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歯切れの悪い父親の返事にジレジレしていたら、いつの間にか春は過ぎ、夏の気配を感じるようになった。
それでも変わらず引きこもる日々が続く中、リュリーティスに望まぬ再婚話が持ち上がってしまった。
リュリーティスの二度目の夫になる予定の男は、妻に先立たれた70をとうに過ぎた老人だった。
由緒正しい家柄の相手とはいえ、既に孫が8人もいるような男の後家になるなんて、あんまりである。
最初は、引きこもり続ける自分に向けてのタチの悪い冗談かと思った。もしくは荒療治かと。しかし執務室に呼びつけた父親の目は本気だった。
「すまない、リュリーティス。エルシーの縁談がまとまりそうなんだ。姉が家にいるのに、妹が先に嫁ぐのは体裁が悪い。ここは妹のためにも、もう一度嫁いでくれ」
そう告げた父親の顔色は、どす黒く、目の下には隈もあった。悩みに悩んだ末に下した結論だというのは、訊かなくてもわかる。
つい最近、誕生日を迎えたばかりのリュリーティスは、離婚歴があるとはいえ、まだ19歳。
大人になりきれていないリュリーティスの頭の中は、手が付けられないほど混乱を起こしている。
末っ子のエルシーが可愛いのはわかるけど、こんな仕打ちはアリ!?
あと、70過ぎた老人が再婚したいだなんて正気か!?
何より、修道女になる話はどこへ行った!?
そんな疑問と、不満と、戸惑いは、言葉にしなくてもしっかりと顔に出ていたのだろう。
リュリーティスの父親は、オホンとわざとらしい咳ばらいをして口を開いた。
「えっとな……ラフェチ卿はお前の過去を全て受け入れると言ってくださったんだ。既に家督はご子息が継ぎ、今は隠居なさっておられるから社交界にも出なくていい。それに、大切にしてくださるとお約束までいただいた。だから何も心配しなくていい。安心して嫁ぎなさい」
安心できる要素どこに?と、リュリーティスは首を傾げる。
「お父様のおっしゃりたいことはわかりましたが……そもそもわたくしが修道女になれば、問題ないのでは?」
離婚した女性が修道女になるのは、珍しいことではない。むしろ、美徳とされている。
政治の駒として娘を再婚させず、修道女の道を選ばせることができるのは、家門の財力が安定している証でもあるので、エルシーの縁談には何ら影響はない。
そういった理由もあって、リュリーティスは修道女になろうと決意した。
しかし父親が曖昧な返答しかせず、一方的に再婚話を押し付けたのは、彼なりの理由があった。
「駄目だ!お前の気持ちを尊重しようとしたが、やっぱり駄目だ!儂は、絶対に認めない!!」
「え?……と、どうしてですか!?」
「だって、お前が修道女になってしまったら、もう二度と会えないじゃないか!!」
窓ガラスが割れるような叫び声を受けて、リュリーティスは唖然とした。感極まってグズグズ泣き出す父親にも、若干引いてしまう。
嫁ぎ先から逃げ戻った直後は激怒していた父親だが、愛情深く、大切に思ってくれていることはわかっていたし、感謝もしている。
だがしかし、こんな子供じみた理由で再婚話をゴリ押しされた事実を知ってしまった今、リュリーティスは父親に向け、どんな顔をすればいいのかわからなかった。