44:アシュバーンの過去(学生編①)
アシュバーン過去編です。
会話が少ないので、読むのがしんどくなったら、終わりらへんだけ読んでくださったら大丈夫です。
「人生が長すぎてつまらない」
僕はそう思って生きて来た。
ドナペディル侯爵家は代々宰相を務める家系だったが、その役割を担うのは愛人の子である僕ではなく、正妻の息子である弟だと決まっていた。
実の母の存在を知らなかった僕は、子どもの頃は正妻が自分の母親だと思っていた。彼女が僕のことを空気のように扱うのは、きっと自分の努力が足りないからだろうと思っていた。だから人の何倍も努力して、教養も、学問も、魔術もすべて、文句のつけようがない成績を修めた。
けれど、母――正妻が僕を褒めるようなことはなく、父も不出来な弟ばかりを可愛がった。
つまらない。
努力を重ねたところで、この日常に変化は訪れない。
僕は自分の出自を使用人たちの噂話で初めて知ったが、その事実さえつまらないと思った。
なんだ、貴族ではごくありふれた話じゃないかと。
子どもは親から愛されて当然だなんて理はどこにもない。愛されない子どもが、たまたま僕だったというだけの話だ。
十二歳になると、実家から逃げるようにして寄宿生の貴族学校に入った。
つまらない日常が少しでも変わるのではないかと期待していたが、別の意味で退屈な日々が待っていた。僕が不貞の子であることは公には伏せられているため、周りは僕のことを未来の侯爵様だと思い込み、甘い汁をすすろうと近づいて来る者が絶えなかったのだ。
最初のうちは、他者の注目を集めるという経験が珍しく、僕は純粋にその状況を喜んだ。友達ができたのではないかと錯覚し、別の人間に生まれ変われたかのような気持ちになった。
しかし、彼らの本心が透けて見えるようになり、人付き合いが馬鹿馬鹿しくなった。
女の子から好意を寄せられたことも数回ではない。
誰ともつるまない侯爵子息を孤高の一匹狼のように美化して捉えた残念な女子生徒たちは、僕の外側しか見ていないことは明らかで、「僕は侯爵位を継がないよ」と言ってやると、皆顔を引き攣らせて去って行った。
その辺りから、つまらない人付き合いをするくらいなら、こっちから全員追い払ってやろうと思うようになり、僕は高圧的に振る舞ったり、相手を言い負かしたりすることで自ら壁を作ることが増えた。幸い口は達者な方だったので、僕はあっという間に学校で浮いた存在になったが、胸が空いた気分になったことも否定できない。
教員たちも反抗的な態度を取る僕に手を焼いていた。けれど、残念ながら彼らより僕の方が何倍も優秀で身分も上だったために、笑いながら捻じ伏せてやった。魔術教員に魔術で応戦して完勝したら、素行不良の問題児認定されたがかまわなかった。
ただ医学講師のヴェルファ・マルゴーだけは、執念深く僕の指導をしようとしてきた。良くも悪くも情に厚い男だったらしく、「手のかかる生徒ほど放っておけないからさ」なんて言ってくるのがムカついた。
だから僕は医学を即行で修め終えたのだが、ある時ヴェルファは嫌がらせのようにして僕に学校行事の雑務を押し付けた。とある男子生徒とペアで。
「アシュバーン・フォン・ドナペディルだろう? 学校一の秀才だと有名だから、もちろん知っている。俺はギルベルと言うんだ。覚えてくれると嬉しい」
黒髪黒眼の人の良さそうな同い年の男子生徒は、にこやかな笑みを浮かべていた。
たしか16歳の冬だ。
それが、後にロムルス帝国の皇帝となるギルベルと僕の出会いだった。
ギルベルのことはもちろん知っていた。彼は異民族の母を持つ第四皇子で、皇帝候補の中で最も玉座から遠い存在だった。
母親の身分が低いという点では僕と少しだけ境遇が似ている気もしたが、腐っても皇族だ。きっと将来は公爵の身分でも与えられて、悠々自適に暮らすのだろうと、僕はつまらない想像をして彼のことを忘れることにした。
ところが、だ。
「アシュバーン!」
雑務を終えてからも、ギルベルは毎日のように僕につきまとってきた。
学校中に響き渡る大声で僕の名を呼び、校舎の反対側からものすごい速度で笑顔で走ってやって来る。普通の者なら半泣きで逃げ出すような僕の口撃もどこ吹く風。騎士科のくせに魔術科の授業に紛れ込んでいたり、かと思えば授業をサボる僕についてきたりもした。
「皇子サマ、僕のストーカーか何かです? 僕なんかを取り込もうとしても、派閥の足しにはなりませんよ」
「君は普段は傲慢な態度を取るくせに、いざとなれば『僕なんか』と自分を乏めるのだな。君が自身の価値を見出せないのであれば、俺があると断言しよう。友情はそこから始まるんだ!」
「は……?」
彼の想像の斜め上を行く返答に、つまらなかった日常がほんの少しだけ揺らいだ瞬間だった。




