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45:アシュバーンの過去(学生編②)

「アシュバーン。君は聡明で冷静だ。魔術にも秀でている。俺にはないものばかりで憧れる。だから仲良くなりたい。……そう思うことは不自然だろうか?」


「知らないのなら教えて差し上げますが、僕は父がメイドに産ませた子どもなんです。だから侯爵位を継ぐことはありません」


「なぜそんなことを話す? 君は地位や権力にこだわりがあるのか? 対等な友人には無関係だと思うが」

 

 ギルベルの純粋で子どものような発言に拍子抜けした僕は、「そんな不合理なことを考えている暇があったら、皇位を取る手段を考えた方がいいんじゃないですか」と棘のある物言いをしてあっさりと立ち去った。


 なんだアイツ。あれが異民族の価値観なのか? 対等な友人? ふざけるな。


 僕はギルベルに言われて初めて、自分が嫌う、つまらない貴族社会の一員になっていたことに気が付き、激しく自己嫌悪した。

 いつの間にか僕は、心底つまらない男になっていたのだ。


 じゃあ、お前はどうなんだと、口先だけじゃないんだろうなと、僕はその日からギルベルを観察することにした。

 ギルベルは、誰にでも平等に誠実に接していた。いじめられている下級貴族を助けるといった可愛らしいものならまだいい。だが、有力貴族が試験で不正行為をはたらいているのを大っぴらに暴いたり、不純異性交遊が隠れて行われているサークルに堂々と乗り込んで注意しに行ったりと、恐ろしく危うい正義感の振るい方をするものだから、見ているこちらがハラハラさせられた。


 ギルベルは人間の善性を心から信じているらしく、報復を恐れない。真正面から話し合えば、分かり合えると思っているような優しくて甘く、そして馬鹿な男だった。もっと賢く生きなければ、貴族社会では真っ先に潰されてしまうだろうにと、僕は毎回苛立った。


 あまりに苛立ったので、そのうちこっそりとギルベルのフォローに回るようになった。教員に根回しをしたり、ギルベルへの報復に燃える男子生徒を裏で退学に追い込んだり、ハニートラップを仕掛けようとする女子生徒を僕のトリコにして処理しておいたりと、僕の日常は大忙しになった。


 そして気が付くと、僕の学生生活はつまらないものではなくなっていた。

 ギルベルは次に何をやらかしてくれるんだろうと想像すると、明日が楽しみになっていた。


 だが、そんなつまらなくない日々にも終わりが来た。

 僕は飛び級で貴族学校を卒業し、ギルベルの破天荒な正義を眺めることができなくなったのだ。

 実家に帰ることを嫌った僕は、卒業後は魔法研究所で魔法具の開発チームに入ったが、学校にいるギルベルのことが気がかりで仕方がなかった。


 僕がいなくなって、アイツは大丈夫なのか? 大事件を起こしていないだろうか?


 無意識にそんなことを思っていると、ある日貴族学校の学生によるOB訪問があるので対応してほしいと、上司から告げられた。そういえば僕もそんなことをしたな……と、やる気なく応接室に入ると、僕はそこで待っていたギルベルの姿に面を食らってしまった。


「なんで皇子サマがここにいるんですか……?」


「アシュバーンに会いに来た!」


 清々しい笑顔で胸を張るギルベルは、もちろん魔術研究所に就職しようなんて思ってはおらず、本当に僕に会いに来ただけだった。大腕を振って学外に出る手段がこれしかなかったのだと言い、彼は僕が変わりない様子であることを喜んだ。


