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1 移住申請


「どうやら俺の(つがい)らしい」


 目の奥の、心のその奥まで見透かされそうなほど見つめられて、そう告げられた。

 深紅にほんの少し暗闇を混ぜた瞳。驚くほど白い肌と、それに映える黒髪。

 前髪の隙間からちらりと見える瞳の力強さ。


 その相手は、一国の王子だった。


***


 時は一週間前に遡る。



 デルフィーネはハズレを当てるのが得意だった。

 非常に特異な体質なのか、そういう星の下に産まれたのか、そういう人生を送る運命なのか、ことごとくハズレを引き当てる。


 岐路に立たされて、こっちだと思う道を選べばハズレで迷い人。

 くじ引きをして、これだと思うものを引いても最も低い賞。


 こっち!の選択が悉く外れるのである。


 だから、また間違えてしまった。


 デルフィーネは平民の生まれで、多くの平民たちがそうであるように学校には通えず、文字の読み書きさえできないまま家業を親から学び、食べていくお金を稼ぐ日々。

 両親と、兄がひとり。兄は優秀で、なにをさせても結果を残すため、平凡なデルフィーネはいつも劣等感を抱いていた。

 両親と兄の三人が家業を回すようになると、デルフィーネは召使のように雑務をこなすしかなく、自分の存在価値について考えない日はない。


 どうにか「いてくれてよかった」と言ってもらえるような存在になりたかった。

 そこで出会ったのが、同じく平凡な誰からも好かれる男性だった。

 皆に愛され、その年齢までどうして結婚していないのかしらと思えるほどに優しくて、デルフィーネはあっという間に彼を信じた。

 そして恋仲になり、自分への優しさも親切さもすべてなにかも愛されているからだと信じきって、家族の反対を押し切って家を出た。


 彼に求められていると思った。

 彼に愛されていると。

 自分にも価値がある、と。


 ゆえに彼の誘いのまま、彼の住む家の近くに引っ越したのだった。そうして間もなく純潔を保ったまま結婚に至ると信じていたのに、男性にはもうひとり女性がいて、そちらが本命だった。


「最初からうまくいかないと思っていた」


 彼からその発言があった経緯は、衝撃のあまり忘れてしまった。

 とにかく彼はいとも簡単に彼に尽くしたデルフィーネを切り捨てたのだ。

 デルフィーネは弄ばれただけ。

 その現実を突き付けられて、デルフィーネはとうとう生きていくことが嫌になってしまった。


 自暴自棄。

 やけくそ。

 どうでもいい。

 どうせハズレばかりの人生。


 でも、じゃあ死にたいのかと聞かれたらそうでもない。

 しかし平民だとて噂は回るもので、体の接触のない清らかな交際だったとしても傷物として見られてしまう周囲からの目から逃れるべく、デルフィーネは移民局を訪れていた。


「では、本日付けで移住の試用期間開始となります。試用期間は、まずこちらで3か月だけ住むことが出来るご自宅をご用意します。その間に仕事を見付け、家を見付け、退居すること。以降5年間の居住と納税が認められれば、3か月分の家賃は返納を免除とします。試用期間内に法律違反を犯した場合には、通常よりも重い罰が科せられます。よろしいですね?」

「はい、大丈夫です」


 力なく返事をすると、カウンター越しに説明をしてくれる女性スタッフの眉根が寄せられた。訝しんでいるのだ。


「ちなみに自殺も法で規制されていますからね」


 と念を押される始末。

 もちろんです、と頷いたものの信じてくれているかどうか。

 とりあえず家までの道順を教えてもらい、これからの安寧の地である自宅に向かった。



 長屋の一室であった。

 家族向けの部屋と、単身用の部屋とが集結した2階建ての長屋には空室がほとんどないほど生活音がそこかしこから聞こえてくる。


 デルフィーネの部屋は1階の最も入口に近いところ。

 最も騒がしいとされ、避けられる部屋だ。


(ここでもハズレか……)


 最低限の家具が供えられた小さな部屋は、信じた人からの裏切りを再度痛感させられた。


 今のこの現実。

 夢に描いた男性との笑顔溢れる新居ではなく、ひとり佇む虚しい小部屋。

 信じた先に信頼の返礼はなく、裏切りと、裏切りに気付かないまま踊らされた自分への嫌悪と羞恥。

 それでも憎み切れない自分のお人好しさ。

 どうして裏切ったのか、初めから裏切るつもりだったのか、どうしてそちらの女性を選んだのか、いや、初めから私を選ぶつもりがなかったのか。


 あの優しさは?

 あの笑顔は?


 すべてが嘘だったというのなら、あなたの心は一体どこにありながら自分に接していたのか。


 どうして。

 ならば最初から優しくなんてしてほしくはなかった。

 裏切るくらいなら、愛を貫けないなら、初めからなにもいらなかったのに。


 当たるかもしれないと期待するからハズレが辛いのだ。

 男を見る目がないと責められる自分を擁護するように自分を抱く。


(どこをどう見れば当たりがわかるのだろう)


 デルフィーネは嘆息付きながら少ない荷物を整理した。

 まだ時刻は午前。


 早速、仕事探しへと向かった。

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