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9:疲れ目に菊花茶

 迷いの森にあるアッシュさんの家というのは、どうやら別荘扱いらしい。一階にキッチンやバスルーム、リビングといった生活に欠かせない部屋があり、二階は何部屋かあるものの、使用しているのはベッドがポツンと置かれている一室のみ。しかも、どの部屋も家具も新品同様だった。

 アッシュさんによると、一人になりたい時に籠るための家だったらしく、夜にふらりと訪れてはリビングのソファで眠るような使い方をしていたらしい。新式のキッチンを備えているのに放置とは、なんて贅沢な別荘なんだろう。


「でも、迷いの森に高級設備の別荘って、建築計画が大胆すぎません? 大工さんたちが辿り着けないじゃないですか」


 一階に下りた私は、ソファでふんぞり返って待っていたアッシュさんにお茶を淹れながら、寝る前から考えていた疑問を投げかける。かなりソフトな言い方をしたが、本心としては「とんだもの好きですね」くらい思っていた。


「どうせ拠点を設けるなら、人が寄り付かない場所がいいからね。大工たちは転送魔法で送って、終わったら転送魔法で帰すんだよ。僕レベルになれば、かなりの質量を一気に移動させることができるからね」


 フフンと得意そうに口の端を上げるアッシュさん。相変わらず偉そうだ。

魔法に明るくない私でも、さすがに物質をワープさせる転送魔法が高度であることくらいは知っているので、その話が本当であれば、彼は相当な実力の魔術師だ。魔法の才能や教養は、きっと平凡な下級貴族の私などでは想像しきれないものに違いない。


 あれ、でもちょっと待って、と私は彼との出会いをハッと思い出す。

 アッシュさんは昨晩、この家の前で倒れていた。もしかして転送魔法に失敗して、迷いの森を彷徨って力尽きていたのでは? さっき自分で、転送魔法の出現位置の指定は難しい……みたいなこと言っていたし。


(いかれた大富豪の別荘遊びの顛末が行き倒れだなんて……。だめ、笑っちゃいけないのに笑っちゃいそう……)


 私が口元に手を当てて、こっそりニヤニヤと笑っていると――。


「このお茶、花が浮かんでるね。綺麗だ。味もいい。爽やかな甘みがあって、後味がスッキリしている。何のお茶なの?」


 私が淹れた、白い花が可愛らしく浮かぶお茶を見つめているアッシュさん。その興味深そうに首を傾ける姿を見てしまったら、私のニヤニヤ笑いなんて一瞬で消え去った。


「気になりますかっ⁉」


 よくぞ聞いてくれましたと、私は身を乗り出して語り出す。逆にアッシュさんが身を引いてしまうので、その分さらに前のめりで行かせてもらった。


「これは菊花茶というハーブティーで、大陸の西部で育つ花から作ったお茶なんです! 花弁だけを日干しにしたものを使うんですが、お湯の中で花開く様子が美しいので、抽出中も目で楽しめるんです。けど、菊には独特の苦みがあるので、今回はグリーンティとブレンドしています。私は好きな苦みなんですけど、お疲れのアッシュさんには少しでもまろやかな口当たりの方がいいのかなと!」


 ノリノリでぺらぺらつらつらとオタク語りをしていると、ついにアッシュさんは眉間に皺を寄せて迫る私をグイと反対に押し返した。


「一尋ねたら十以上喋るね、君は」


 アッシュさんにやれやれと大袈裟に肩を竦められ、私は「しまった」と慌てて口を噤んだ。テンションの上昇と下降が激しくて、自分でもびっくりしてしまう。


「すみません……。つい……」


 私が向かいのソファに座りながらキマリ悪く菊花茶を口に含んでいると、アッシュさんはジロリとこちらを睨んできた。そんなに菊花茶マウントが気に食わなかったのだろうかと肝が冷えたが、彼は「なんで――」と疑問を口にした。


「なんで僕が疲れてるって分かったわけ?」


 あぁ、そんなことか……。ホッとした私は、緊張していた肩を撫で下ろした。


「これでも薬師でしたから。アッシュさんの目の充血具合や目の細め具合なんかが気になりまして。疲れ目やドライアイ、頭痛、朝からお仕事をされていたのなら、寝不足もありますよね……。そう思って、疲れ目に効く菊花茶をお出ししてみたんですけど……、違いました?」


「……ふん。余計なお世話だよ」


 私が推測を述べると、アッシュさんは食わないと言わんばかりに鼻を鳴らした。けれど、違うとは言わなかったので、こちらの見立ては外れていたわけではなさそうだ。ちょっと嬉しい。


 そしてその当てつけか分からないが、お茶を早々に飲み終えたアッシュさんは、私のティーカップが空になるまで待つことなどなく、スイと立ち上がって右手を天井に掲げた。


「さっそくだけど、今夜のオープンに向けて改装しよう」


(改装……⁉ もしかして、この家を⁉)


 事前説明なしですか?

 察せない私がおかしいのかなと思いそうになるくらい、アッシュさんは堂々と右手指をパチンッと打ち鳴らし――、家は眩い光に包まれた。


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