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遅刻

作者: 風風風虱

 これは僕が小学生高学年の頃の話だ。

 当時、いや、今でもそうではあるのだけれど、朝がすこぶる苦手で、遅刻の常習者だった。

 週に1回位は始業のチャイムを聞きながら廊下を全力疾走して教室に飛び込んだものだ。その内5回か6回に1回は出席に間に合わなかった。

 すると、『和田君は遅刻です。次は頑張って間に合うようにしてください』と担任の先生は出席簿をパタンと閉じて、決まってそう言うのだった。

 僕は僕で恥ずかしさで耳まで真っ赤にさせて、もうしないぞと誓うのだけれど、結局次の日にも同じことの繰り返しで、遅刻の癖は一向に治ることはなかった。

 

 ある時、僕は夢を見た。


 教室に向かって一生懸命に走っている夢だ。

 不思議なことに、何故だか教室では先生が出席を取っているのも分かった。


『安藤君』  『はい』

『伊藤さん』 『はい』


 先生が順番に名前を呼び、みんなが返事を返していく。

 どんどん自分の番が近づいてくる。

 僕は自分の名前が呼ばれる前になんとか教室に入ろうと必死に走るのだ。

 それで、ようやく扉に手を触れた時、パタンと出席簿の閉じられる音がした。

 

 間に合わなかった。


 そう後悔しながらおずおずと教室に入ると、先生だけではなく教室のみんなが僕の方をじっと見つめていた。

 これにはちょっぴり驚いた。

 なぜだか分からないけどみんな、少し怒っているようだった。


『和田君は今日も遅刻ですか。

まあ、1人ぐらい良いでしょう。残りの人たちは後2週間ですので悔いのないように過ごしてください』


 なんだかわけの分からないことを言っているなと思いながら先生の顔を見ると、当然先生の頬がドロリと溶けた。

 あっと思ってみていると、まるで火で炙ったチーズのように溶けてポタポタと机に滴り落ちていく。その内ポロッと目玉が転がり落ちて、床で2度、3度と跳ねた。

 その頃には頬の肉はすべて溶け、骸骨のような顔になった先生が歯をがたがた言わせながら金切り声でケタケタと笑い始めた。


「うわっ!」 


 悲鳴を上げ、布団の中で目が覚めた。


 夢だった。

窓 の外はまだ暗かったので、もう一度寝たら今度は寝坊して遅刻した。

 その時は正夢だったのか、と思った。

 もちろん先生は骸骨みたいになったりはしなかったけど……


 それから2週間たった。

 朝起きるとひどい熱だった。

 喉や体の節々がいたかった。インフルエンザにかかったのだ。

 運の悪いことにその日は修学旅行の初日だった。

 当然僕は行けなかった。

 熱でぼぅとした頭で自分の運の悪さを呪ったものだ。

 だけど、次の日、僕たちのクラスが事故を起こしたというニュースが飛び込んできた。

 急な豪雨で見舞われ、土砂崩れに巻き込まれ崖に転落したそうだ。

 バスに乗っていた人は全員死亡。

 つまり、クラスで生き残ったのは僕1人だった。


『残りの人たちは後2週間ですので悔いのないように過ごしてください』


 夢の中で先生が言った言葉の意味が分かった気がした。

 僕は遅刻したお蔭で助かったのだと思う。

 人間なにが幸いするか分からない。

 自分はなんて運が良かったんだろう。

 これからはみんなの分もしっかり生きていこう。そう思った。

 

「和田君……和田君」


 その後、僕の人生は至って普通で、中学生になり、高校、大学へ行き、社会人になった。

 

「和田君…… 和田……」


 そんなある時、また夢を見るようになった。


 学校の教室で、小学生が座る小さな椅子に窮屈そうに座っている夢だ。


「わぁだぁ」

「わぁーだぁ!」

「返事しろぉよぉ~、和田ってば」

 

 だから、僕はみんなの分まで生きるんだって、それがみんなが望んでいることだって思っていたんだ。本当だとも!

 

「和田く~ん」

「和田ぁ!」

「和田、和田、和田、わだぁ! へんじしろぉ~」


 僕は小学校の教室で今にも転げ落ちそうな小さな椅子に懸命にしがみつきながら座っている。そんな夢だ。

 教室には、みんな、修学旅行で死んでしまったクラスメートたち、がいて僕の名前を呼んでいる。


「和田~ 和田く~ん 返事してよぉ」

「和田ったら和田ったら和田ったら和田」


 彼らはずっと僕の名前を呼び続け、僕の返事を求めている。

 骨だけになった顔を僕の方に向けて。洞穴のような眼窩にはほの暗い嫉妬と憎悪の炎がじくじくとくすぶっているのを感じる。いくら目を伏せ、耳を塞いでも彼らの声は止められない。彼らは僕が自分たちと同じところにくることを熱望しているんだ。

 僕が返事をするまで許してはくれない。

 でも返事をしたら、してしまったら……

 僕は固く口を引き結び、なにも聞こえないふりをする。それで必死に夢が覚めるのを待つんだ。

 体感的何十時か耐え抜くと夢から目を覚ます。

 だけど、心底疲労する。寝た気がしない。こんなのが毎夜毎夜と繰り返されるとさすがに気が変になる。


「和田!」

「わだく~ん、返事してぇ~」


 だんだん頭の芯がぼうっとして、思わず返事をしそうになる。

 それに最近はなんかどうでも良くなって返事をしてしまおうかと思う自分が生まれ始めていた。


「和田君 和田く~ん、いるんでしょう?

返事し~てぇ」


 ああ、そうだ。僕はここにいるよ


 僕はごくりと唾を飲み込み。口を開く。

 そして……息を吐きだす。

 もうどうとでもなればいい。


「和田君」

「は…………」


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