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50:お守り

フィーナ視点に戻ります。

クライマックスの章です。

「フィーナお姉様、こっちよ!」


 私はオリビアに手を引かれ、ベルマン伯爵領の共同墓地にやって来た。ルゥインの墓参りだ。

 本人の遺体は戻って来なかったそうなので、ここにルゥインがいるわけじゃない。けれど、二年以上祈りすら捧げて来なかった私にとっては、墓前で手を合わせることがとても大事なことである気がしていた。


 私は墓前に供養の花を手向け、彼との生前の思い出に心を馳せる。


 兄のように面倒見の良かったルゥインは、父親の商談について来た私を伯爵領の野原や川によく連れて行ってくれた。

 二人で花や薬草を集めたり、育てたりした。

 魔法が使えないことを悩んでいた私の特訓に付き合ったり、馬鹿にしてきた近所の子から守ってくれたりした。

 ルゥインは騎士学校でしょっちゅう生傷を作っていたので、特製の軟膏をプレゼントした。

 婚約を申し入れてくれた時、私が食い気味に了承するとルゥインは大笑いした。

 私は戦争に旅立つ彼の無事を願い、組紐のお守りを編んだ――。


「ようやく彼の死を実感できた気がするの……」


 戦地から唯一戻って来た組紐のお守りを胸に抱きながら、私は独り言のようにぽつりと話した。

そのお守りは、私が彼の死を受け入れられなかった二年の間、オリビアが大切に持っていてくれたものだった。当時の私は、お守りが彼の身代わりになってくれなかったことが悲しくて、受け取るどころか目に入れることすら拒んだらしい。


「遅くなってごめんなさい、ルゥイン」


 もう二度と彼の太陽のような笑顔を見ることはない。優しい声を聞くことはない。手を握ってもらうことも、抱きしめてあげることも、料理を作ってあげることもできない。

 彼は私を置いて死んでしまったから。


「お姉様、雪が降って来たわ。すごく綺麗」


 長く墓の前で手を合わせていた私は、オリビアに声を掛けられて顔を上げた。

 白くてひんやりと冷たい雪が花びらのように舞い散る様は美しく、私は目尻に滲んでいた涙を拭いながら空を見上げた。


 ザクト王国は温暖な気候なので、雪が降ること自体珍しい。だからオリビアがはしゃぐ気持ちはよく分かる。


(でも、私は……)


 背の高い白髪の青年魔術師の姿が脳裏に浮かぶ。

 雪の積もった森で出会った彼は、難しい魔法を自在に操った。

 不遜な態度で見下してくるけれど、心の内側は柔らかくて臆病だった。

 自分のためと言いながら、いつも相手のことを想っている人だった。


(ねぇ、ルゥイン。あなたが見たアッシュさんは、どんな人だった……? 非道な上官? 平気で人を傷つけるような人?)


「――違うわよね」


 私は手のひらの上の組紐のお守りを見つめ、くぐもった声を搾り出した。

 動かない私を心配しているのか、浮かない顔でそわそわしていたオリビアは、「何が違うの?」と首を傾げている。


 私はすくっと立ち上がると、オリビアに組紐のお守りを差し出して見せた。


「この編み方、とても綺麗なんだけど、私には難しくて。二年前は諦めて、別の簡単な編み方で作ったの」


「え? どういうこと? 誰かが編み直したってこと?」


「多分そう。ぼろぼろになってしまったから、新しい糸を足して直してくれたみたいなんだけど――」


 私はそこで胸が詰まり、いったん言葉を切った。

 天国にいるルゥインが、私が前を向いて再び歩き出すことを願ってくれているような気がして、抑えきれない涙がぽろぽろと手の中のお守りに落ちていく。


 私の涙と真逆で、お守りはひんやりと冷たい。

 私はお守りに込められていた優しい魔法を知っていた。


「アッシュさんの魔法で編まれてる……。あの人はルゥインの死を嘲笑ってなんかいない。このお守りは、彼の死を悼んでくれた証なのよ……!」


 頷きながら私を見つめるオリビアの瞳には、目に光を取り戻した私の姿が映っていた。


 もう、疑わない。私はアッシュさんのことを信じているから。

 アッシュさんが私に憎まれるような発言をしたことにも、遠ざけるようにして家に帰したことにも、きっと何か理由があるはずだ。

やはり、大精霊の魔力の暴走に関わることだろうか。アッシュさんが困りごとを一人で抱え込もうとしている気がしてならず、私は居ても立っても居られない気持ちになっていた。


(私の料理に特別な力がなかったと言ったのも、何かを隠すための嘘だったらいいのに――)


 その時、オリビアがうろたえたおろおろ声を上げた。


「た……大変よ、お姉様‼ お守りがバラバラに……‼」


 突如魔法が解けてしまった組紐のお守りは、私の手の中で無惨な糸くずになり果てていた。


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