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59:帝国劇場

みんなのその後みたいなお話が、ちょっとだけ続きます。ハッピーエンドに向かってますー!

「綺麗だよ。隣にいる僕が霞んじゃうくらい」


 私の手を引きながら軽く振り返るアッシュさんは、冗談めいた口調で言った。

 煌めくアクセサリーやふんわりと美しいレースがあしらわれた高価な衣装でドレスアップされた私は、どうしても落ち着かずにそわそわしっぱなしだった。


「自分が霞むなんて思ってないくせに。王子様みたいにキラキラしちゃってるじゃないですか……っ」


「いやいや、本心さ。着飾った君を下心丸出しで見ている奴らの視線が分からない? まァ、僕のことだけ見てたらいいけどさ」


 堂々とキザなことが言えてしまうアッシュさんは、高貴な身分の人ばかりが出入りする劇場に立って、足がガクガクと震えることなんてないのだろう。さすがは侯爵様だ。田舎生まれの男爵令嬢の私とは、生きて来た世界が違う。


 アッシュさんは、デートと称して私を帝都の劇場に連れて来てくれた。

 上流階級の人々が楽しむ観劇なんて無縁だった私は、ドレスコードが必要であることだけでなく、アッシュさんが顔パスで劇場内に通されたことにも驚きを隠せなかった。


(でも、考えたら当然か……。アッシュさんって、大陸規模の有名人だし……)


 アッシュさんの隣を歩く私は、周囲から「あのアシュバーン様がエスコートされているご令嬢は何者?」とひそひそと噂されながら、居心地の悪さを噛み締めていた。どこが「下心丸出しの奴ら」だ。眉根を寄せた貴族ばかりじゃないか。

 私はどれだけお洒落して着飾ってもらったって、中身は食堂の料理人のままなのだ。最低限、実家で身に着けた社交マナーなんて役に立たないくらい、この劇場は高貴な空気で満ちていた。場違い感が息苦しくてたまらない。


 一方、アッシュさんは一歩歩くごとに貴族の誰かに声を掛けられていた。


「アシュバーン殿。今度我が屋敷の晩餐会においでください」


「アシュバーン様。先日の魔術演習、素晴らしかったですわ」


「侯爵閣下! うちの娘との縁談の件、考えてくださいました?」


 劇場の廊下で高貴なご婦人とご令嬢が前のめりに話しかけて来たかと思うと、ご令嬢がいかに良物件かとアピールを始めたではないか。身分も高く、お金もあり、教養もあり、若くて可愛いと熱弁するご婦人たちには私の姿など見えていないらしく、ただひたすらアッシュさんを逃がすまいと必死なようだった。


 私はそういえば――と、お店の常連さんであるアンナさんから聞いた話を思い出した。

 子育てに余裕が出て来たアンナさんは、社交界のゴシップ収集を楽しんでいるようなのだが、社交界七不思議として「宮廷魔術師アシュバーン、独身の謎」というネタがあるらしい。

 アッシュさんは一般のお客さんの前では幻覚魔法で姿を変えている。そのためアンナさんは、まさか【スパイス食堂】にアッシュさん本人がいるとはつゆ知らずに七不思議を語ってくれたのだが、社交界では一向に女性と浮いた話が出ない彼を狙う女性が山ほどいると言う。

 アンナさんが話している時、アッシュさんは「彼は片想いでも拗らせてんじゃないかなァ?」と私の方を見ずに言っていたのだが――。


(やっぱり、縁談とか求婚がいっぱい来てるんだ……。なんか……なんか嫌だな……)


 ご婦人とご令嬢の猛アタックを見ていると、胸の奥がモヤモヤとして、私はどうにもこうにも落ち着かない。

 でも、これがアッシュさんの「普通」なんだ。みんなから求められて、期待されて。私なんかがそれを邪魔しちゃいけないんだ……、でもちょっと寂しいな……と、思いながら、チラリとアッシュさんの顔を見上げると。


 今、僕のこと見てたでしょ? と言わんばかりのアッシュさんと目がばっちりと合い、私は思わずドキッとしてしまった。

 これでは、まるで私がヤキモチを妬いてたみたいになっている。そんなことはありませんと否定しようとしたのだが、それよりも早くアッシュさんの腕が私の足をすくい上げ、ひょいとお姫様抱っこしてしまったではないか。


「ひゃっ! アッシュさん⁉」


 私は素っ頓狂な声を上げ、マシンガントークを繰り広げていたご婦人とご令嬢もさすがに話を切って、目をまん丸にして驚いている。ついでに、周囲のお客さんたちも漏れなくこちらを見つめていた。


「お、下ろしてください! どうして急に……!」


「いやぁ、ご婦人方には僕のパートナーが見えないみたいだったから、目立つ位置で抱いておこうかなって」


 アッシュさんは赤くなって恥ずかしがる私を満足そうに抱えると、うろたえているご婦人とご令嬢に向かって嫌味と思えるほどの爽やかな笑顔を向けた。


「金輪際、縁談のお話はやめていただけますか?」


 有無を言わせぬ迫力に貴族の母娘は、「はい」と力なく頷いたのだった。


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