第五幕: 医者の目の盲点
やあ、君。
第四幕の不審死が、ワトソンの殺害指南書を現実の血に染めた。
ベーカー街221Bの寝室で、魂の限界に追いつめられるワトソン。
ホームズの毒が、モリアーティの糸を追い詰めるか? ファウストの幻視が、医師の目を欺く事件を、君と共に覗こう。
やあ、君。とんでもない事になったよね。ボクらはこの事件の真相を知っている。でも、登場人物は真相がわからない。
ボクらのワトソン以外はね。
第四幕では、ワトソンの書いたホームズ殺害指南書が、巷で起こった不審死に関わっていることを知った。
ワトソンは気づいて、彼のファンであるモリアーティ教授と連絡をとりたがるんだ。ホームズに内緒でね。
でも、連絡のつけようがない。
モリアーティ教授がワトソンに会いたいと思わない限りね。
ワトソンがモリアーティ教授と連絡を取ろうと積極的に動いたら、ホームズが嗅ぎつける。
ーー彼にとって、袋小路の状態だった。
とりあえず、彼がやる事は--。
ボクらは今、ワトソンの部屋にいる。具体的にいうと彼の寝室だ。
ベッド、ワードローブ、洗面台、暖炉が備わっている、質素だが快適な部屋。
そこにはホームズはあんまり入らない。
ボクと君は、部屋の角に据えられたベッドの端に座り込む。
ワトソンを見てるんだ。
彼はワードローブの棚に手を突っ込み、ガタガタと音を鳴らして、ある物を探してる。
「ない!--ない。ああ、どうすれば--」と彼は呟く。
唐突に部屋の扉が開かれる。
そこにはホームズが毅然として立っている。
「ホームズ。君は!ノックもなしにーー」とワトソンがまごつく。
「いやなに。ノックの音にも気づかないと思ってさ。それよりも、君。
ーーやばいぜ。
ーー僕も責任を感じている。」
話しながらホームズは、ボクらの座ってる方に近づくもんだから、僕と君は扉の方に移動する。
ホームズは、ベッドの端に座ると、口の端の片方を少し上に吊り上げた。
「ーー君ほどではないけどね。」
ワトソンは頬をひくつかせる。
バカにされていると感じたからだ。
「ワトソン。前に君から完全犯罪の問いかけをされたけど、
ーー追加させてくれ。」
ホームズはいつになく真剣にワトソンを見た。
そして、恐るべきことを言った。
「完全犯罪は可能だ。
ーー君の本が偶然と言うか、
ーーそれを簡単にしちまったんだ。」
この時のワトソンの狼狽えようはなかったね。ホームズにズケズケと言われるのは、慣れていたが--。
「はは...担ぐのはよしてくれ。君は、完全犯罪は不可能だとボクに言ったろ?」とすがりつくようにホームズに歩む。
「なあ、友よ。親友よ。ウソだろ?
ーーなあ!」と彼はホームズの膝に手を置く。
「ボクに答えを考えさせるのか?」と彼は上目遣いになる。
彼なりの媚びの売り方だ。
「ーー僕は嘘つきだ。秘密主義だ。でも、限度がある。君は完全犯罪を可能にした作家だ。
ーー誇れよ。この名探偵を超えたんだ。僕ほどの頭脳を行使する機会を、君は奪っちまった。
ーーいずれは廃業さ。
僕は何でも屋の仲間入りになる」とホームズは、ここで初めて引きつった顔をした。
「ーーワトソン。君の本を取り戻すぞ。
速やかに、確実にだ。
これは誰にも知られてはならない。
君も、この事件に関して本にしてはダメだ。誰かが--」
ホームズは、ボクを見た。
「もしも誰かが、僕らの事を書こうものなら、特に、この件は...全否定をしなきゃな」と言ってくる。
「シャーロック・ホームズ!」とワトソンが悲鳴を上げる。
「お願いだ。何が起きているのか、わからない。ボクは君の言う通りに完全犯罪が難しいと記録した。今回の件は何がまずいんだ?」
ワトソンは限界だった。
魂すら壊れてしまうほど疲弊してた。
ホームズは目を細めて言葉を続けた。
「この裏で糸をひく『バカの代名詞』は、犯罪だと判断する連中の目を、
ピンポイントで狙ったのさ。
君の目を!
ーーそうだ、医者の目だよ。」
ホームズは断言した。
「現場の人間が犯罪だと疑っても、彼らが殺人の可能性がないと証明したら、--警察は積極的に動かない。
動けないんだよ。
つまり、ーー僕に依頼は来ない。」
ホームズは言葉をえらんだ。
「なぜかって?ーー事件じゃないからさ」
(こうして、第五幕は医師の目で幕を閉じるんだ。)
第五幕、ワトソンの魂が壊れる寸前の絶望と、ホームズの「完全犯罪可能」宣言が炸裂!
モリアーティの「バカの代名詞」が医者の目を欺く策略、ホラーから本格ミステリへ加速。
第六幕で本の奪還なるか? 感想待ってます! 続編、すぐアップ予定です。