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13 番(つがい)宣言2人目の登場


 デルフィーネは軽やかな足取りで、今にもスキップして歌い出してしまいそうだった。

 楽しい。

 腕に抱えた袋の重み。

 その中に納められているのはいくつもの店で時間をかけて手に入れた好みの香油、石鹸、レターセット、蝋、封をするための紐と花、飾りのついたペンと珍しい色のインク、そして様々な色のハンカチと糸。


「買いすぎちゃいましたね」


 背後を歩く護衛に言う。


「……これで、ですか? ご令嬢方とは桁が違うと思いますが」


 訝しげに護衛が眉を歪ませる。

 平民にしてみれば、かなりの贅沢をしたつもりなのだが。

 価格は問題ではない。充足感が大切なのだから。

 デルフィーネはうんと空気を吸い込んだ。


「とっても楽しい! 動きやすくて、羽根が生えてるみたい。忙しいのに、私のわがままを叶えてくれるために護衛してくれてありがとうございます。なにかお礼をお贈りします! 騎士様はなにがいいのでしょう?」

「いらないです、いらないです。我々が奥様からの贈り物を貰ったりしたら殿下に叱られます」


 護衛が手を振るように拒否した。

 鎧を着付けていない制服姿の彼らは、髪が短く、幼くも見えるけれどその胸板は厚い。

 デルフィーネはストレッロの反応を少し考えて、納得した。


「……それもそうですね。ならお茶でも──」

「無理です、無理です。我々が奥様とお茶だなんて殿下に殴られます」


 先と同じ反応。


「そ、そうですか……? じゃあ、えっと……」

「感謝のお気持ちだけでいいのです。騎士とはそういうものです」


 護衛たちは3人ほど見えた。

 他にもいるのかもしれないけれど、デルフィーネが認識できるのはその3人。

 先ほどまではストレッロが傍にいてくれたため、護衛は姿を隠していた。隠密に行動を命じられていたからか顔布をしているけれど、3人とも親しみやすそうだ。


「実はまだ買い物をしたいのです。でも私には欲しいものがもうないから、なにか皆さんに買いたいのですが……」


 まだ帰るには惜しい。

 もう少しこの空を飛ぶ鳥のままでいたい。

 戻ったら、次はいつ羽ばたけるかわからないならなおさら。


 騎士が望むものとはなんだろう。

 無事を折るお守りとか?


 お守り。なにか騎士にそういった願いを込めて渡すものがあると聞いたはず。それならば、部下の無事を祈るのだからストレッロも理解してくれるだろう。

 なんだっただろう。なにを贈るんだったか。


 あてもなく歩きながら記憶を辿るように、あたりを見回す。

 ふと、目についた。

 そうだ、これだ。


「あ! あれはどうです?」


 デルフィーネは店舗を構えた店ではなく、路上に出店する屋台に駆け寄った。リボンの店だった。色とりどりの細長いリボンが川の字にいくつも並び、美しい虹を作り出している。

