虐げられた聖女様の『はじめて』ばかりの異世界日記~散々な扱いを受けて死んでしまった聖女に転生したので、全てを見捨てて代わりに最高の幸福を掴んで見せます!~
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目覚めた瞬間、この体が私のものではないと分かった。
長い銀髪が風に揺れる。やせた細い腕、真っ白な指先。
「えっ……?」
若い女の子のか細い声が、自分の口から漏れた。
これは夢? それとも――
ふと足下を見ると、一冊の分厚い本が落ちていた。
『リスティアのはじめて日記』
そう題された一冊の日記帳。
土ぼこりを被った高級そうな皮のカバーが取り付けられたそれは、少し分厚い文庫本ほどの大きさで持ち歩くにはちょうどよさそうだ。
手触りもよく、おしゃれだ。だけどこれは私のじゃない。
しかし私は恐る恐るカバーの淵に手をかけ、ゆっくりと日記帳を開いていった。
♢♢♢
今日ははじめて日記というものを書いてみようと思います。
だけどわたし、今まで日記なんて書いたことがないのでどんなことを書けばいいのかさっぱり分かりません。
この日記帳をくれたおじいさんは、わたしが書きたいと思ったことを書けばいいんだよって言っていたけれど、わたしが書きたい事ってなんだろう……
でも日記は毎日書く事が大事っておじいさんが言っていたから、明日も何か書いてみようと思います!
♢♢♢
そう、可愛らしい文字で記されていた。
見た事のない文字のはずなのに、何故か私の頭には日本語でしっかりと意訳された内容が入ってくる。
日記帳をプレゼントされた小さな子供が、とりあえず何か書いてみたかったけど何を書いたらいいか分からない。
そんな微笑ましい情景が浮かんでくる。
だが、次のページでは……
♢♢♢
日記二日目です! 今日はちょっと体の調子が悪いです。
だけど聖女様のお仕事は最後まで頑張りました!
お仕事はとっても大変で逃げ出したいなって思っちゃうけど、みんなが笑顔でありがとうって言ってくれるのが嬉しくてもっともっと頑張ろうって思いました。
これからとっても苦しい魔力補給の時間だけど、明日も頑張るためにはやらなきゃいけないので頑張って我慢します。
ちなみにわたしのお仕事は死んじゃいそうなくらい重いけがや病気を負った人を、魔法で治してあげることです。
みんなはわたしのことを『奇跡の聖女様』って呼んでます。
今は怖い大人の人たちがダメって言っているけど、いつかお仕事をお休みしてお外の世界を自由に旅してみたいなって思っています。
あ、そうだ! もしいつかわたしが旅に出られた時は、この日記帳にいろんなことを書いてみたいな!
その時にこの日記帳に書けるところがあるか分からないけれど、こんなにいっぱいあるからきっと大丈夫だよね!
♢♢♢
驚いた。この女の子はもう仕事をしているんだ。
それも死にそうなほどの重傷者を魔法で治す、という医者の上位版みたいな仕事だ。
しかしこの日記帳を見る限り、かなりブラックな仕事に思えるが……
私は続きが気になってすかさずページをめくった。
♢♢♢
今日は魔物に襲われて大けがをした、わたしと同じくらいの男の子の治療をしました。
男の子のお母さんが泣きながらすごい顔でわたしに『お願いします、この子を助けてください!』って言ってきてちょっと怖かったけれど、魔法で治してあげました。
男の子もお母さんも笑顔になってわたしにお礼を言ってくれたので、わたしも嬉しくなりました。
でも、一つモヤモヤする事があります。
わたしはお母さんにもお父さんにも会ったことがなくて、教会の大人の人たちとずっと暮らしています。
だから家族ってどういうものなんだろうって聞いてみたかったけど、ちょっと聞けなさそうだったので我慢しました。
もしわたしのお母さんとお父さんがどこかにいるのなら、いつか会ってみたいなって思いました。
♢♢♢
今日は冒険者というお仕事をしている男の人の治療をしました。
わたしの治療を受けるにはたくさんのお金が必要らしいのでお客さんは貴族さんが多いんですが、どうやらその人は凄腕の冒険者らしくていっぱいお金を持っているみたいです。
お金は見た事あるけど、どうやって使うのかわたしには分かりません。
でもお金があればおいしいごはんやいろんな本とかがもらえるみたいです。
わたしも旅をするときにはいっぱいお金が欲しいなあって思いました。
それとそれと、ちょっとだけど冒険のお話を聞かせてくれてとっても面白かったです!
