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54:再会

「アッシュさん‼」


「フィーナ……?」


 呼びかけに瞳が揺らいだ様子のアッシュさんは、「どうして」という言葉を続けたが、私を追って中庭に現れたヴェルファさんの姿を見るとやつれた顔にわずかな怒りを滲ませた。ヴェルファさんを睨むアッシュさんに以前のような迫力はなくなっていた。


「余計なことを……。僕がどんな思いでフィーナを王国に帰したと――」


「じゃあ、その想いとやらを自分の口で言ってみな! 俺やギルベルにじゃなく、フィーナちゃんにだ」


「……ッ」


 アッシュさんの視線が、ヴェルファさんから再び私に戻った。

 視線が重なると、鼓動がいっそう早くなった。

 しばらく会わない間に、アッシュさんは痩せてやつれていた。以前はキラキラと光っていた自信満々の瞳も、今は輝きが鈍く、力がない。勝気に引き結ばれていた薄い唇は、寒さで小さく震えていた。

 以前、アップルパイを振る舞った時よりも酷い。

 ヴェルファさんが言っていた「魔獣の呪い」が、彼を蝕んでいるに違いないと思うと、私の胸はズキズキと痛んだ。


「アッシュさん……、私……あなたを……」


 一歩前に出て、アッシュさんに語り掛けた。 

 けれど、いざ本人を目の前にすると何を話そうとしていたのか分からなくなってしまい、私の感情はぐるんぐるんと体の中を駆け巡った。


(えっ、あれっ? 私、何を言おうとしてたんだっけ⁉ 落ち込んでた私に寄り添ってくれてありがとうございます? 怖い演技のことはもう気にしてません? ルゥインのお守りのことも言いたかったよね? 呪いのこともちゃんと聞きたかったし……あぁ、でも、私の料理を食べてほしいって言いたい……。でもこんなふらふらのアッシュさん、見てられない――……)


「と……っ、とりあえず抱きしめさせてくださいっ‼」


 すっかり気が動転してしまった私の口を突いて出た言葉は、そこにいた全員を仰天させてしまった。黒髪の男性は驚いて固まってしまい、ヴェルファさんはお腹を抱えて大笑い。 


 そしてアッシュさんは、「……ッ! 君ってヤツは……!」と眉間に皺を寄せて私を睨みつけた。けれどその頬にはほんの少し赤みが差して、瞳には以前のような明るさが宿ったように見えた。


「この僕を何だと思ってるんだ! アップルパイの時だって、子どもや老人の食介気分だっただろ!」


「あ、あの時の『あーん』はそんな感じでしたけど、今のは違いますよ! 私、アッシュさんを目一杯甘やかして『よしよし』して温めてあげたい気分です!」


 勢いに任せて今の気持ちをぶつけたつもりだったのだが、アッシュさんはさらに赤くなって、今度は唇をぎゅうときつく噛んでいた。何か言いたそうだが、言葉を無理矢理飲み込んでいるようだった。


「あの……アッシュさーん……?」


「は?」


 私が返事をしてくれない彼に呼び掛けると、返って来たのは聞き慣れた高圧的な声だった。


「その様子なら、全部ヴェルファさんから聞いたんだろう⁉ 最悪だよ。憎み切れないからって、同情されるなんて……。僕には本当に時間がないから、それじゃあね!」


 アッシュさんが乱暴に指を鳴らしたかと思うと、銀色の魔法陣が足元に出現し、眩い光が彼を飲み込み――シュッと姿をかき消した。彼が得意とする転移魔法だ。


「あ、あぁぁぁ、アッシュさんが!!!! 私が怒らせちゃったせいですよね? どこに行ってしまったんでしょう⁉」


 私は、うろたえたおろおろ声を上げた。言いたかったことはまるで言えず、ただアッシュさんを怒らせてしまっただけだなんてとんだ大失態だ。

 私があわあわと慌てていると、「行っちまったねぇ」とため息を吐き出すヴェルファさんと、そして体格のいい黒髪の男性が駆け寄って来た。


「来てくれたこと、感謝する。フィーナ嬢」


 男性の凛々しい顔つきと声に覚えがあった私は、ハッと彼のことを思い出して腰が抜けそうになってしまった。

 彼はいつぞやの夜に店に来て、ハーブチキンを振る舞った騎士の男性だった。


「えっ? ギルさん……⁉ アッシュさんのご友人のギルさんですよね?」


「相違ない。俺はアシュバーンの友だ。ただ、本名はギルベル・フォン・ロムルスだがな」


「それって皇帝陛下のお名前じゃないですか……!」


 まさか皇帝がお忍びで店に来ていたなどとは思いも寄らず、恐れ多くて足がガクガクと震えてしまった。

 あの時、自分は何か不敬をはたらいていなかっただろうか。いや、スパイスの一覧表を見せることくらいしかしていないし、大丈夫なはず……はず……。


 私が思考を宙に飛ばせていると、ギルベル様は「フィーナ嬢」と名前を呼んで意識を引き戻してくれた。


「頼みがある……! 自分勝手な頼みであることは、重々承知している。だが、やはり……俺はアシュバーンに幸せになってほしいんだ……!」


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