水の味
「水の味って、どんな味?」
ある日、唐突にも友達がそう聞いてきた。
化け物の動画を見せられたあとにそんな質問をされたもので、その言葉を咀嚼するのにそれなりの時間がかかる。
ようやく理解したあと、俺は一般人の当たり前の見解を述べる。
「そりゃ、無味だろ。味はしない」
当然だ。水は水素と酸素以外の元素は入っていなく、市販水のラベルを見ても大体「原材料:水」としか書かれていないのだから。
当然のことを言ったと思ったのだが、友達は「ふーん」とどこか含ませたように言い、どこかに行ってしまった。
「何だったんだ……?」
そう首を傾げるも他人が他人の考えなど分かるはずもなく、俺は「いっか」と割り切って家に帰った。
なぜ、友達はそんなことを聞いたのか。それは、数日後に知ることとなる。
いつものように、友達はそこにいた。
俺は声を掛ける。
「おはよ、今日も暑いな」
「そうだね」
一言二言交わして、俺はそいつの隣に座る。
「そういえば、この前言った小説の続巻、出たってよ。時間あったら買いに行こうぜ。」
「そうだね」
俺は手持ちの水入りペットボトルのキャップを開け、それを飲む。
そこで、数日前の会話を思い出す。
「あ、そういえばお前、この間水の話したよな。水は何味かって」
「そうだね」
友達の返事に違和感を覚えながらも、いつもこんな感じかと割り切って話を続ける。
「水って、含まれるミネラル成分とか硬度とか、あとなんだっけな。忘れたけど、そういうのが起因になって味が決まるらしいよ。不思議だよな」
「そうだね」
そろそろ心配してきて、俺は俯いている友達に話しかける。
「おい、大丈夫か? もしかして熱中症でも」
顔をのぞき込んだ、そのとき。
時が止まった。
そこにあったのはいつもの友達の顔ではなく、
明らかに違う、ナニカの顔だった。
「お、おお、は、おま、お、お、お前……」
うまく言葉が出せず、俺は思わず後ずさって椅子から落ちてしまう。
「う、おい、う、嘘だろ……?」
俺はその顔に、見覚えがあった。
「前に、お、お前が見せてくれた動画の……」
そう、数日前水の話をする前に見せてくれた、動画の化け物の顔だった。
思えばあの動画は、明らかにスマホのカメラロールに保存してあるような形式の動画だった。動画投稿サイトの動画では、なかった。
化け物の顔をした友達が、俺をギロリと睨む。
「あ、あああ……」
怖がっていた。俺は、完全に怖がっていた。
その化け物に怖がっているのではない。友達が、その化け物だったという事実に怖がってた。
「なん、で……」
ゆっくりと立ち上がり、もう友達ではなくなってしまったそいつはこっちへ歩いてくる。
「お前は、化け物だったのか……」
至近距離に化け物が迫ったとき、俺はそう思った。
思えば、そのような言動も少なからずあったような気もしなくもなかった。
突然「人肉食べてーな」とか言い出したり、「この鉄パイプって輪切りにできるかな」みたいな。意味が分からない言動を、少なからず言っていた。
「水の味、ね……」
その化け物もきっと、水を欲しがっている。だから、水の話なんてしてきたんだろう。
それに。思えば、こいつは俺の前で水を飲んだことがなかった。
化け物が俺の頭に手を伸ばす。
「俺は……。水では、ないよ」
そう言っても、そいつは手を伸ばすことをやめなかった。
「……そうか。お前は、本当は」
—―—―血の味を、知りたかったんだな。
最後にそう思い、俺は意識を絶たれた。
「血の味」
化け物はそう言いながら、誰もいない路地を一人歩く。
その片手には、もともと友達だったはずの誰かの死体が、持たれていた。
「…………。うまく、なかった」
化け物は、その死体を花畑の真ん中に置いた。
きれいな花畑だった。色とりどりの花があり、その一つ一つが光って見える。そんな、花畑。
だが、その死体を置いた直後、花畑は一変した。
全ての花が、一つ残らず赤く染め上げられていった。空も、全てが赤く染め上げられる。
そして、その死体は塵になって消えていった。
「…………ごめん」
そう言って、化け物は花畑にゆっくりと背を向けて歩き出す。
「次は、本物の水の味を」
いや。
本物の血の味を、求めて。
化け物は、消えていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今回は「小説家になろう」公式の企画、夏のホラー2025応募作品です。
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改めて、最後まで読んでくださりありがとうございました。