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52:追いかけて

前半がフィーナ、後半がギルベル視点になります。

 ヴェルファさんは、私に二年前の魔獣戦争のこと、アッシュさんが勝利のために氷の魔獣を取り込んだこと、魔力を暴走させて仲間たちを殺めてしまったこと、そして魔獣の呪いのせいで常に命を削られながら生きていることを話してくれた。

 アッシュさんは罪の意識と自身の無力さを嘆いて逃げ出そうとしたこともあったが、彼が帝国に留まり、国のために働き続けていたのは信頼している皇帝のためだったと言う。


「嘘つきですね、本当に……。アッシュさん、ルゥインのことを捨て石にしたなんて言ってたのに……」


 私はバラバラになってしまった組紐のお守りを握りしめながら、何度も何度も涙を拭った。


「それ、フィーナちゃんの婚約者のもンだったんだな。凍土で一人ぶっ倒れてたアシュバーンが握りしめてたヤツだよ。雪の中掘り返して、必死に探したんだと思う……。不思議な縁があるもんだね」


 ヴェルファさんの言葉を聞いて、私は嗚咽を抑えきれなくなってしまった。

 

 アッシュさんは不器用すぎる。

 きっと彼は、ルゥインの死を思い出して抜け殻になってしまった私に、生きる意味を与えようと自ら悪役になったのだ。

 ルゥインの死を受け入れ、アッシュさんを憎ませることで、無理矢理立ち上がらせようとした。アッシュさんから離れさせて、家族のもとに帰らせたのは、自分の命が残りわずかだからだろう。


(私が弱いから……一人にしたらいけないと思ったんだ……。でも自分はそばに居続けられないから、私を家族の所に……)


「私の料理をアッシュさんに食べてもらいたい……。特別な力なんてないって言われたけど、でも……」


「それも嘘だといいよなぁ……」


 ヴェルファさんは止めどなく降り続ける雪をぼんやりと見つめながら、白い息を吐き出した。寂しそうに目を細める彼は、昔のことを懐かしんでいるような表情を浮かべていた。


「フィーナちゃんを迎えに来たのは、俺の独断なんだ。バレたら皇帝にもアシュバーンにも怒られるだろうが……、俺は俺の狭い世界の人間が、暗い顔してることの方が耐えられないからさ」


「ヴェルファさん……。ありがとうございます……」


 すべてが嘘だといい――。

そう思った私の胸に不意にアッシュさんが囁いた言葉が思い出された。


『フィーナ。愛してる……』


 私の唇に触れながらそう言った彼の心は、何もかもが偽りだったのだろうか――。



◆◆◆

「ギル。今までありがとう」


 いつも傲慢で人を見下した態度を取っていた親友は、すっかりやつれた顔をわずかに綻ばせている。

 何日も降り続ける銀雪に覆われた帝城の中庭は、凍てつく寒さに包まれており、そこにいるのは俺とアシュバーンだけだった。

 

 アシュバーンはごく限られた者にしか、呪いと寿命のことを打ち明けていない。

本人が他人から気を遣われることを嫌う質ではあるのだが、元々は俺の「アシュバーンを英雄のまま逝かせてやりたい」というエゴによるものだ。

 俺の言葉は親友であると同時に皇帝の命令になってしまうことを理解していたはずたった。なのに俺はアシュバーンに「人々のために英雄として死んでくれ」と言ってしまった。


 この言葉のせいで、俺はアシュバーンを縛ってしまった。 

 アシュバーンは、本当はすべてを民に打ち明けて、楽になりたかったのだと思う。

 俺はあいつから、残された時間を愛する人と穏やかに過ごすという選択肢を奪い、隣に置いた。


 俺が、親友に生きてほしかったから。

 俺が、二人の夢を諦めきれなかったから。


「感謝の言葉なんて言わないでくれ……。俺はお前に何もしてやれなかった……。ずっと……俺の夢に付き合わせて、お前の幸せから目を逸らして……。すまない、アシュバーン……。すまない……」


「僕の幸せは、ギルの隣にいることだ。退屈していた僕をこんな所まで連れて来てくれた君には、感謝しかないよ。これから先、君の栄光を特等席で見ることが叶わないのは残念だけど、地獄の底から見上げてるからさ……」


 震える声を搾り出す俺を見て、アシュバーンは猫のように目を細めた。

 気を抜くと氷の魔力が暴発してしまうからと、長く眠れていなかったらしい。アシュバーンの目の下には深いクマが刻まれており、次の瞬間には虚ろで眠たそうな瞳に変わった。


「そろそろ限界みたいだから、行くよ」


「アシュバーン……!」


 俺は背を向けようとしたアシュバーンの手を咄嗟に掴んだ。

 すると、アシュバーンの肌に直接触れた手のひらに焼けるような痛みが走り、俺は「う゛っ」と呻き声を上げて手を引いた。彼の手が氷の魔力によって冷えすぎていて、俺は火傷を負ってしまったらしい。

 アシュバーンは俺を傷つけてしまったことに動揺を隠しきれない様子で、唇を血が出るほど噛み締めると、俯いてそのまま背を向けてしまった。


「早く手当してもらって……。ごめんね。僕、治癒魔法は適性なくてさ……」


「アシュバーン! こんな怪我、どうってことない! だから……、だから……」


 行かないでくれという言葉を掛けたら、また俺はアシュバーンを苦しめてしまうのだろうか。初めて好きになった女性――フィーナ嬢を突き放してまで、孤独になることを選んだ彼の決心を鈍らすような真似を、俺がしてもいいのだろうか?


(ダメだ……。俺にはそんな資格――……)


 その時だった。


「アッシュさん‼」


 凛と涼やかでいて、芯の強い声が真っ白な帝城の庭に響き渡った。

 声が聞こえた中庭の入口を見つめるアシュバーンの金色の瞳には、褪せた金髪に若葉のような鮮やかな緑色の目をした女性が映っていた。



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