かみさまの秘密
これは、遠い昔の話。
――異能を持つ者たちが、神の名のもとに裁かれた時代。
村は燃えていた。
赤く染まった空、崩れ落ちる家々。
悲鳴と怒号が入り混じる中、私はただ立ち尽くしていた。
「お前さんは、生きなさい」
そう言ったのは、おばあちゃんだった。
彼女の手はしっかりと私の肩を掴み、優しくも強く押し出した。
「おばあちゃんは……?」
「わしは、ここで役目を果たす」
おばあちゃんの異能が輝く。
光の鎖が襲撃者たちを縛り、空間を揺るがす。
「さあ、行け!」
気がつくと、私は誰かに手を引かれ、村を走っていた。
「……!」
目が覚めたとき、そこにあったのは、焼け落ちた村の残骸だけだった。
生き残ったのは、ほんのわずか。
そして、その中に長老がいた。
「お前は、おばあの孫じゃな」
長老は、かすれた声で語る。
おばあちゃんは、本当に死んだのか。
それとも、どこかに生きているのか。
――私は、おばあちゃんを探す。
それが、この旅の始まりだった。
そして、もう一人。
私とともに旅に出ることになった赤い髪の少年。
彼もまた、行方不明になった弟を探していた。
こうして、私たちの旅が始まった。
夜の帳が静かに降りるころ、村の空気がざわつき始めた。
普段なら薪のはぜる音と虫の鳴き声しか聞こえないはずなのに、今夜は違う。
どこか遠くで、鈍い音が響いた。
「……何?」
私は縁側に置いていた湯呑みをそっと下ろし、耳を澄ませる。
胸が妙にざわつく。
足元の猫が小さく身震いし、ふわっと尻尾を膨らませた。
――その瞬間、視界がぐらりと歪んだ。
「……えっ?」
目の前の風景が、一瞬にして変わる。
今、私は家の縁側にいたはずなのに。
代わりに見えたのは、炎。
赤く染まる空。
悲鳴を上げる人々。
倒れた鳥居。
そして、その中に――。
「……あれは、誰?」
見たこともない紋様を纏った者たちが、村を蹂躙していた。
彼らの手には、異様な光を放つ装置。
その光が異能者たちを次々と地に伏せさせていく。
これ……知ってる。
違う。知ってるんじゃない。
これは、昔おばあちゃんから聞かされた話。
――異能者の村が滅ぼされたときの情景。
なんで、今それが……?
視界の端に、何かが映る。
紋様の中に立つ、一人の人物。
その顔は影に包まれ、はっきりとは見えない。
だけど、その人物がこちらを振り返ると――
「……!!」
次の瞬間、視界が弾けるように元に戻った。
「――っ!?」
荒い息をつきながら、私は縁側に倒れ込む。
背中に冷たい汗が伝う。
「な……に、今の……?」
過去視。
私は過去を見ることができる。
でも――
今見えたのは、過去の出来事と、これから起こることが混ざったような光景だった。
過去と未来が、同じだった。
つまり、これからこの村も――
ガシャン!!
突如、家の外で何かが倒れる音がした。
私の心臓が跳ね上がる。
そして――
「おい、そこにいるのか!」
赤毛の少年が、勢いよく走ってきた。
その手には、燃え上がる炎。
「間に合った! 逃げろ!」
私が戸惑う間もなく、少年の炎が闇を裂いた。
「おやおや、騒がしいねぇ……」
聞き慣れた声が響く。
振り向くと、そこにはおばあちゃん。
片手に杖をつきながら、ゆっくりと前に出た。
「ば、ばあちゃん! 何してるの!? 逃げないと――」
「お前さんは、わしの孫じゃろ。ちゃーんと、道理をわきまえんか」
おばあちゃんはニヤリと笑うと、杖を地面に叩きつけた。
「神縛!」
次の瞬間、空間に無数の光の鎖が走る。
襲撃者たちの動きが、一瞬にして止まった。
大地が震える。
まるで、村全体が彼女の力に応えているかのように。
「ば、化け物め!」
襲撃者の一人が叫び、奇妙な装置を構えた。
装置の先端から淡い光が収束し、何かが発射されようとする。
だが、おばあちゃんは微動だにしない。
「お前さんらに、わしの異能が止められるかねぇ?」
おばあちゃんの足元が、白く輝く。
その光は、どこか懐かしい。
「さ、行きな。未来は、お前の手でつかむんじゃよ」
「ばあちゃん!!」
私は手を伸ばした。
しかし――
眩い光が爆発し、私の視界が白く染まる。
「――っ!!!」
気がつくと、私は少年に引っ張られ、村の外れまで走っていた。
「ばあちゃん……?」
振り返ると、そこにおばあちゃんの姿はなかった。
代わりに、空には赤々と炎が舞い上がっていた。
こうして、私の運命は大きく動き始めた。