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60:幕が上がる?

「おーい! アシュバーン、フィーナ嬢! こっち――……⁉」


 劇場の奥へと進むと、関係者入口で皇帝ギルベル様が護衛騎士のハンスさんと待ち構えていた――のだが、二人ともお姫様抱っこされたままの私を見て仰天したようだった。


 アッシュさんはいつまでたっても私を床に下ろしてくれず、暴れても懇願しても力ずくで抑え込んできたのだ。あまりに頑固に「嫌だ。せっかくの機会を早々に終わらせたくない……!」と、言い続けるものだから、最終的に私は諦めて大人しくなっていた。ただし、恥ずかしいので顔は両手で覆って隠していた。


「いよいよアシュバーン様も七不思議から離脱ですかね……?」


 ハンスさんはそわそわとギルベル様に耳打ちしていたが、こちらにもばっちり聞こえてしまっていた。

 前向きなデートをしに来たつもりだが、そんなことを言われるとなんだか緊張してしまう。私の体はすっかりガチガチになっていた。もうこのまま運ばれてしまおう……と、私は開き直ってアッシュさんにVIP席へと輸送されていった。



◆◆◆

 ギルベル様の計らいのお陰で、私とアッシュさんは二階のVIP席からお芝居を観ることができた。

演目は、大陸中の国で愛されている、有名なロマンス小説を元にした恋愛劇だった。私も幼い頃に両親に連れられて観劇したことがあったが、田舎の男爵家では遥か後ろの席を取るのが精いっぱいだった。

 それに比べてVIP席はすごかった。役者さんたちの演技を少し高い位置から眺めることは、なんだかとても新鮮で面白いし、一人一人の表情もよく見えた。いっそう物語を深く楽しむことができた気がする。


(ヒロインが不治の病のヒーローを追って……。うぅ……、展開を知ってても涙が……)


 目の奥がじーんと熱くなった私は、ハンカチを取り出そうとバッグを開こうとしたのだが、その時アッシュさんの横顔が目に入り、はっと見惚れてしまった。


 二年以上一緒にいるのだから、見慣れた顔に間違いない。

 夜空のような濃紺色の髪、白くきめ細かな肌、形の良い眉、スッと通った鼻筋、長いまつ毛に縁取られた輝く金の瞳、引き結ばれた薄い唇はどれもバランスよく整っていて、女の私でもその美しさには嫉妬いてしまう。

 いや、それ以上に真剣なアッシュさんの横顔にとてもドギマギした。


(毒気のないアッシュさんの顔……。お芝居を観に来たけど、これが一番……目が離せないかも……)


 お芝居が幕を閉じ、観客たちの拍手で会場が満たされる中、私の視線に気が付いたアッシュさんは、頭の後ろに両手を回しながら背もたれにのびのびともたれた。照れを隠しているようにも見える。


「マジになって観ちゃったよ。悪くないね、演劇ってのも」


「アッシュさん、もしかして初めてだったんですか?」


「まァね」


 私はアッシュさんなら何万回と観劇しているものだと思っていたのだが、意外な事実に目を丸くした。実は私の方が観劇の先輩だったとは。


「家族仲は良くなかったし、友達もギルベルしかいなかった。宮廷魔術師になってからは仕事ばかりしていたし、魔獣の呪いを受けてからは尚更仕事に打ち込んでたよ。芸術を楽しもうと思える余裕なんてなかった……」


「そうだったんですね……。アッシュさんの初めてにご一緒できて嬉しいです」


 私がとくに深く考えずにそう口にすると、アッシュさんは若干面を食らったように目を見開いて、その後「僕も相手が君で良かったよ」と、柔らかい表情をこちらに向けてくれた。


「ハジメテのことも、そうじゃないことも、君とだったら何でも楽しいだろうね。……ねぇ、フィーナ」


 不意に名前を呼ばれると、胸がぴょこんと跳ねる。そしてなんだかむず痒い気持ちになる。


「はい……。アッシュさんとなら……」


 薄暗い照明の中、私はドキドキしながらそっとアッシュさんのジャケットの端を摘まんだ。本当は手を握りたかったが、そこまでの勇気が出なかったのだ。

 めちゃくちゃに深い意味は本当になかった。本当に。


「…………ッ…………ッッ、急いで店に、戻ろうか……ッ」


 謎の間で悶絶していたアッシュさんは、真っ赤な顔を片手で覆いながら声を搾り出した。


(な……何か勘違いされた気がする!)


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