1.聖女、フォーリア・ロッサ
武頼庵様の『この秋、冒険に出よう!!』企画への参加作品です。ダークでバッドエンドな話なので、苦手な方はご注意下さい。
黒い靄を纏った狼が、私に襲いかかってくる。けれど、連続の襲撃に疲れた私の体は動かない。
「リア!」
私の名を呼んで、一緒に旅をする男性が狼の牙を剣で受け止めてくれる。一瞬、押されたように見えたけど、すぐに彼は叫んだ。
「燃え上がれ!」
その人がそう叫んだ瞬間、狼は火に包まれる。それを見て、私は気力を振り絞って狼に手を向けた。
「浄化!」
手から光が湧き出る。その狼に当たると、黒い靄……瘴気と呼ばれるそれが薄れて、消えた。そして、狼は力尽きて地面に倒れた。
フウッと息を吐いた。瘴気に侵された生き物はもう生きていけない。可哀相だと思う気持ちさえ、なくなった。ただ動かなくなったことに安堵する。
「落ち着いたのかな」
「ああ、一段落だ。……平気か、リア」
「うん。大丈夫だけど、ちょっと休みたい。オーノは?」
「俺も少し休みたいな。ここで休憩しようか」
地面に座り込んだのを見て、私もそれに習う。周囲は動かなくなった動物でたくさんだけど、浄化しまくったせいで周囲の空気も浄化されているから、休憩には悪くない。
水を飲みながら、私はポツリと言った。
「もうすぐ、なのかな」
「そうだと思う」
オーノも、ポツリと返した。
***
この世界は、瘴気に侵されていた。
ある日突然湧き出た瘴気は瞬く間に広がって、人を、様々な生き物を飲み込み侵していく。
瘴気に侵された人や動物は、別のモノを襲うようになった。たくさんの人や動物が殺されて、瘴気に侵された生き物もやがて倒れていく。
そうして、たくさんの村や町、そして国が滅びていった。
この世界はどうなってしまうのかと、もう終わりなのかと、人々がそう思うようになった頃、ある一つの神託が降りた……らしい。
『秋、赤く燃える地に聖女あり。銀に輝く髪と燃える目を持つ者。四の力を持つ者とともに、黒き気は浄められる』
そして、銀髪に赤い目をした私が、聖女としてこの事態の解決を命じられた。「四の力を持つ者」つまりは、地・水・火・風の魔法を操るオーノと共に。
***
休憩と言いつつも、集中するように目を閉じていたオーノが、目をあけた。
「リア、動ける? ゆっくり休めそうな場所を見つけた」
「本当? 助かる」
オーノの差し出された手に掴まって立つ。風の力らしいけど、地形を探ってこうして休憩場所を見つけてくれる。それが外れた試しはないから、キツくても動くのが正解だ。
本当に、旅が始まった最初から、私はオーノに頼りきりだった。
***
私には名前がなかった。
黒や茶色などの色が濃い髪や目の色の人が多いこの国において、銀髪赤目の私はひどく不気味だった。生んだ母は心を病んだらしい。父は見たくもないと乳母に預けて放置した。最低限育ててくれた乳母も、私が物心つく頃にはいなくなった。
名前というものを、私に付けてくれる人はいなかった。
私の生家はマギーア家という魔法の使い手として有名な家らしい。その功績で何代か前に貴族位を賜って、今でも王家に重用されているようだ。けれど、私という存在は汚点でしかなく、離れという名のボロボロの小屋に押し込められたまま、私は育った。
一応、一日一回の食事は届けられたけど、それも小屋の外に置かれるだけ。誰が届けてくれているのか、それすら私は知らない。
時々顔を見せるのは、私の姉だと名乗った人だ。その人が、私を侮蔑するような目で見ては、覚えたばかりだという魔法を何発も私にぶつけては去っていく。
それを、父親らしい人が見ているときもあったけど、魔法をぶつけられた私の心配は一度もしたことがない。いつも"姉"だという人の魔法を、褒めるだけだった。
その父親らしい人が私に話しかけてきたのは、たった一度だけ。
『こいつが聖女とはな。まあ、殺さなくて良かったというところか。――おい、いいな。瘴気を浄化してこい。それまで決して帰ってくるな』
私は、世界が瘴気に侵されていることを知らなかった。何も知らないまま、解決だけを命じられた。最低限の荷物だけ与えられて、家から放り投げられた。
文字通り右も左も分からず、今いる場所も分からないまま、ただこの場所に留まるのは良くないと思って、移動を始めた私を追いかけてきてくれたのが、アウトノ。今はオーノと呼んでいる彼だった。
最初から彼も一緒に旅をすることが決まっていたそうで、なぜ一人で先に行くんだと言われた。けれど、それも含めて私は何も知らない。だからそう言ったら、彼は驚いた顔をした後、諦めたように言った。「俺たちは捨て駒だからな」と、そう笑った。
そして、私に名前がないと知ったオーノが、つけてくれたのだ。彼は驚いていた。自分以上にひどい境遇の人がいたんだと、なぜか申し訳ないと謝ってくれた。
『見て』
彼が空を見上げるのに習って、私も見上げる。
遙か上空には青い空が広がっているけど、もっと近い上空が赤く染まっていた。
『この土地は、秋になると赤く色づく木がたくさんあるんだ』
紅葉という名の木が赤く紅葉して、空いっぱいが赤く染まる。それが「燃えているみたいだ」と表現されるんだと。
『フォーリア・ロッサ、と言うんだ。赤い葉、という意味だ。君の、目の色と同じ色。これを、君の名前としてはどうだろう』
良いも悪いもなかった。ただ嬉しかった。こうして私はフォーリア、通称リアと呼ばれるようになったのだ。