また来てくれたらいいなぁ……って思っちゃいました。
本当はあんな痛そうな傷は負わないほうがいいのに。わたしは悪い子かもしれません。
♢♢♢
この子の日記、読み進めていくとほとんどが自分の事か仕事中に聞いたお話についてだ。
他に書く事がない――いや、外に出られないから書く事が出来ないのか。
まるで物語の中の世界で不当に虐げられている少女のようだ。
いや、ようだではなくそのものなのか。
そして次々とページが進んでいき……
♢♢♢
今日は大人の人たちにすごく怒られちゃいました。
お仕事中に急に体が動かなくなって、お客さんの前で倒れちゃいました。
お仕事で疲れちゃって頭がぼーっとしちゃって、気づいたらベッドの上にいました。
ここ最近はずっと体が重くて辛くて、でも笑顔じゃないと怒られちゃうのでなんとか頑張っていたけれど、結局倒れちゃったことで『教会のイメージが悪くなる』と怒られちゃいました。
どうしてか分からないけど涙が止まらないので、心を落ち着かせるために日記を書いています。
わたし、いつまで頑張ればいいんだろう。
♢♢♢
……読んでいて、胸が痛む。まだページ数で言えば全体の3分の1以下なのに、何時間もずっと読み続けているかのような錯覚すら覚える。
とても子供が書く日記とは思えないほど内容が濃く、重い。
だがどうやら次のページで最後のようだ。
普段の字とは違い若干荒く書かれているが、間違いなく彼女の文字だろう。
さて、内容は……
♢♢♢
今日は大怪我を負った女の人を治療しました。
そして女の人の恋人さんが、すごく辛そうな顔をしながら、
「俺の大切な人をどうか助けてください! お金ならいくらでも出しますので! だからどうか!!」
って頭を下げていました。
どうやら恋人さんというのは、結婚する前の男の人と女の人の関係のことらしいです。
この前の親子と違ってまだ家族じゃないのに、あんなに必死になってお願いするくらい女の人を大切に想っているんだなって考えると、とっても胸が苦しくなりました。
この世界のどこかには、わたしが倒れたら泣いてくれる人がいるのかな。
お母さんもお父さんもいないなら、せめて恋人さんに出会ってみたいな。
きっと、恋人さんなら、わたしのこと幸せにしてくれるはずだから。
♢♢♢
今、とってもすごいことが起きています。
なんとわたし、今お外にいます!
あの後魔力供給を受けて倒れそうな感じで寝ようとしていてところで、昼間にわたしが治療していた旅人の女の人が突然部屋に現れてわたしを外に連れ出してくれたんです!
机がないのであんまり綺麗に書けないけれど、どうしても今書いておきたくてこうして日記帳を開いています。
その旅人さんはわたしが倒れたのを見てこのままでは危険だと考えてわたしを攫ったみたいです。
つい勢いでやってしまったと謝られましたが、むしろとっても嬉しいです!
このままだと死んじゃいそうって思うくらい苦しかったのに、今はとっても体の調子が良い気がします。
でもわたしを攫った事で追手が来るらしいので、あんまりゆっくりはしていられないみたいです。
だから続きはまた今度。ああ、明日からが楽しみだなぁ。
♢♢♢
「……」
私はそっと日記帳を閉じた。
この続きは、どこにもない。そしてもう、続きを書くべき人も恐らくいない。
私は立ち上がって、視線を上へと向けた。
そこにあったのは、断崖絶壁。
登る事も下りる事もほぼ不可能なほどのそれの前で立ち尽くす今の僕の姿はリスティア――きっと彼女のモノだろう。
長く鮮やかな銀色の髪と、成熟しきっていない痩せた体。
そして起きた時に抱きかかえていたこの日記帳。
周囲は木々に囲まれており、少なくとも私はこんな場所にはいなかったはずだ。
何故なら私は日本のとある病院で、不治の病によって永い眠りについたはずだったからだ。
少なくともこんな可愛らしい少女の体ではなかったはず。
「転生、ってやつなのかな」
うっすらと響くソプラノの声。
私の体だけど、私の体じゃない。
だから理由は分からないけど、私は地球で、彼女はこの崖に落ちてそれぞれ命を落とし、何故か私が彼女の体に乗り移って生き返ってしまった。
そう考えるべきなのだろう。
情報を得るために日記帳を読んでみたけれど、分かったのはこの女の子の不幸な境遇だけだ。
ふぅ、と軽く息を吐いて日記帳の淵をなぞる。
気づけばだんだんと日が昇ってきて、空の明るさが増していた。
あー、と軽く声を出してみるが、耳に届くのはやはり聞き馴染んだ声ではない。
自分のモノとは思えないほど細い腕を動かしてペタペタと全身を触ってみたり頬をつねったりしてみたけれど、不思議な感触とひりひりとした痛みを得ただけで夢から覚めるなんてことはなかった。
「困ったなぁ……」
よく分からない森の中で一人、放置された少女。
