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それから季節は流れ、雪が解けて春になった。
小鳥がさえずり、若葉が芽吹いても、リュリーティスはどこにも外出することはせず、自室に引きこもる日々が続いた。
年が明け、16歳の誕生日を迎えたエルシーは、間近に迫ったデビュタントの準備で忙しい。
母親は、アクセサリーとドレスを爆買いしたので、両親の不仲はまあまあ解消された。
世間は庶子である第二王子の結婚相手が誰なのかという話題で盛り上がり、結婚生活一日で離婚したリュリーティスへの関心は薄れていった。
それでもリュリーティスは、外出することを拒み、自室に引きこもり続け──季節は夏を迎えた。
「……海が見えるところがいいかしら?それとも、見晴らしの良い丘がいいかしら?雪に閉ざされた最北の地も捨てがたいわ」
独り言を呟きながら、リュリーティスは本のページをめくり続ける。一見、娯楽小説のような綺麗な装丁だが、実はこの本は「リュノ国に点在する修道院リスト」である。
これ以上ないほど惨めな離婚をしたリュリーティスは、もう誰かの妻にはなりたくなかった。修道女となり、ひっそりと余生を送りたいと切実に願っている。
春の終わりに、妹のエルシーは無事にデビュタントを終えた。持ち前の明るさと、末っ子特有の賢さで、夏を迎えた今では社交界でキラキラ輝いているらしい。
最近の妹の口癖は『わたくし、お姉さまのような結婚はしたくない』だ。
まだ傷心中の姉に向かって堂々と口にするのはどうかと思うが、否定はできないし、リュリーティスとて自分と同じ轍は踏んでほしくない。
やれ茶会だ、舞踏会だと、毎日のように着飾って出かけるエルシーの目標は、”いいお婿を探すこと”。
これまで末っ子のワガママ気質で愛されてきたけれど、最近は「くぅぅー」と呻きたくなるほどのあざとさを身に着けてしまったので、近い将来、素晴らしい婿を自力で捕まえるだろう。
「だからもう、何も……心配することなんてないわよね……」
ずっと淑女の手本のようになれと教育されてきたリュリーティスは、本を投げ出しベッドに倒れこむ。
瞼に浮かぶのは、質素な修道服を身にまとい畑仕事に勤しむ未来の自分の姿。思いのほか悪くない。
「お父様には、そろそろ打ち明けようかしら」
未だメルヘン気質の母親は、絶対に泣いて止めるだろう。こういう話は、全ての決定権を持つ父親に直談判するのが手っ取り早い。
しかも幸いなことに、領地運営と書記官補佐を兼任している多忙な父親が、今日に限って屋敷にいる。
「この機会を逃したら、いつになるかわからないわよね……そうよ、ちゃっとお話して、ささっと荷造りしてしまいましょう!」
ベッドから勢い良く身を起こしたリュリーティスは、善は急げとばかりに父親の書斎へと向かった。
しかし、そんなささやかな願いですら、バツイチ令嬢には過ぎたるものだった。
「ちょっと考えさせてくれ」
そんな曖昧な返事しか父からはもらえず、時間だけが過ぎていった。