童貞魔王と第四皇女:その8…帝国からの留学生(1)
「それでは新たな港湾の建設に際し、高等部の有志が参加されるというのですか?」
「そうです、港湾建設には地上・海中において様々な技術が使用されます。そして新たな港湾は今後の交易にも影響しますので、学生達は地上の建設・海中の浚渫・物流・経済学を実地で学ぶことが出来ます。それぞれの分野に適した種族が協力し合える事で、新たな発見もありましょう」
「おぉ…まさしくゴウディン学園の強みですな!」
感嘆の声を上げる役員に、女性は自信に溢れた笑顔を向けた。
「これからは王族に連なる者のみならず、魔王国民…ひいては友好国の留学生も役職に就く事になります。その為には実際に現場で経験する事も大切です」
「学園長の言う通りですな!では早速、学園にて有志を募る事に致しましょう!」
役員は書類を抱えると学園長室を後にした。
学園長は重役椅子から立ち上がると老眼鏡を外し、窓の外に広がる海を眺める。
「…ふう…建前はこんなもんでしょ…ふんぞり返る王族じゃなく、きちんと考えて動ける息子達に育てなきゃね……」
その時、扉をノックする音が聞こえる。その音は強く、叩いた者が頑強である事を想像させた。
その者は学園長の許可を得る事無く扉を開ける。
「ふむ、忙しそうだな?」
「あら、マクシム…1か月ぶりぐらいかしら?お元気そうで何よりね」
「ふ…そういうシルフィアこそ、学園長が板についてきたようだな?」
大ゴウディン魔王国王第三夫人、シルフィア・ゴウディン。
18人の子宝に恵まれたシルフィアは、48歳の閉経を機にゴウディン学園の学園長へと就任した。閉経後も関係を持ちたがるマクシムから離れる為にシルフィア自らが志願したのだ。マクシムの交合は公務とも言えるので、それを無駄にする訳にはいかないのだ。
しかしマクシムは理由を作っては学園を訪れ、その夜はシルフィアとの交合を楽しんだ。鍛錬を続けているシルフィアも脂が乗っており、公務ではなくスキンシップの一つとしてマクシムを受け入れている。それは50歳になった今でも変わらない。
ゴウディン学園はマクシムの子供達である王子・王女263人を教育するために設立されたが、シルフィアの意向で魔王国内の貴族子女や優秀な市民、また友好国の留学生などを受け入れ、今では1000人を超える学生が在籍している。その種族の多様性から問題も起こるが、異文化交流がもたらす利益の方が大きく、魔王国のみならず友好国内でも学園の存在意義は高く評価されていた。それぞれの種が短所を補い長所を生かす事で、その相乗効果は凄まじいものがあるのだ。今では卒業生が研究を続ける為の学院まで作られ、そこでの有益な研究成果は友好国内で共有された。これにより友好国の技術は飛躍的に進歩し大きな利益を上げている。ちなみに学院の院長はデモイラ・ゴウディン正妃の長子で29歳のアウロニス・ゴウディン王太子である。
「私はお飾りみたいな者だから、あまり役には立ってないけどね」
「そんな事は無い。少なくともここでは貴族の派閥は存在しない。それは第三夫人であり公平なシルフィアが居るお陰だ。ここで学んだ生徒は血筋よりも才覚だと気付いているし、種族すら超えて協力し合えている。文化交流の最先端と言っても過言ではないだろう」
「ふふ、褒め過ぎだって…ところで、おべんちゃらを言う為に来たのかしら?」
マクシムは微笑むと、窓際に移動してシルフィアを抱き寄せた。シルフィアも抵抗することなくマクシムの腕の中に納まる。
「もちろん、シルフィアに会いに来たのだ」
「あら嬉しい!こんなオバサンになっても御世辞は嬉しいものね」
「世辞ではない!…俺は他の夫人より、国より、子供達より…お前の事を必要としているんだ…」