 すぐに護衛の人数分の瞳に合わせたリボンを買った。青と琥珀と、ほんの少し薄いグリーン。

 それを瞳の持ち主たちに贈った。


「護衛してくれて、ありがとうございます! 本で読みました! 女性から騎士様に無事を祈ってリボンを贈る文化があるって!」


 護衛は互いに顔を見合わせて、すぐには受け取ってくれなかった。

 おや? と思う。

 まだストレッロを気にしているのだろうか。


「リボンの……その意味をご存知ですか?」


 おずおずと手を伸ばしてリボンを受け取ってくれながら、3人とも照れたように頬を赤らめている。

 変な意味合いでもあったのだろうかと、途端に不安になった。

 また記憶を遡る。

 本の内容。

 教師の言葉。女性から騎士へ贈ると習ったのは間違いなさそうなのだが。


「えっ。ま、間違えてます……? たしか、歴史の教養のときに……。あれ? も、もしかして違ったかも……す、すみません」


 なんだか渡してはいけないものを渡した気がして、手を伸ばしてリボンを返してもらおうとすると、3人はその手を引き込んで返そうとはしてくれなかった。


「騎士としてこれは受け取らねばなりません。無事を願ってくださり、ありがとうございます。もし、よろしければさらにお願いしても?」


 受け取ってもらえて安心する。

 頓珍漢なプレゼントではなかったようだった。


「もちろんです、なんでも仰ってください!」


 言うと、3人は声を揃えて言った。


「殿下へのリボンも購入してください。」


 言われて、はたと気付く。

 それもそうだ。楽しくて、つい思考が短絡的になってしまった。最も贈るべきはストレッロなのだ、彼の無事も願わずにはいられない。


 ならば。

 リボンの虹へと再び視線を移す。


「では、やはり真紅でしょうか」


 悩むと、護衛は案外にも親身に考えてくれた。


「奥様の髪色や瞳色も合わせてはいかがでしょうか」

「複数本をプレゼントするのは一般的なのです?」

「あー……どうなのだろう」

「喜ぶと思うけどなあ」

「それこそ愛の言葉とかをそれぞれに刺繍したり、奥様や殿下のお名前を刺繍するといいんじゃないですか?」

「あー、殿下が喜びそうだな」

「次に兜にどの色をつけてくるか楽しみだな」

「じゃあ買っちゃいましょう!」


 3人に背中を押してもらう形で、ストレッロの髪と瞳、デルフィーネの髪と瞳の色のリボンを買った。

 そのときだった。


「馬車が通るようです。奥様、お下がりください」


 護衛のひとりが言った。

 振り返ると、少し先に豪華な馬車列が走ってくるのが見えた。

 なんだか大仰な列だ。

 名門の家紋だろうか。


 街の人もざわつきながら道を開ける。

 護衛の配置による三角形の中に守られる形で、馬車が通り過ぎるのを見守った。


 家紋が描かれている──いや、王国の国章ではないか。

 ということは、王族?

 あんな馬車あったかしら。

 ストレッロ?

 いえ、違う。彼が発ってからしばらく経つ。彼ではない。


 馬車の小窓を見ると、ちょうど外を眺めていたらしい中の人と目が合った。

 少し長い淡い銀色の髪を持つ青年だった。


 彼がデルフィーネを二度見した気がした。

 一度目が合って、反らして、また急にこちらを見て目が合う。


 あ、もしかして礼をしなければならなかったかしら。不敬だと思われたのかも。

 デルフィーネは慌てて顔を伏せた。


 あんな人いたかしら?

 国賓?

 いいえ、それなら私にも連絡がある──はず。他の人ならまだしも、ストレッロから連絡をしてくれないはずがない。


「あちらはバレーノ様です。」


 背中越しに護衛が教えてくれた。


「……バレーノ?」


 はて、誰だったか。

 家系図、家系図と記憶を呼び起こそうとする。


「殿下の従兄弟にあたります。国王陛下の弟君のご子息です」

「えっ。そんな方いらしたかしら。重要な方は覚えたはずなのに……」

「国王陛下の弟君ご夫妻は亡くなられております。バレーノ様は、少し、その……素行に問題がありまして、今は王族からは籍を抜き、辺境で暮らしておられるのです。あのように一月に一度の頻度で、近況報告のため登城するのです」


 馬車が急に止まった。

 御者の手綱の強さに驚いたのか、馬が小さく嘶いて反論する。ほとんど馬車は通り過ぎていて、どう、どう、と御者が宥めているのが聞こえた。


 なぜ止まったのだろう。


 すると従者を待たずに客台の扉があいて、先の銀髪の彼──バレーノが飛び降りてきた。


(ととととと飛び降りた? あの高さを?)


 シャツはだらしなく開いている。着ているものは上等なのに、着方が上等ではなく、端正な顔もあいまってちぐはぐな印象を与える人だった。


(なにか急用だろうか。どうして止まったのか)


 顔を伏せながら、上目で様子を窺い見ているとバレーノが人波をかき分けてくるではないか。


(ええええええ。怒られる? なんで──あ、護衛の方がいたから貴族だと思われたのかも。それでなにか失礼なところがあったのかも)


 荷物を持ってるし、平民服だし、カーテシーはどうするの。荷物は持っててってお願いすればいいのかしら。それとも地面に?

 ええと、ええと。

 思い出そうとしても思い出せない。当たり前だ、貴族の女性が大きな荷物を持ったまま誰かと会うなんて機会はない。


 護衛の作る三角形が小さくなる。

 陣営を小さくして、より強固にデルフィーネを護る体勢に入ったのだった。

 誰の合図もなかった。

 3人が3人とも、声をかけ合うことさえなく、まったく同じタイミングでデルフィーネに一歩近付いて陣営を縮めた。


 これが訓練の賜物である。

 若い彼らをどうしてストレッロが選んだのかわかった。


 彼らは精鋭なのだ。


 目前に来たバレーノの長い腕が伸びてくる。驚いて、思わず目を瞑る。

 しかし触れられた感触はなかった。

 薄く目を開くと、その腕を護衛が制していた。


「お控えください。」


 厳しい声音で護衛が言う。

 しかしバレーノはそんな護衛の声も動作も気にならない様子で、デルフィーネを凝視しているではないか。


 デルフィーネは気圧されて、一歩、距離を取った。

 護衛の胸に背中が当たる。バレーノの腕を制する頂点の護衛と、デルフィーネの背中を守るふたりの護衛。

 デルフィーネの恐怖を感じ取ったのか、背中を守るふたりのうちひとりがデルフィーネの前にその鍛えた体を滑り込ませた──が、バレーノがその護衛を押しのける。


 まるで視界からデルフィーネを遮ったのを振り払うかのように。


 その行為により、護衛たちは剣の(つか)に手をかけた。

 臨戦態勢に入ったのだ。


 また視界いっぱいに現れるバレーノの目は見開かれている。


「驚いた。──あんたオレの(つがい)だ」


 バレーノがそう呟いた。


 護衛の背中がぴくりと固まった気がした。

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