番外編1 兄と姉
その日、アムレート王国王都は盛り上がっていた。
「聖女様、バンザーイ!」
「四の使い手様、バンザーイ!」
世界が光に満ちて、瘴気が消えた翌日。
世界を救った“聖女”と“四の使い手”だという二人が、民衆たちの前に姿を現した。街中をパレードするのを、民衆たちは両手を挙げて称えた。
そして、聖女が魔法の使い手で有名なマギーア家の娘であり、四の使い手が王子であり次期国王だと知れ渡ると、そこにマギーア家と王家への称賛の声も加わったのだった。
***
パレードから戻り、場所は王宮。
各貴族から、お礼と祝いの品が続々と届いている。諸外国にも伝達したから、やがてそちらからも届くようになるだろう。
それらの品を見て顔を輝かせているのは、リアの姉であるプリンチェだ。妹の代わりに“聖女”を名乗っている彼女は、大変ご満悦だ。一方、弟であるオーノの代わりに“四の使い手”を名乗っている王子は、難しい顔をしている。
「まだあの二人は戻らないのか?」
「はい、今だに姿は見せません」
王子は眉をひそめた。
「見逃している可能性はないだろうな?」
「ございません。万が一のことを考え、周辺を確認しておりますが、見当たりません」
「そうか。――ならいい。今後も決して警戒を怠るな。見つけ次第、捕らえて牢に入れろ」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げる側近に対して、贈り物を見て喜んでいたプリンチェが、王子を見た。
「ジェズ様、殺さないのですか?」
「自分の功績をぶんどられたと知ったときの、あの生意気な弟の顔を見たいからな」
プリンチェは「殺す」という物騒な単語を、何一つ表情を変えずに発言する。対する王子であるジェズが、口の端を上げて答えると、プリンチェはやや不満そうにした。
「私は別に、あの不気味な妹を見たくありませんわ」
「ふむ、では女の方は見つけ次第殺してしまおうか。男の方のみ、生かして捕らえろ」
「はっ」
側近は何一つ取り乱さない。動揺することなど、何もないからだ。
不気味な色をして生まれた女と、王位継承権を持たぬくせに、地水火風の四つの魔法が使える王子が悪い。世界を救うという大役を任せてやったのだから、それだけで喜ぶべき。その功績くらい、面倒を見てやった自分たちに渡すのが当たり前。
少なくとも、彼らにとってはそれが“常識”なのだ。
***
パレードから三日後。
自分たちの正義を疑うことなく英雄としてもてはやされ、英雄の名をもって諸外国への圧力を強めようかという話が出た頃、その報告が上がった。
「魔法も魔道具も使えないだとっ!?」
側近からの報告に、椅子を倒してジェズは立ち上がる。その隣で、プリンチェがいつものように魔法を使おうとして……悲鳴を上げた。
「本当に発動しませんわ!」
「…………どういうことだ?」
その様子を見て、ジェズは側近に問いかける。が、力なく首を横に振られた。
「分かりません。魔道具どれが一つだけであれば、故障していると判断できますが、すべての魔道具が使えず魔法も使えないとなると……」
「――チッ」
ジェズが舌打ちをして歩き出した。
「父上のところへ行く」
どう考えても異常事態だ。あちらにも報告が行っているだろうから、とりあえず相談しようと、国王である父親のもとへ向かった。
「ジェズ! お前、何をした!」
しかし、その父親からの第一声はジェズの予想を外れた。
「何を、とは?」
「瘴気が消えて数日だぞ! 瘴気が消えたことと、魔法や魔道具が使えなくなったこと、無関係のはずがないだろう!」
知るか、と言いかけたのは我慢した。国王は本当のことを知っているのだから、人がたくさんいる状況で、そんなことを聞くなと言いたい。そもそも、本当に関係があるかどうかも定かではない。
「――父上、まずは人払いを」
ジェズが冷静に言えば、父親も我に返った顔をした。人払いして二人だけになったところで、改めて父親が口を開いた。
「それで、何をした?」
「知りませんし、それとこれが関係あるんですか?」
「貴族どもが騒いでおるのだ。お前とプリンチェの説明を求めるとな」
「――チッ」
また舌打ちした。確かに異常事態だ。こうなったら手は一つだ。
「急ぎ、旅に出た二人を捜索させます。そして、あの二人を拷問してでも事情を聞き出しましょう。何だったら“偽物二人”がいたせいで、神の機嫌を損ねたのだとでも説明すればいいでしょう」
「……そ、そうだな。では急げ」
オドオドしている父親に、ジェズはため息をつきたくなる。貴族どもが騒いだくらいで狼狽えるなと言いたい。そんなもの、口先でごまかせばいいだけなのだ。
国王の前を辞したジェズは、近寄ってきた側近に、改めて二人の捜索を指示したのだった。
***
二日後。
探しているが、弟であるアウトノも、プリンチェの不気味な妹も見つからない。そもそも、捜索どころではなくなった。
「キヨード王国に、支援を求める」
「俺は反対です!」
国王と主立った貴族たちを集めた、会議の場。
力ない国王の宣言に、ジェズは声をあげた。魔法の力を軽視し、“科学”なるものに頼っている国。そんな国の支援を求めるなど、正気ではない。
当然、他の者たちからも反対の声が上がると思ったのに、誰からもその声は出ない。それどころか。
「王子殿下。今の我々は、夜に光を灯すこともできないのですよ」
「火がつけられないから、食事すら作れないと料理人たちに言われてしまい、食材を食べざるを得ない始末」
「食材とて、冷蔵ができないせいで、すぐに腐ってしまっています」
「水もです。井戸からくみ上げるのも一苦労で、使用人たちから限界だと言われています」
口々に上がる魔道具が使えなくなった弊害に、ジェズはギリッと歯ぎしりした。
言われなくても分かっている。ジェズとて、この二日まともな食事ができていない。怒鳴りつけたが、できないものはできないと言われてしまった。
そう考えると、魔法の力がなくても使えるという、キヨード王国の道具に惹かれるのは分かる。だが、それはプライドが許さなかった。
「困っているからと支援を求めたりしたら、何をふっかけられるか、分からないぞ!」
「それでも、現状の改善が見込めない以上、支援を求めるより方法がありません。――それとも殿下には魔法も魔道具も使えないこの事態が、如何にして起こり、いつ改善するのか、分かっているのですかな?」
「分かるはずがないだろう! 何度も言っているが、瘴気の浄化とこの事態に関係はない!」
旅に出た二人が見つかっていない以上、ジェズにできるのは「関係ない」と言い続けることだけだ。
この状況になって、さっさと王宮からいなくなって家に戻ってしまったプリンチェに腹が立つ。そのせいで、ジェズが一人で矢面に立つしかないのだ。
「では、キヨード王国へ支援を求めるということで、決定する」
まるでジェズの反対がなかったかのように国王が口にして、貴族たちもホッとした顔を見せた。それを見て、ジェズはまたも歯ぎしりした。
せっかく英雄になったのだ。その功績を出して、キヨード王国に魔道具を売りつけようとしたのだ。だというのに、今や逆に白い目で見られ、思惑とは別の方向へと話が進んでしまっている。
(このままで済むと思うな)
そう思ったジェズだが、事態はさらに悪化した。