「マクシム、王様がそんな事を言っちゃ駄目よ?」
「お前の前に居るのは魔王ではない…ただの男だ…お前が欲しくて仕方がない…な?」
「ふふふ…そんな事を言われたら、夜まで我慢できないじゃない…」
「シルフィア…」
「マクシム…」
コンコン
「失礼いたします。学園長はいらっしゃいますか?」
ノックの音にシルフィアとマクシムは慌てふためく。しかしその顔には笑みが浮かび、隠れる場所を探すのも楽しそうだった。今の二人にとって昼間の校長室や急な来訪者は情事を楽しむ為のスパイスでしかないのだ。
マクシムは急いで事務机の下に大きな体を畳み込むと、シルフィアは椅子に座って平静を装った。
「……ん……オホン……私なら在室していますよ?」
「失礼します」
声の主はシルフィアの同意を得ぬまま扉を開ける。そこには人類種の女性が立っていた。女性は20歳前で長い金髪をツインテールにし、整った顔には挑発的な表情が浮かんでいた。学生服を着ている事から学園の生徒である事が推測できるのだが、その手には似つかわしくないワインボトルを抱えている。
女性は探るように部屋を見渡し、シルフィアが一人である事を確認すると唇の端を歪ませた。
「……入室する際には許可を取った方が宜しくてよ?礼法は学んでいるのかしら?」
「これは失礼…何分、高貴でない者への礼儀は学んでおりませんので」
女性はそのまま許可を得ずに入室し、後ろ手で扉を閉めて施錠する。
シルフィアは少しだけ警戒したが、その立ち振る舞いから暗殺者でないと判断した。女性の体幹が微妙にズレており、どうみても機敏な動きは出来そうになかったからだ。シルフィアが行っている鍛錬法の中には拳闘体操も含まれており、目の前の女性なら簡単にねじ伏せられると断定し緊張を解く。
シルフィアはいつでも立ち上がれるように事務机に肘を突き、目の前の女性を睨みつけた。
「…後で指導をしてもらいますので、学科と学年、そして名前を名乗りなさい」
「ふん、ここでの地位なんて意味が無いわ…けど仕方ないから名前だけは名乗ってあげる!」
女性はツインテールを揺らしながら胸を張ると、シルフィアを見下しながら口を開いた。
「私はゼノビア・キールホルツ!神聖キールホルツ帝国の第一皇女にして、母である女帝メッサリーナから全権を任された者よ!」
「メッサリーナ…あぁ、あの第六皇女か…」
シルフィアは半眼になり、ゼノビアを睨みながらメッサリーナを思い出す。
6歳年下のメッサリーナは側室の子女として幼い頃より皇室に在籍していたが、閉鎖された環境で育った為なのか性格が歪んでいた。縁故主義であり血の濃さだけで人を判断し、王族以外の者を見下していたのだ。私が娼館の出だと知ると汚物のように私を避け、私に聞こえる様に空嘔吐をしていた。他の皇女と違い陰湿ではなかったが、絶対に好きになれない人物だ。
シルフィアが魔王国に輿入れした後のメッサリーナについては判らないが、20年ほど前に女帝になったと聞いていた。マクシムによると継承権の上位に居た第一から第五皇女、そしてその子息も全て亡くなったらしい。つまりキールホルツの皇族で残っているのはシルフィアとメッサリーナの血筋だけとなった。
「…つまり、貴女は私の姪に当たる訳ね…」
「姪と思うな、汚らわしい!同じ皇族の血が流れているかと思うと吐きそうだわ!」
「で、その高貴なるお方が何の用かしら?」
シルフィアはあえて逆撫でするように微笑み、侮蔑を含んだ視線でゼノビアを見た。しかしゼノビアは豪胆なのか、それとも人の表情を読まないのか、微笑みながらシルフィアに近付いた。
「では高貴なる私から下賤なるシルフィアに命令します。私とアウロニス・ゴウディン王太子を引き合わせ、政略結婚の手筈を整えなさい!」




