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童貞魔王と第四皇女:その8…帝国からの留学生(2)

「では高貴なる私から下賤なるシルフィアに命令します。私とアウロニス・ゴウディン王太子を引き合わせ、政略結婚の手筈を整えなさい!」


 シルフィアは大きく何度も頭を振ると瞳を閉じ、そして深呼吸しながら5つ数えて瞳を開く。しかしゼノビアは消えない。どうやら幻ではないようだ。


「……えっと、ゼノビアさん。確認したいのですが…例えば学園内で王太子をお見掛けして一目惚れをされた…という事ですか?」

「ふん、誰が汚らわしい魔族を見初めるものですか!それにここに到着したのはつい先程…人類以外が徘徊するような場所を散策する趣味はありませんわ!」

「…それでは…女帝の代行として、政略結婚の根回しをされにきたのですか?」

「そんな面倒な手順は不要ですわ!だからさっさと王太子と引き合わせなさい!」

「帰れ、馬鹿」


 シルフィアはゼノビアが何かしらの考えがあって馬鹿を演じているのかと勘繰ったが、どうやら本物の馬鹿のようだ。シルフィア自身も単身で魔王国に輿入れしたのだが、事務官を通した事前のやり取りは行ったし、もっと御淑やかで従順な態度を取っていた。少なくともこんな高慢ちきな物言いなど、寝所へ入るまで一度として口にしたことは無いのだ。この馬鹿の相手をするより、はやくマクシムとの時間を楽しみたいと切に願ってしまう。


「馬鹿ですって!?この高貴なる第一皇女ゼノビア・キールホルツに言っていい言葉ではないですわ!今すぐ取り消しなさい!!」

「五月蠅い、黙れ、二度と口を開くな」


 シルフィアは事務机の上に目を走らす。すると投げつけるにはちょうど良い手頃な文鎮が眼に入り、取り合えず手に取った。その時、ゼノビアが事務机の上にワインボトルを置く。


「まぁ話を聞きなさい…私も鬼では無いのよ?お前が泣いて喜ぶ話を持ってきたわ」


 置かれたワインを見ると、それは帝国産の高級ワインだった。ラベルには皇室御用達の紋章が入り、口にはしっかりとした封蝋、そして皇族の蝋封印が押されている。

 しかし高級ワインとはいえ交易路の恩恵を受ける魔王国にとっては単なる地方の珍しいワインでしかない。何なら帝国産という事で混ぜ物が入ってないかと心配され敬遠されるぐらいだ。


「…このワインが何か?」

「これはお前の尊厳を守る、大切な大切な自害用のワインよ…ほら、皇族の蝋封印がされているでしょ?女帝が手ずから配合した猛毒が入っているわ」

「………?」

「下賤な者は頭も悪いのね?お前の生まれが下賤だと母から聞いているわ。そのワインで自害すればキールホルツ家の者として死なせてあげる。これは私と母の慈悲よ。もし断ればキールホルツ家から除名の後、生まれが娼館だと魔王に密告する。そうなれば貴女の子供達はどうなるかしらね?」

「………あら、ありがとう。このワインは大切に保管させていただくわ」


 シルフィアはワインを手に立ち上がると戸棚に近付き、引き出しに収納すると鍵を掛けた。ゼノビアはその慎重な行動を見て笑みを浮かべる。


「ふん、下賤な者にしては理解が早くて助かるわ。そしてもう一つ、死ぬ前に私の役に立ちなさい!さっきも言ったように王太子と会わせなさいな」

「会ったらどうするの?」

「ケダモノのような魔族の王太子でしょ?私の美貌に逆上(のぼ)せ上り、すぐに求婚してくるわよ」

「そんなに上手くいくのかしら?」

「だって私は第一皇女よ?第四皇女だったお前に出来たんだから、私ならもっと簡単に出来るわ!」


 ゼノビアは楽しそうに微笑むと、その場でクルリと一回りする。それはまるで夢見る乙女のような仕草だったが、その口からは猛毒が吐き出された。


「私は魔王国や世界に影響力を持つ”御夫人会”に入り、その力を手中に収めるの…そして魔王国の王族や夫人、その子息を片っ端から毒殺するわ!そうすれば帝国が魔王国を吸収して、再び世界の覇権を手に入れられる!!母が帝国を支配したように、私は世界を支配してみせる!!!」

「あら…そんな恐ろしい計画を私なんかに話していいの?私が魔王に密告するとか考えない?」

「可笑しな事を言うのね?お前はキールホルツ家の者として死ねるし、子供達も助かるのよ?私に協力するのが当然でしょ?」


 シルフィアは顎に手を当てると瞳を閉じて長考した。そして暫くしてから半眼になり溜息を吐く。


「うん…もう聞き出せる事は無いみたいね?」

「何?まさか魔王に密告する気!?」

「ふふ、私はしないわよ?だって本人が聞いているんだもの」


 シルフィアが微笑んだ瞬間、無人だった重役椅子がコロコロと移動する。そして事務机の下からマクシムが這い出してきた。その顔には何も表情を浮かべず、ガラス玉のような瞳をゼノビアに向けた。

