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46:アシュバーンの過去(戦争編①)

 人間は多かれ少なかれ魔力を持っていることがほとんどだ。僕なんかは体質的に恵まれていて、子どもの頃から魔法の才を振るって来た。


 だが、魔力を持つのは人間だけではない。

 ごく稀にだが、動物も魔力を有していることがある。歴史を振り返れば、たとえば幻獣と称されたペガサスやユニコーンは馬が魔力によって進化した変異種だと言える。なかなかお目に掛かれるものではないため、その存在をおとぎ話だと思っている者が大半だ。


 しかし、二年前。大陸中の人々を震撼させるような魔力を持った生物が、突如ロムルス帝国と隣国の国境に現れた。それが「氷の魔獣」だ。

 見た目は銀色の毛をした狼だが、その大きさは貴族の屋敷一つ分ほどもあり、一歩歩けば足元は雪で覆われ、吐く息は周囲の気温を氷点下にまで引き下げた。あっという間に国境の山脈は氷山へと変貌し、周辺は虫一匹生きられない極寒の地となった。作物は凍り、動物は死に絶え、逃げ場を失った住民たちは氷の魔獣に挑むも無惨に食い殺された。

 

 僕は知らせを受けた時に隣国からの奇襲ではないかと疑ったが、ギルベルにとってそんなことの真偽などは、些末なことだった。

 ギルベルは帝国民だけでなく、隣国、さらには大陸中の民の命を守るようにと僕に命令を下した。

 僕は彼よりも政治にも強く、国情に明るい。だが、彼にはさらに遠く広い世界が見えていて、僕はそのことが友として誇らしかった。


 僕の頭の中には民の命だけでなく、ロムルス帝国が魔獣討伐の立役者として大陸の覇権を握る構想があったが、敢えてそれは口には出さずに大陸諸国に同盟を持ちかけた。明日は我が身と震えていた各国は、ロムルス帝国の指揮に従う形で兵を派遣し、僕は連合国軍の総大将になった。


「大役を任せてすまない、アシュバーン。だが、この役はお前にしか務まらない」


 連合国軍が国境に向かう朝、ギルベルは僕を執務室に呼び出してそう言った。


「言わなくても分かってるさ。大丈夫。軍を率いるのは慣れてる。帝国の内乱も散々収めて来たし、周辺国の救援にだって何度も行った。今回は軍の規模が大きいってだけの話さ」


 僕は自信に溢れた視線をギルベルにくれてやると、胸の勲章を指でトントンと叩いた。それは歴史に名を残すほど優秀な魔術師に贈られる勲章。昨年の大地震の時に、転移魔法を用いて帝都の民たちを一瞬で避難させた功績を称えて贈られたものだった。


「くれたのは君じゃないか」


「……そうだな。新しい勲章を用意して待っているぞ」


 ギルベルが逞しい右手を差し出して来たので、僕は彼の手を力強く握った。

 口が裂けても言えないが、つまらない日常から引っ張り上げてくれたこの手が、僕は好きだった。


◆◆◆

 戦場は深く積もった雪と視界を遮る吹雪のおかげで、とても険しいものだった。

 最前線の部隊を率いていた僕は、氷の魔獣が潜む国境砦を結界で覆い、周辺に被害が広がらないようにしたのだが、その代わりに結界内部は地獄のような寒さだった。


「ささささ寒いですね、アシュバーン様」


 国境砦の持ち場に向かっている時に、部隊に所属する青年騎士が話しかけて来た。


 囮と主砲の役割を同時に担う僕を守るための最前線部隊には、我こそはと部隊入りを志願してくれた勇猛果敢な精鋭が揃っていたのだが、彼だけは纏う空気が常に穏やかだった。年齢は僕より少しだけ下だろうか。赤茶髪に琥珀色の瞳をした、ザクト王国の騎士だった。名をルゥイン・ベルマンといい、伯爵家の嫡男らしい。


「ルゥイン君。君の故郷は暖かい?」


「そうですね……。ここよりは!」


「ははッ。奇遇だね、僕の故郷もさ」


 寒さで思考力が鈍ったわけではないが、彼とのくだらない会話は度々良い緊張ほぐしになっていた。

 彼は柔らかい雰囲気を漂わせながらも、観察眼には優れているようで、部隊に馴染めていない者や不調を隠して隋軍している者をいち早く見抜くと、さりげなくフォローをしているような青年だった。

長男気質とでも言うのだろうか。もし僕にかまう理由が、「常にひとりぼっちだから」なんてものだったら気に食わないとも思ったが、彼の故郷の話は興味深かったので良しとしていた。


 国境砦入りする前日の野営時に、ルゥインは故郷に婚約者を待たせていると教えてくれた。薬師家系の男爵令嬢で、魔力を持たないが一生懸命に仕事に打ち込む優しい女性らしい。

 惚気るくらい大切な人がいるのなら、徴兵なんて蹴ってしまえばよかったし、こんな最前線の部隊を志願するなんて意味不明だと僕が非難すると、彼は手首に巻かれた組紐をいじりながら、「大切だからこそですよ」と言って笑った。


「ここで魔獣を止めなければ、次はザクト王国が狙われるかもしれません。彼女が危険に晒されるかも、もしかしたら命を落としてしまうかも……なんて考えたら、居ても立っても居られなくて。……あっ! 大将のアシュバーン様の前でこんなことを……。申し訳ございません! ものすごく個人的な理由で軍に入ってしまって――」


 青ざめておろおろするルゥインは面白かったが、僕は「動機なんて人それぞれさ。僕だって、大陸の民を守りたがってる奴の力になりたいってだけだからね」と安心できる言葉を掛けてやった。


 本人には言わなかったが、彼は育ちがいいんだろうなと僕は羨ましく思っていた。生まれと受けた教育だけなら、帝国の名門侯爵家で育った僕の方が圧倒的に上だ。だが、彼の話の端々から感じられる家族や婚約者への愛は、僕がこれまで経験しえなかったものに違いなかったからだ。


 羨ましいが、妬むわけじゃない。こんな純朴な若者は、これからの国の発展のために無事に帰してやらなければと素直に思ったのだ。


 だから僕は国境砦で魔獣を討ち、戦いを終わらせようとしたのだが――。

 その日、僕は「長くてつまらない人生」を永遠に失うことになった。


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