どこか人がいる場所へ行きたいけれど、下手に移動して迷うのも嫌だなぁ。
かといってこのままここで餓死するのも嫌だし……
そうだ、とりあえず自分の事を思い出してみよう。
前世の私の名前は三崎海里。
日本生まれの17歳。一応現役の女子高校生だったけれど、生まれつき病弱だったせいで入退院を繰り返していて普通の生活はあんまり送れていなかった。
そしてつい1年ほど前に徐々に体の機能が衰弱していくという奇病を患い、最期はもうほぼ寝たきり状態で『あっ、もう限界だ』って何となく自分で察して意識がブラックアウトした。
で、目覚めたらこのありさま。
「って、あれ?」
そう言えばこの子ってあの崖の上から落ちたんだよね。
それなのにこの体には傷一つすら見当たらない。
服には土ぼこりがついているが、痛むところはないし至って正常だ。
後今更だけど私自身、立って体を動かすなんて随分と久しぶりだった。
あまりにも違和感なく体が動くものだからすっかり忘れていた。
「あっ!」
「え?」
不意に聞こえてきた声に反応して振り返ってみると、こちらに向かって一人の男性が走ってきていた。
そして私の前でぴたりと止まって、全身をなめるように見た。
「あの、えっと……」
「良かった! 無事だったのか! もうダメって思っていたよ」
「えと、その……」
「さぁ、行こう! こんなところでじっとしていたら危ないからね!」
「あ、あの!」
手を握られ引っ張るように彼が歩き出したところで、少し力を込めて声を張って見た。
なかなか話を切り出せなかったけれど、このまま連れていかれるのは流石に怖かった。
私の声が届いたのか男性は足を止め、不思議そうな表情でこちらを見下ろしてくる。
改めてその男性を眺めてみる。
かなり癖のある明るい金色の髪。まるでアニメに出てくるようなイケメンだ。
何かの皮がベースでところどころ金属が取り付けられた軽鎧と言った服装で、とても大きな剣を背負っていることから彼が戦士であることが伺える。
「どうしたの? どこかまだ痛むの?」
「いや、あの……すみません、あなたは誰ですか?」
「……へ?」
すごく言いにくい言葉ではあったけれど、変にごまかしても仕方がないので単刀直入に聞いてしまった。
あの日記を読む限りだと、きっとこの人はリスティアを外の世界に連れ出した旅人なのだろう。
それでも一応、聞いておきたかった。
「僕だよ僕。リオン! ひょっとして、忘れちゃったの?」
「リオン、さん……すみません、何も思い出せなくて」
そう言って私が首を振ると、ベルリーゼさんはがっくりと肩を落としてしまう。
そして酷く残念そうな表情で私の顔を撫でてきた。
「そっかぁ……記憶喪失、か。あんな高いところから落ちたんだもんね。ごめんね、僕がもっと注意しておけば……」
そう言って頭を優しく撫でてくる。
悪い気分ではないが、ちょっとくすぐったい。
正確には記憶喪失ではなく全くの別人である私が乗り移ってしまったわけなのだが、それを言うとますますややこしくなってしまう。
だからこのまま記憶喪失で通すとしよう。
「本当は一からしっかりと説明してあげたいんだけれど、今ここでゆっくりするのは危険だから、とりあえず僕についてきてくれる? 信じてもらえるか分からないけど、君には危害は加えないから」
「はい、分かりました」
「僕もなんとか追手を振り切ってあなたを探していたんだけれど、いつ見つかるか分からないからね……さ、行きましょ!」
追手というのはこのリスティアと、彼女を攫ったリオンを捕まえようとする教会側の人間の事だろう。
どちらにしろ捕まったらろくな事にならないのは流石に分かる。
とりあえず、リオンさんについていってみよう。
♢♢♢
「よいしょっと、この辺でいいかな」
リオンさんは浮かせていたカバンを下ろし、そこからシートのようなものを二つ取り出して私に渡してからゆっくりと腰を下ろした。
しばらくの間森を歩き続けたお陰ですっかりあたりも暗くなっており、リオンさんが用意した焚火の明かりだけが頼りと言った状況だ。
しかも彼はマッチもライターも用いず、集めた薪に向けて何やらぶつぶつと呪文を唱えただけで火を起こして見せた。
本格的にファンタジー世界へと迷い込んできた感じが私の中で強まっている。
「さてと、近くの町は危ないからもうしばらくの間野宿で我慢してもらう事になるけど、大丈夫?」
「あ、はい。わたしは大丈夫です」
「ごめんね、何も説明しないまま長時間連れまわしちゃって。でも歩きながら話すような事じゃないと思ってね」
「いえ、大丈夫です。こちらこそごめんなさい、なんかその、いろいろと」
「あはは、君が謝る必要なんて何もないのに……ところで、その日記帳は見た?」
「はい、見ました。その、何というか……」