 その姿にゼノビアは怯んだが、すぐさま笑顔を浮かべお辞儀をする。


「これは魔王様、ご機嫌麗しゅう。まさかこのような形でお目に掛かるとは思いませんでしたわ。本当ならちゃんとした手順を踏んで、そこの下賤な者の生まれをお知らせしようと思っていましたの。しかし知られたのなら話が早いですわ。名前を呼ぶのも汚らわしい、そのシルフィアという女は娼婦の娘です。皇族の血が入っているものの魔王様には相応しくありません。すぐさま子息らも一緒に処刑してください。そして私を王太子の正妃として迎えなさい。さすれば低俗な魔族にも高貴な血が入りますわ!さぁ、快諾の証としてこの手を取るのです!」


 調子を取り戻したゼノビアは口上を述べると、優雅に左手の甲を差し出した。もしここが舞踏会なら微笑ましい光景となっただっただろう。

 マクシムは事務机を迂回するとゼノビアの前に立った。そして姿勢を下げる事無くゼノビアの左手首を左手で掴むと、右手でゼノビアの小指の先を摘まんだ。


「ふん、どうやら低俗な魔族にはハンドキスの習慣は難しかったようでギャァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 ゼノビアは大きな叫び声をあげるとその場で暴れ出した。しかしマクシムに手首を掴まれているので逃げる事も出来ない。

 マクシムが無表情のままゼノビアの小指の末節骨を粉砕したのだ。


「こ、こんな事が許されると思ギャァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「知能の低い者、身の程を知らぬ者、礼法のなっていない者…そんな者は貴族の中にも存在する。俺はそれらに一々腹を立てるような浅慮ではない」


 マクシムはそのまま小指の中節骨も粉砕する。それは単純な破砕でなく、何度も何度も丹念に摘まみ潰し、骨の感触が無くなるまで続けた。そして同様に基節骨まで粉砕すると、ようやくマクシムがその手を放す。ゼノビアの小指はパンパンに膨れ、少し伸び、まるで茹で上がったばかりの腸詰を連想させた。


 ゼノビアはその場に崩れ落ち、その眼は焦点があってなかった。失禁したのかスカートの下には水たまりが見え、匂いからするとどうやら小便だけではないと推測できる。

 マクシムは無表情のままそれを見下し、さらに口を開いた。


「他国からの挑発行為にも、戦争行為にも慣れている。たとえ愛国的な兵士が戦場で息絶えようが、侵略され国民が暴行されようが、俺は感情的にはならない。感情は正常な判断を阻害し、終わりなき闘争へと続くからだ。相応の報い以上に加虐行為をするつもりはない」


 マクシムはゼノビアを蹴飛ばし、その右足を踏みつけ、躊躇なく踏み抜く。


「たとえ俺の子供が、王太子が、夫人達が殺されようが、俺の喉元に刃物が付きつけられようが、俺は感情的にはならない。それが王だからだ。だが今回は違う」


 マクシムはゼノビアの末端から丹念に踏み潰してゆく。骨が細かく砕ける様に、皮膚が破けて血が流れないように、それこそ細心の注意を払ってゆっくりと踏み潰してゆく。


「貴様はシルフィアを殺そうとした。俺の最愛の女を殺そうとした。これは王による執行ではない。ただの男の怒りだ。俺は貴様を許さないし、その存在自体を認めない」


 ゼノビアの四肢に砕く場所がなくなった事を確認すると、マクシムは一息ついてシルフィアを見た。その瞳には強い意志と、燻る様な殺意が入っている。

 しかしシルフィアの表情は穏やかだった。


「シルフィア…俺は俺の怒りのまま敵を潰した。後悔は無いが…俺は王には向いていないのだろうか…」


 怒りに震えるマクシムを、シルフィアは優しく抱きしめる。


「マクシム…マクシムは一人の男として私を守ってくれた。私はそれを頼もしく思うわ。もしマクシムが殺されそうになったら、私も同じ…ううん、きっと相手を殺しちゃうと思う。よく自制したわね、マクシム」

「ふむ、これは王としての施政だ。この者の証言が必要になるかもしれない…そうなのだろう?」

「ふふ…マクシムは王に向いてると思うわよ?」


 そう言って微笑んだシルフィアは虫の息のゼノビアに近寄り、しゃがみ込んで話しかけた。


「聞こえてないだろうけど言っておくわ。()()()()()。御夫人会でも帝国の攻略については頭を悩ませていたんだけど、貴女のお陰で良い切っ掛けが出来たわ。第三夫人暗殺未遂、毒入りワインの物証、そして魔王様が直々に確認したんだもの…誤魔化しようは無いわね」

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