「元気そうで何よりだ。だが俺の方は、アシュバーンが卒業してから毎日がトラブルの連続だ。やはり君がいなくてはならないようだ」


「え……。僕がやってたこと、知って……?」


「意外と察しの良い方だからな。俺が真正面から礼を言っても、君が嫌がるだろうというところまでは理解していたつもりだ」


 この狸め、と僕は思った。鈍い男かと思ったら、すべて知った上で大胆な正義を執行していたらしい。

一杯どころかいっぱい食わされてしまった僕は、眉間に皺を寄せて「僕を馬鹿にしに来ただけならお帰りいただけますか?」と、応接室を出て行こうとした。


 すると、ギルベルは「話は最後まで聞くものだそ」と挑発的な声で僕を呼び止めた。


「君の家庭事情については知っている。権威主義の根付く社会に辟易していることも。だからこそ、俺は君を誘いに来た。俺の夢を叶えるために手を貸してくれ……!」


「夢? まさか皇帝になる気ですか? 失礼ですが、第四皇子のあなたじゃ……」


「おいおい。君が俺を焚き付けたんじゃないか。『皇位を取る手段を考えた方がいい』と言ったのはそっちだぞ」


 そんな前のこと、よく覚えてるなと心の中で舌打ちをしていると、ギルベルは「だから――」と言葉を続けた。


「だから、俺は考えた。皇帝になるにはアシュバーンと組むことが一番確実だと」


「へ……?」


「俺は腐っても皇子だ。君の後ろ盾になり、権力を与えることができる。あぁ、もちろん金もだな。もちろん税金だから無駄遣いはしてほしくないが、まとまった金があれば策の幅が広がるよな? 俺たちが協力して表と裏で動くことで、きっと大抵のことが上手く運ぶと思うんだ。弱き者を日の下に導き、邪魔な者は闇に葬る――、単純だろう? 何より面白い。誰からも見向きもされなかった俺たちが、頂点に立つ姿を想像してみろ」


 饒舌に話すギルベルの口から飛び出す言葉の数々に、僕は開いた口が塞がらなかった。ただのお人好しの皇子サマかと思っていたら、厚い皮の下にはとんでもない野心を隠していたらしい。狸どころの騒ぎじゃない。ギルベルの中には肉食獣が潜んでいた。


「俺は来年、卒業する。その時に君を専属の宮廷魔術師として迎えたい。そこからが、俺たちの愉快な日々の始まりだ。高い頂を目指すのは、きっと楽しいぞ」


「頂……っていうのは、帝国の? 皇帝になるのがあなたの夢ですか?」


「いや、違うぞ。俺の夢は、帝国を大陸一の国にすること。軍事力、生産力、文化に国土、そして国民の幸福。すべてを大陸一にするんだ……! 頂から見下ろすその景色は、きっとどんな絶景よりも素晴らしいはずだ!」


「ははは……っ、それ、本気ですか」


 大真面目に夢を語るギルベルが眩しく、僕は思わず目を細めた。自然と笑いが込み上げて来て、気が付けば腹を抱えて大笑いしていた。こんなに笑ったのは、生まれて初めてだった。

 けれど、ギルベルの想いを絵空事だと馬鹿にしたわけじゃない。

 その誘いが心底面白そうだと思ったから、笑った。それだけだ。


「いいですよ。いい暇つぶしになりそうなんで。皇子サマに守られながら、気に食わない奴らを潰して回っていいなんて、最高じゃないですか。手始めに僕の実家からかなァ」


「ありがとう! さすがは俺が見込んだ友だな!」


「え? 僕、あなたの友じゃないですけど?」


「えぇ……っ。あれだけ助けてくれていたから、てっきり友情が根底にあるものだと……」


「アレは僕が気まぐれにやってただけです。あなた、友達いたことないでしょ?」


 ギルベルがしゅんと肩を落とす姿がちょっと面白くなってしまい、毒舌をかました。僕にも友達がいたことなどないとは言えなかったが。


「では、今から俺とお前は友人だな!」


 ギルベルが差し出してくれた逞しい手は、とても温かかった。


 その日からギルベルの夢を叶えることが僕の夢になり、僕はひたすら彼のために手腕を振るった。表の社交界、裏の物騒な案件、他国との駆け引きや、彼の兄たちを陥れて追放に追い込むことまでやってのけ、ギルベルの貴族学校卒業からわずか三年足らずで、僕は彼を皇帝にした。


 何もかもが順調で、この先もずっと彼の眩い活躍を特等席で拝むことができるのだろうと信じて疑わなかった。


 二年前の魔獣戦争までは――。


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