒めてやりたい。

 ストレッロは物陰からその様子を窺い見た。


 山の中には傍にいるガットの洋服も、休んでいるであろうムッカの洋服も混ざっているらしかった。

 洗濯板をうまく使ってガシガシと腕を動かすデルフィーネは、王宮にいたときとはまるで違う覇気がある。


「あああああもう駄目だ殿下に怒られる……」


 天を仰ぐガット。心なしか、彼も醸し出す雰囲気が柔らかくなっている気がした。


「平民は皆で家事をするものなの。洗濯係なんてないの。気にしないで。ガットは護衛という任務中なんだから、お洗濯は休憩時間にするしかないじゃない? それじゃあ疲れちゃうから」

「そうは言っても……」

「デルフィーネー! それオレのパンツー!」

「あ、本当だ。桶に入ってるとわからないね」


 言って、ふたりがどっと笑う。


 動きにくいきらびやかな服を着ていなくても、ふたりが明るく輝いて見えた。大地に愛されるみたいに、太陽の光をきらめきに変えて、幸福が周りに散りばめられているようだ。


 そこでガットと目が合った。

 さすが護衛。一番に気配に気がついて隊長としてなによりである。

 そして、そこに立つのが誰なのかを瞬時に悟って背筋を伸ばした。敬礼をしようとするのを目顔で阻止する。


 ガットはぱくぱくと唇を動かして動揺しているようだったが、すぐに察してデルフィーネに声を掛けた。


「デルフィーネ様。お手紙が届いたようです。」

「あ、そんな時間か! おはようございます! ちょっと待ってくださいねー!」


 デルフィーネはエプロンの裾で手を拭きながら、ストレッロの横を擦り抜けて家の中に戻って行った。

 ストレッロは唇を引き結ぶ。


 気付いてくれなかった。


 帽子を被り、服を替え、顔を見せないように俯いただけだったのに。


 バレーノには知られたくないと思い、デルフィーネが消えた玄関口へ戻る。

 ドア口で待っていると、デルフィーネが1通の手紙を持って戻ってきた。


「お願いします!」


 差し出された手紙を受け取り、肩から掛けていたバッグに丁寧に閉じ込める。

 その間にデルフィーネは両腕を大きく広げて深く息を吸った。


「いい天気ですね。こんな日は移動するのも気分がいいですね。」


 待たせてある馬を見て言ったのだろう。

 声を出せば気付かれてしまうと思って、頷くだけにした。


「デルフィーネ! 洋服絞るぞー、戻ってこーい」

「わかったー! すぐ行くー!」


 そうして駆け出そうとするデルフィーネの背中。


「あ」


 と漏らしてしまった。



 手紙はないのかと聞いてくれないのか?

 俺から手紙は来ていないのかと、気にしてはくれないのか?

 その瞳には、もう俺はいらないのか。


 漏らした声を、デルフィーネはきちんと聞いていてくれたようだった。立ち止まり、振り返ってくる。

 そこへ、ストレッロ自身がしたためた手紙を差し出した。


「ありがとうございます!」


 デルフィーネはその手紙を受け取って、その場では開かずにポケットに捩じ込んだ。そしてストレッロがストレッロであると気付きもせずに、走り出してしまう。



 胸をえぐられるようだった。


 自分なら即座に封を開けて、その場で3度は読み込む。大切に大切に箱に手紙を保管して、辛くなったときにまた読み返すだろう。


 デルフィーネが帽子を被ろうが、すぐさま気が付く自信があった。



 デルフィーネは戻ってこない──。



 結果が近付いてくる。


「……殿下」


 そこへガットがやってきた。

 体躯に恵まれず小柄ながら、素早さと手数の多さで精鋭のひとりに位置を築いた苦労人である。

 そんな部下に憐れみの目を向けられる屈辱は耐えがたい。


「持ち場を離れるな」


 それだけを言って、やっと踵を返した。

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