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心身ともに疲れ果ててしまったリュリーティスだが、そもそも家門に泥を塗ったのも、一生消えないトラウマを植え付けたのも全てローヴィスだ。
それなのにローヴィスは、あっさり離婚に同意したものの、謝罪もなければ、ママのおっぱいにむしゃぶりついていたことも頑なに否定した。
見間違いだ。そんな事実は一切ない。
もしかして、変な薬でも飲んでたのかな?
大丈夫?良かったら、いい病院を紹介するよ?
離婚の手続きで、カノナ邸に訪れた父親とリュリーティスに向け、ローヴィスはヘラヘラ笑いながらそう言った。
彼は十人並みの容姿だが、外面だけはいい。社交界では紳士と称され、婚約中、ヴァヴェ家は誰一人、彼の性根の悪さを見抜くことができなかった。
しかしローヴィスは、もう隠す必要がないと判断したのだろう。
己の非は一切認めず、あろうことかリュリーティスを薬中毒者扱いした。
そんな彼の顔面が崩れるほど張り手をしなかったのは、リュリーティスがなんだかんだ言って彼を好きだったからじゃない。
父親に羽交い締めにされ、したくてもできなかったのだ。
ああ、やっぱりあの時、殴っておけばよかった。
「お願いです、お父様!どうかこの最低激キモマザコン男を殴らせてくだませ!!」
「駄目だっ。耐えろ、耐えるんだリュリーティス!そんなことをしても、意味がない!お前の手が痛むだけだ!」
「それでも、わたくし……!」
青ざめる父親と人生初めて悔し涙を流す娘が揉み合っていても、ローヴィスは涼しい顔で茶を啜っている。
それからどれくらい時間が経っただろうか。気力体力ともに尽き果て、リュリーティスが床に倒れこんだのを機に、ローヴィスはゆっくりと立ち上がった。
「気が済んだかい?それでは僕は、失礼させていただくよ。いやぁー随分楽しいものを観させてもらった、ありがとう。あ、見学料代わりに、特別にそちらが我が家門に贈った持参金は、そっくりそのまま差し上げましょう。では、お達者で!あっはっはっ」
高笑いしながら背を向けたローヴィスは、約束通り持参金は返金したが、リュリーティスの失った名誉と矜持は返してくれなかった。
あまりのローヴィスの態度に一度は領地戦も辞さないと鼻息を荒くさせた両親だったが、今年15歳になるリュリーティスの妹エルシーは、デビュタントを控えている
「領地戦で負けたら、最悪のデビュタントになっちゃう!!」
自慢ではないが、ヴァヴェ家は騎士団を所有しておらず、戦ごとに関してはめっぽう弱い。
対してカノナ家は代々騎士の家系で、国内屈指の騎士団を持っている。
そんな相手に領地戦を挑んだところで、惨敗するのは火を見るより明らかだ。
デビュタントを心待ちにしているエルシーにとっては、絶対に避けたいだろう。
華やかなデビュタントを飾ることができたリュリーティスは、エルシーのその主張に何の反論もできなかった。両親も同様に。
そのため領地戦計画は、家族会議をするまでもなく、闇に葬られることになった。