風の行方:灰に染まる大地
旅の途中で立ち寄った村は、どこか異様な空気に包まれていた。人々は生気を失い、鬼の灰という禁断の粉に頼る者が増えている。迅空にとって、この問題は他人事ではなかった――かつて、彼の家族を壊したのも、同じ灰だったのだから。
乾いた風が吹きすさぶ、痩せた土地に佇む小さな村。
天衣たち三人は、旅の途中でこの村に立ち寄った。
「……なんだか、変な感じの村だな」
豪がぼそりと呟く。村人たちはみな無気力な表情で、通りを歩く者は少なく、子どもたちは怯えたような目をしていた。
ふと、路地の片隅でぐったりと倒れる男の姿が目に入る。
「おい、大丈夫か?」
天衣が駆け寄ると、男はゆっくり顔を上げた。血走った目と異様なほど乾いた唇――何かに取り憑かれたような顔つきだった。
「水……くれ……」
天衣は急いで水筒を差し出す。男は貪るように水を飲み、荒い息をつきながら呟いた。
「……“鬼の灰”が……足りねぇんだ……」
「鬼の灰?」
天衣が訝しげに尋ねると、後ろで立ち聞きしていた老婆が青ざめた顔で制した。
「よしなさい。そんな話をしてはいけません」
老婆は天衣たちをじっと見つめ、声を潜めて言った。
「この村では、あの“灰”に頼るしかない者が増えているのです……」
話を聞くうちに、天衣たちは村の異変の原因が禁断の粉「鬼の灰」にあることを知る。
貧困と絶望にあえぐ村人たちは、生きるためにそれを使い、次第に蝕まれていく。供給元は不明だが、どうやら外部の売人が村を拠点にしているらしい。
「……放っておけないな」
迅空は静かに言った。その瞳には、ただの旅人とは思えないほどの冷たい決意が宿っていた。
その夜。
天衣と豪が眠る中、迅空はひとり村の裏通りにいた。
すると、暗がりから声がした。
「久しぶりだな、迅空。こんなところで何をしている?」
現れたのは、細身で鋭い目をした男だった。
「……やはり、お前が関わっていたか」
迅空の声には鋭さが滲んでいた。
この村の「鬼の灰」の流通には、彼の知る何者かが関与していたのだ。
男は口元に薄く笑みを浮かべながら言った。
「お前の家族がどうなったか、覚えているか?」
迅空の拳が無意識に握り締められた。
鬼の灰――それは、彼の父を狂わせ、母を苦しめた毒。
父はかつて、何かに追われるように鬼の灰に手を出した。そして、次第に壊れていった。
母は生きるために身を粉にして働き、最後には倒れ、そのまま帰らなかった。
残された迅空はただ、風のように生きるしかなかった。
「お前は、まだ探しているんだろう? 例の“冠”を」
男は鋭く目を細め、言葉を続けた。
「お前の一族が代々守ってきた“天つ風の冠”。異能の真の力を覚醒させる秘宝……それが、どこにあるのか知りたくはないか?」
迅空は静かに男を睨みつけた。
「そんな話に乗ると思うか?」
しかし、男はただ薄く笑うだけだった。
「お前は知りたいはずだ。お前の力の本当の意味を」
迅空の胸の奥に、冷たい風が吹いた。
冠。剣。石碑。そして種。
それらは、異能者の歴史と未来を繋ぐ鍵。
この村での戦いは、迅空自身の過去と向き合うものになるかもしれなかった……。
迅空の過去と「鬼の灰」にまつわる因縁が明らかになりました。彼が旅を続ける理由、そして冠を探している目的が少しずつ見えてきます。次回、天衣と豪もこの事件に深く関わっていきます。