「分かるよ。僕も見せてもらったけれど、どういう言葉で表したらいいのか分からない。でも一つだけ言えるのは、君は――リスティアは苦しみながらも自由を夢見ていて、今回僕が無理矢理連れ出した事でその夢が叶いそうになったことを心から喜んでいた」
「…………」
それはこの日記の内容を見れば誰もが感じる事だろう。
リスティアの夢、希望、そして苦しみ。あらゆるものが記されたこの日記帳。
今までは暗い内容ばかりだったけれど、これから記されて行くのは明るい日々――のはずだった。
「最後のページ。それは逃げている途中、今みたいに少し休憩していた時に君が書いたもの。すぐに追手が近くまで来ちゃって逃げる事になったけれど、書き終わった後自慢げに僕に見せてきたのを覚えている」
「でも、その後は」
「……うん。暗くてよく見えなかったのと、あんまり外を歩き慣れていなかったから、たまたま道が途切れて崖になっていたところで君は足を滑らせて落ちてしまった」
ここまでは私の推測が当たっていたようだった。
しかし改めて聞くと、このリスティアという少女がいかに不幸だったかがよく分かる。
「僕もあの教会に通っていた一人だからね。噂を聞いて遠目に見ただけでも君が教会に酷使されて相当無理をしていたのはすぐに分かった。実際に会って見た時点でもう限界が近いのも分かったから、多少やり方は強引だったけど連れ出したんだ。でも、こんなことになっちゃうなんて……」
どういう言葉をかけたらいいのか分からない。
私の事であって私の事ではない、この複雑な状況。
ただリオンさんが酷く悲しんでいるのは分かる。
「……ああ、ごめんね。こんなこと今の君に言うべきじゃなかったよ」
「いえ……」
「とりあえずこれから先、君には僕と一緒に旅をしてほしいんだ。罪滅ぼしという訳じゃないけれど、君の記憶を取り戻す術を探すのと、君が見たかったはずの外の世界をいっぱい見せてあげたい」
どちらにしろ、私に選択権はない。
もしここで拒否をしてリオンさんと別れようものなら、私はこのよく分からない地で何もできずに力尽きてしまう事だろう。
だから私は無言で頷いて、肯定の意思を示した。
「ありがとう。それともう一つ、お願いがあるんだけど、いいかな?」
「お願いですか?」
そう言ってリオンさんは、私が片手に抱えた日記帳を指さした。
「その日記帳に、君がその日思ったことを毎日書いてほしいんだ。中身は何でもいい。何でもいいから、もし君が記憶を取り戻した時にそれまでに体験したことを感じてほしいから、お願い」
そう言ってリオンさんは私にペンを差し出した。
なるほど。
この先リスティアが戻ってくるかどうかは分からないけれど、この体を借りている私が代わりに彼女の日記の紡ぎ手となる。
日記なんて書いたことないけれど、それくらいならしてもいいかもしれない。
私は小さな手を伸ばして、そのペンを受け取った。
そして日記帳を開く。
場所はあの最期のページの次。
これから私が書く、最初のページ。
敢えて心もリスティアになり切って、頭に浮かんでくるこの見知らぬ文字で彼女らしく文章を紡いでいく。
誰かに見られても大丈夫なように、なるべく私を隠して、その上でわたしが感じた事を書いていく。
記念すべき1ページ目のタイトルはどうしよう。ここはやっぱり『はじめまして』かな。
私は深呼吸してペンを握り直した。
今までずっと病院のベッドの上で叶わなかったことが、目の前に広がっている。
自由な体、未知の世界、そしてこれから経験するであろうたくさんの『はじめて』。
そして何より、この日記をくれた少女、リスティアへの感謝を込めて――
私は日記帳に一文字ずつゆっくりと書き込んだ。
♢♢♢
『1ページ目 はじめまして』
はじめまして。
今日からはじめて日記を書いてみる事になりました。
もしリスティアさんがこの日記を見る事があったらきっと驚くだろうけど、今わたしはリスティアさんの手でこの日記を書いています。
これからあなたが書くはずだったたくさんの『はじめて』をいっぱい書いていければなと思います。
今日は、リオンさんという旅人さんとはじめての野宿をしています。
わたしは魔法というものをよく知らないので、とっても興味が湧いています。
他にも知らない事がいっぱいあるので、これから少しずついろんなことを知りたいです。
今はまだ混乱しているけれど、これから起こるいろいろな事をこの日記を通じてリスティアさんと共有できればなって思っています。
しばらくの間、この体をお借りします。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もしこのお話が面白い! 続きが読みたい!
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