48:アシュバーンの過去(戦争編③)
黄金色の魔法陣が氷の魔獣を捕らえ、魔力を無理矢理吸い上げる。
魔力が尽きかけているのなら、敵から奪えばいい。
オマエの何倍も有効活用してやるよと、僕は氷の魔獣に向かって手のひらをかざし、視界が白銀一色になるほどの凍てつく魔力を受け止めた。
(いや……、受け切れない……ッ)
猛吹雪に交じった氷の礫が額にぶつかって来て、僕は「う゛ッ」と鈍い呻き声を上げて片膝を突いてしまった。一度バランスと崩すと立ち上がることが難しく、吹雪を防ぐことで精いっぱいになってしまった。防戦では、敵を削ることができない。
(まずい……)
額から流れ出ていたはずの鮮血まで、もう吹雪で凍ってしまっている。体内の血液ごと凍らされると死は免れない。
立ち上がらなければ。僕がアイツを殺さなければ。ここで負けたら、みんな死ぬ――。
起死回生の一撃のため、パチンッと指を鳴らした――つもりだった。
それは僕が一瞬意識の外で見た幻覚だった。意識が遠のき、僕の体はゆらりと揺れて崩れかけ――。
魔法陣による捕縛が緩んだ氷の魔獣が床を蹴り上げ、僕の眼前で鋭い牙を剥き出しにした。
「アシュバーン様をお守りしろォォォォォッ!!!!」
「おぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
男たちの雄々しい叫びが砦に響いたかと思うと、大勢の騎士たちが氷の魔獣に向かって突撃し、力づくで敵を押し返した。彼らは僕が率いていた部隊の者たちだった。
「みんなを呼んで来ました! 生きておられますかっ⁉」
いつの間にか姿を消していたルゥインが、仲間を連れて戻って来たらしい。全速力で駆け寄って来たルゥインは、熱く焼けた石を布でくるんで僕に握らせたり、腹に当てたりしながら、「今のうちに回復を!」と強引にポーションを口に突っ込んできた。
「げほっげほっ……、不味いよコレ……」
「婚約者の実家にクレーム入れときます。味が分かるなら、まだ大丈夫ですね!」
「……かなァ」
僕はルゥインの肩を借りて立ち上がった。
「来い。第二ラウンドだ!」
動くようになった指をパチンと鳴らし、僕は再び氷の魔獣の魔力を吸い上げた。
強固に凝縮された雪の塊が絶え間なく全身に衝突し、心臓を圧迫してくるような、息もまともにさせてくれないような、そんな一瞬も油断できない状況から逃げることは許されない。氷の魔力が体内で暴れ回り、気を抜くとまた意識を失いそうになる。
それでも渾身の力を振り絞り、仲間と自分に耐寒魔法と強化魔法、氷の魔獣に弱化魔法を同時展開し、僕は気絶ギリギリで立ち続けた。
「チィィッッ!!」
何時間経ったか分からない。
氷の魔獣を足止めする仲間の足が食いちぎられた。
僕が倒れないように背中を支えてくれていた仲間が、腕が凍って砕けたと叫んだ。
仲間の血しぶきが氷の礫になって襲い掛かってくる。また負傷者が増えた。
足りない。戦力も僕の力も。
けれど、倒れるわけにはいかない。全員生きて帰すのが総大将の役割だ。
僕だってギルベルが統べる世界を見なくちゃいけない。
ギルベルはきっと素敵な奥さんを迎える。可愛い子どもだってできるかもしれない。僕はそれを一番近くから見たい。
大陸で一番高い場所から、幸せな景色を眺めて、それから――。
(――ルゥインとも約束したばかりじゃないか。死んでなんかいられない)
「うおぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
僕は氷の魔獣の魔力を取り込み続けた。刃物のように鋭く、火傷するほど冷たい魔力を食らい、貪り――……。
妙にするりとした魔力が、最後に僕の体内に飛び込んできた。
(え……?)
僕の舌の奥が焼けるように痛むのと同時に、氷の魔獣の巨体が轟音を轟かせ、真っ白い蒸気を上げながら倒れた。
仲間たちの勝利の歓声が響き渡る。夢に見た光景。これで本当に帰還が叶うと、皆が泣いて喜んだ。
「やりました! やりましたね、アシュバーン様!」
ルゥインが涙を流しながら僕を抱きしめてきた。
戦場には何度も赴いたが、今日ほど仲間たちの無事が嬉しかった日はないだろう。
「ル……イン……。婚約者に……会える……」
僕は気の利いた言葉を掛けてやろうとしたのだが、彼のぬくもりが熱くて熱くて仕方がなく、疲労のせいか急に激しい睡魔に襲われ――。
(違う。彼が熱かったんじゃない。僕が氷のようだったんだ――)
僕が次に目を開けた時。辺り一面は見渡す限り凍土と化しており、仲間だったものが雪に埋もれて動かなくなっていた。
ただひたすら、慟哭が雪原に虚しく響いた。
地獄から地獄へご案内でした。次で「アシュバーン過去編」最後です。




