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ドアの隙間からそっと覗いた先は、灯りを落とした誰かの寝室だった。
ハイクラスのベッドで、赤茶色の髪を持つ若い男が、同じく波打つ赤茶色の髪を緩く纏めた年嵩の女性に抱きついている。
薄い寝間着姿のこの二人が誰なのか、リュリーティスは知っている。
夫であるローヴィスと、義母アリアーテだ。
「……ママ、嫌だよぅ。僕ちん、他の女のおっぱいなんてしゃぶりたくないよ……ママがいい。ママのおっぱいじゃなきゃ、嫌だ!!」
は? 何言ってるの??
「あらあら駄目よ、僕ちゃん。今日は、ママのおっぱいじゃなく、あの子のおっぱいをおしゃぶりしないと」
え? わたくし、おっぱいしゃぶられるの??
リュノ国における淑女の性教育は、とてもふわっとしている。
「初夜ではじっとして、ただひたすら夫に身を任せること」
夫婦の営みの指南書には、それだけしか書かれておらず、ほとんどの貴族女性は、その程度の性知識だけで嫁いでいく。
例にもれず、リュリーティスもそうだった。
天蓋付きのベッドに仰向けになり、模様を目線でなぞっていれば、あっという間に事が終わると思っていた。
しかし、ドアの隙間から見えた夫ローヴィスは、義理の母親であるマルガリータの乳房に顔をうずめている。
「いやだよぅ。あんな青臭いおっぱいなんか、嫌だ!僕ちん、ママのじゃないと嫌だ!!」
「まぁ、こまった僕ちゃんだこと」
肩をすくめるアリアーテだが、その表情はまんざらでもない。
過去の一度も、リュリーティスは異性の前で胸をさらけ出したことはない。それなのに、勝手に選定され、ランク付けをされている。
この事実が受け止めきれず、リュリーティスは一瞬意識が遠のいた。
しかし、己の肩にのしかかった責務のおかげで、何とか意識を保つことができたが、平常心は保てない。
眼前に広がる光景は、母犬が子犬に乳を与えるようなものではなく、なんかこう……音も加わり生々しい。
血の繋がった実の母と息子が織りなす卑猥な行為は、容赦なくリュリーティスの頭に大人の知識を押し込んでいく。
あんあんと恍惚の表情を浮かべて、よがる義理の母。
卑猥な音を立てて、母親のおっぱいをむしゃぶりつく夫。
性の知識が豊富な女性ですら、この光景を見続けるのはかなりキツイ。まして、バージンのリュリーティスにとったら、もはや拷問の域である。
「……む、無理。わたくしには……絶対に、無理……こんなことできないわ!」
この男に、自分の胸を差し出すことも。
この男と、夫婦でいることも。
ぶるぶると首を横に振ったリュリーティスは、貴族としての誇りも、妻としての忍耐力も放棄して、屋敷の外に飛び出した。
そして運よく見つけた厩から勝手に馬を拝借して、実家へと逃げ帰った。
ボーン、ボーンと王都の広場にある時計台が時刻を告げる。
日付が変わった瞬間、リュリーティスの結婚生活も幕を閉じた。