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56:きっと大丈夫

少し長めですが、大事なところなので!

「どうして僕がここにいるって分かったんだよ……。それに、ドアの接続は解除してたはずなのに……」


 アッシュさんは白い息をしんどそうに吐き出しながら体を起こすと、気分が優れない様子で胸を手で押さえていた。お城で会った時に赤みが差していた顔色も、再び真っ青に戻っており、呼吸をするのも肩を大きく上下させている。


「私なら、最期は楽しい思い出が詰まった場所で迎えたいなって……。アッシュさんがその場所に【スパイス食堂】を選んでくれたら嬉しいと思いながら帝都のドアを開けたら、ちゃんと繋がってましたよ? 解除漏れじゃないです?」


「僕がそんな馬鹿なミスするわけないだろ……。あぁ、でも、もしかして――」


 アッシュさんは一度言葉を切ると、「ルゥイン君かな」と呟くようにして言った。


「ルゥインが? どうして……?」


「彼はね、僕に君を紹介したがってたんだよ。きっと美味しい料理を作ってくれるだろうって……。君がここにたどり着いたあの日も、もしかしたら彼が導いてくれていたのかも……なんて、証明はできないけどね……」


 私には霊感なんてない。もちろん魔力もない。けれど、そんな魔法みたいな出来事が私とアッシュさんを繋いでくれていたとしたら、ルゥインには感謝してもしきれない。

 アッシュさんとの出会いは、私に勇気を与え、再び前を向く力を与えてくれたのだから。


「そうかもしれませんね……。ルゥインはきっと、上官のアッシュさんを心配して私を派遣したんですよ」


「逆だろ。君が心配だから、頼れる僕に引き合わせたんだ……っ」


 眉根を寄せて睨んで来るアッシュさんは、クスクスと笑っている私に呆れたのか、ふっと表情を緩めて力が抜いてソファにもたれた。


「……僕を哀れんで来てくれたとこ悪いけど、もう何も食べる気はないよ。僕はここで、魔獣の呪いと共に心中する。見なよ、これが魔獣の呪いだ」


 アッシュさんは、べぇっと舌を出して見せた。そこには銀色の魔法陣のようなものが刻まれていた。

 ゾクゾクと得体の知れない恐怖が空気を震わせ、魔力のない私にも、邪悪で凍てつく魔の力を感じさせる代物だった。


「呪痕だよ。氷の魔力の蓄積で、色が濃くなっている……。だから暴走する前に、舌を切って肉体を終わらせるんだ。これでようやく罪を償える……」


(アッシュさんは、すべてが終わることを願っているのかもしれない……。でも、私は――)


「そんなことさせません!」


 力なく目を逸らしてしまったアッシュさんに向かって、ピリッとした声を張り上げ、両手を肉食獣の「ガオー」ポーズにして構えた。


「私に『よしよし』されたくなかったら、大人しく料理を食べてください! 今度は私がアッシュさんを救う番なんです!」


「は……? そんな、無茶苦茶な……」


「今の私なら、弱ったアッシュさんなんて『よしよし』し放題です。では、遠慮なく――」


「うわーッ! やめろ!」


 始めは馬鹿にしたような態度を取ったアッシュさんだったが、強硬手段を取ろうとした私に観念したようで、片手で顔を覆いながらチッと舌打ちをした。表情は見えないが、よほど私に『よしよし』されることが嫌だったらしい。少し傷つく。


「食べる……、食べるから……。ホントに君ってヤツは、思い通りにならないな……」


「そうですよ。アッシュさんだって言ってたじゃないですか。『君はどこまでも自分勝手だなァ』って」


「根に持ってるのかよ」


 大きな白いため息を吐き出したアッシュさんは、「食べた後のことを思うと憂鬱だ……」としつこく文句を言いながら、テーブル席に着いたのだった。



◆◆◆

 私はアッシュさんと自分の前に《根菜のポトフ》とフォークとナイフを置いた。

 それは、今の私がアッシュさんと二人で食べたいスパイス料理だった。

 ごろごろと大きな野菜と豚のスペアリブ、そしてソーセージの入った皿からはほかほかとした湯気と、タイムとローリエの清々しい芳香が立ち昇っている。お皿の縁に添えられた粒マスタードもポイントだった。


 私はハッと気が付いて、「あーんしましょうか?」とアッシュさんに尋ねた。

 以前、彼の魔力が暴走しかけた時は、フォークが氷漬けになってしまっていたからだ。

 けれど、アッシュさんは言いたいことを飲み込むような表情を浮かべながら、首をふるふると横に振った。


「いらないよ。今日はきっと大丈夫だから」


「……??」


 アッシュさんの何か確信しているような目を見て、私はきょとんと首を傾げた。「あーん」が嫌だと言って拒否してくるならまだ理解できるが、「大丈夫だから」と言う理由が分からない。呪いは以前よりも深くアッシュさんを蝕み、残された命はわずかだと聞いていたのに――。


 アッシュさんはフォークとナイフを手に取ると、カブを一口大に切って口に入れた。

 温かく柔らかいカブをゆっくりと咀嚼するアッシュさんは、眩しそうにポトフを見つめたかと思うと、「はぁぁ……」と気の抜けるようなため息を吐き出して俯いた。

 そして、テーブルに肘を突いて頭を抱え、「だから嫌だったんだ」と二つめのため息を吐き出した。


「ど、どうしたんですか? 私、アッシュさんの呪いを解く気満々で料理したんですが……」


 アッシュさんの顔が見えないので、もしや料理が口に合わなかったのだろうかと、私はおろおろと慌てた声を上げた。自分の料理に特別な力があると信じてここまで来たものの、万が一、彼の寿命を縮めてしまうようなことがあっては困る。

 私がそのことを危惧していると、アッシュさんは俯いたまま投げやりな口調で言った。


「君の料理に特別な力はない。そう言ったはずだ……」


 彼の言葉を眼前に突きつけられ、私はわずかな希望が潰えてしまったことに喉が締め付けられる感覚がした。

 この結果が目に見えていたから、アッシュさんは料理を食べたくなかったのだろう。不思議な力があると勘違いした私を悲しませないために、優しいアッシュさんは――。


「ごめんなさい……。私、アッシュさんに死んでほしくなくて……。だから、自分の料理であなたを救えるって信じて……」


 何もできないくせに出張り、アッシュさんに嫌な思いだけさせてしまったことへの後悔に襲われながら、私は唇を震わせた。


 私は最後の晩餐なんて作りたくなかった。

 ルゥインが託してくれたスパイス料理の可能性を信じたかった。

 私はもっとたくさん、アッシュさんとスパイス料理が食べたかった。

 軽口を叩き合いながら、二人でずっとお店を続けたかった。


「嫌です……! アッシュさんがいなくなるなんて……。だからもっと作らせてください……! 氷の魔力を溶かすくらい温かい料理を作ってみせますから! 私、諦めませんから!」


 嗚咽交じりの声を張り上げながら、耐え切れず私が瞳に涙を滲ませていると、アッシュさんの指がツイと雫を攫っていた。

 私は「え……」と思わず目を見開いて彼を見返した。

 彼の指先には、ほんのりとしたぬくもりが宿っていたのだ。


「泣くなよ。僕の魔獣の呪いは燃えて消えたんだからさ」


 アッシュさんは少し照れたような、気まずそうな表情を浮かべて私を見つめていた。そして、躊躇いがちに薄い唇を開く。


「――だから嫌だったんだ。『愛が呪いを打ち消す』ことを僕が証明してまったら……、もう隠しようがないだろ。僕が君を愛してやまないってことをさ……」




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